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「……時間はもうないからな」――ブレンカ・プレヴェジ大佐は言った


 イリリア共和国北シュキパリア州ドゥラス市。


 イリリア有数の港町で、現在大規模拡張のための工事があちこちで行われているこの港に、一隻の大型貨物船が停泊していた。


 それを迎えるのは、ブレンカ他、陸軍の関係者だ。


「ついに来たな」


 ブレンカは感慨深げに、降ろされている荷物を見つめていた。


 これらはイリリアとエトルリアが行政協定を結んだ結果、無償供与されることになった武器の数々だ。カルカノM1891小銃や、ブレダM30短機関銃、レべリM1914重機関銃といった小火器から、06式27口径75ミリ砲といった重火器まで。それも正直現状のイリリア軍では扱えないのではないかと思えるほど大量にだ。


 次に運ばれてきた積み荷を見て、部下の一人が声を上げた。


「ほらほら大佐! 戦車だよあれ」


「おお! ……思ったより小さいな」


 L3と呼ばれるエトルリア製豆戦車も10両が搬入され、今後創設される戦車部隊の基礎となる。はずである。ちなみに別名をカルロベローチェ.33といい、あちらでも導入されたばかりの新兵器であるため供与ではなく購入という形になった。


 ちなみにイリリア軍における正式呼称は34式軽戦車サーバルⅠ。これを聞いたユリアナが「すっごーい、とでもいえばいいの?」と複雑な顔をして答えたが、その真相をブレンカたちが知る由もない。


「飛行機も!」


「おお! これはすごい」

 

 エトルリア空軍が使用するフィアットCR.20という複葉戦闘機だ。これも来る空軍創設に備えて購入したもので、エトルリア製航空機の評判の良さは折り紙付きでもある。


「始まるんだね、これから」


「ああ、イリリア軍の夜明けだ。……時間はもうないからな」


 ブレンカは闘志を燃やす目で水平線を見つめる。


 ブレンカを筆頭とする軍事改革委員会の提示した「機動防衛計画」は、事件後陸軍省と参謀本部の承認を受け、若干の修正を加えたうえでイリリアの新規国防基本計画として正式に策定されることになった。


 陸軍省はこの計画を基に大規模な組織改編を決定。二個戦車連隊と二個自走砲兵連隊、そして歩兵連隊を既存の二個から常時三個、戦時八個とする大軍拡を40年までに完了することを発表する。そのほか工兵部隊、後方支援部隊といった諸兵科を含めて三万人規模をそろえる予定である。


 ちなみに機動防衛の要である「柔軟な部隊運用」を行うため、師団・旅団の編成は行わないことになった。いざ戦争となれば、必要な連隊をそろえて統合戦闘団を構成し対処する構想だ。


 加えて新たに空軍を設立するため、大統領府直属の組織として「空軍設立準備室」が設置され、二年後の運用開始をめどに急ピッチで準備が進められている。


 さらに、陸軍の装備更新がこれを機に大幅に進められることとなり、エトルリアからの購入、供与を柱として、世界中の軍、武器会社への視察団が出発した。


 これらを、予算や抵抗勢力と言った問題をぶっ潰しながら進めたのはユリアナだ。


 軍備国債を財源とする補正予算案を組み、最近始まった夏季定例議会に提出したほか、軍の運用や編成に関する法律を一気に改正、制定すべく準備を進めている。


 また時期を先後して、陸軍内部の機動防衛反対派は相次いで「賄賂」や「職務怠慢」で左遷、予備役編入の憂き目にあうこととなった。最も、西ダルダニア事件以降反機動防衛派は少数となっていたため、今のところ大きな混乱は起きていない。


 そしてユリアナは五年後、1939年までの計画完遂を政府全体に厳命した。単にキリがいいから、という風に説明しているが、実際はこの年から始まる第二次世界大戦に備えるためだ。何としても開戦までにまともな防衛力を整えておきたい、それがユリアナの思いだった。


 しかしこれらの動きに断固として反対するものも、今だにいた。代表的な勢力が、海軍だった。


 ミーナ・ローチェン海軍大臣は困ったような顔で、レオノラ・マミレ海軍軍令部長はムスッと不満げな顔で大統領応接室のソファに座っていた。


「えっと、その……」


「む~」


「えっとさ、ミーナちゃんもレオノラちゃんも、そろそろ納得してほしいなぁって」


 ユリアナがそう言っても、二人の態度は変わらない。つまり、


「か、海軍省としては、やはり大型艦の導入を……、その、し、所望しますっ!」


「戦艦が欲しいのっ!!」


 と、いうことである。


 機動防衛計画とはざっくり言えば「素早く移動して相手が混乱してる隙にバーンと行こうぜ」という考えがコンセプトであり、陸軍だけでなく海軍にもこの計画はあてはめられている。


 計画が定める新海軍の構想は、「敵海軍艦艇への攻撃は航空機が行う。海軍は魚雷艇、及び高速駆逐艦を用いでアドリア海を封鎖し、敵海上輸送線を破断すべし」というものだった。


 この航空主兵論というのは前世史実でもこの時期、アメリカや日本なんかでも唱えられていたが、ほとんどの場合巨艦大砲主義が主流のままで、航空主兵論が主流となるのは太平洋戦争開戦まで待たなければならない。


 そして史実をなぞるように、この世界でも戦艦を重用する風潮は根強く、そんなもの持ってもいなければ持ったこともないはずのイリリア海軍ですら、この考えに固執しているのだ。


 そもそも海軍の主目的である「敵海軍への直接攻撃」を新参者の空軍に譲り渡すという時点で、納得することは難しい。だからユリアナはすでに何度目かわからない海軍省の説得を、議会から帰ってきたこの日も行う羽目になっているのである。


「まあ、戦艦がかっこいいってのはわかるけどさぁ、うちでそんなもん買っても運用できないし、そもそも買えもしなけりゃ造れもしないよ?」


 ユリアナの言葉に、レオノラ軍令部長は子供と見違えるぐらい童顔をぐっと押し出して言う。


「デッカイ戦艦を一隻浮かべとけばいいの! そうすれば誰もチョッカイだせないの!」


 そういってバン、とイメージボードをつきだす。


『超弩級戦艦仮称タ級』とあり、主砲45口径46センチ三連装砲だの、最高速力27ノットだの、全長200メートル長だのとつらつら書き連ねられていた。


「こーんな船があったらイリリア海軍は世界最強なの!」


「こんな船があったら国がつぶれます」


 ルカはが顔をしかめる。


「す、すみません……」


 ミーナ海軍大臣はルカの反応に身を縮めたが、


「し、しかし、そのタ級計画はともかくとして、巡洋艦以上の艦を保有すべきだと考えています。航空機の性能は今だ発展途上であり、対艦攻撃への切り札とはなりえないとも思いますし……」


 おろおろとしながらも言い切った。


「と、とにかく! 我が軍が旧式駆逐艦三隻しか保有していないというこの現状は、早急になんとかしなくちゃ何です! 海防戦艦ならイリリアと大して変わらない規模の国も持ってますし、それなら」


「それは私たちも海軍は何とかになきゃっていうのは思ってるけどさぁ」


 ユリアナはポリポリと頭をかいた。


「大型艦を保有すべきっていう論拠が薄いんだよねぇ。やっぱこれからは飛行機の時代だと思うんだよ」


 ユリアナは前世で戦艦がどのような運命をたどるかを知っていた。もはやあの巨大戦闘艦が無用の長物となる日は確実に近づいており、それを知っている以上戦艦建造などに金を割くわけにはいかないのだ。まあ割く金はもともとないが。


「それにイリリアが大型艦を持つなんてことになったら、エトルリアもフルバツカも反発するでしょ? 場合によっちゃコリントも刺激するよ?」


 だがミーナ海相は引かなかった。


「わ、私も、機動防衛の考え方は理解できます。地政学的に我が国が周辺国に与えうる影響についてもです。ですが、海軍の役割はそ、それだけではないの、です」


「そうなの! 海軍は国のショーウインドーみたいなもので、国力を誇示する絶好の場なの! バカにされるよりビビられた方がいいに決まってるの!」


 レオノラ軍令部長もそう訴える。


「イリリア海軍は……、今までずっと無視されてきたの。地味で、ボロボロの船しかないからなの……」


「『海軍は名ばかり』『ボートで遊んでいるだけ』『え? 海軍なんてイリリアにあったっけ?』と言われ続けてきたんです、我々は……」


 海軍組が肩を寄せ合い涙ぐむ。


「ミ~ナ~!! 悔し~の~!!」


「提督~! いつか目に物見せてやりましょうねぇ!」


 一見すると親子が抱き合っているようにしか見えないが、二人とも白い将校服を着た海軍軍人である、念のため。


 ユリアナは目の前で泣きあう親子、もとい海軍最高司令官コンビに頭を抑える。


「じゃあさ、対艦戦闘機の運用に関しては空軍じゃなくて海軍に任せるってのは?」


「戦艦が欲しいの!!」


「飛行機なんて頼りないです!」


 ユリアナの妥協案を、二人は一蹴する。


 このままでは埒が明かない。ただでさえ時間とカネのかかる新型艦建造にこれ以上時間を取っていられない。


 そう判断したユリアナは、重々しく口を開いた。


「……つまりはさ、イリリア海軍ここにあり!っていう船があればいいんだよね? かつ対艦戦闘にも優れた」


「……はい」


 ミーナ海相が身を乗り出す。


「それって、もしかして……」


「機動防衛のコンセプトそのものには賛成なんでしょ? 海軍も。大型艦があればいいんでしょ?」


「……そういうことなの」


「じゃあ」


 ユリアナの唇がにやりと持ち上がった。


「重駆逐艦、なんてどうよ?」


――――――


 軍用艦艇のカテゴリーと言うのは時代とともに変化してきた。


 例えば巡洋艦。ワシントン海軍軍縮条約の抜け穴を見つけた日本海軍のせいで、次のロンドン軍縮条約で「重巡洋艦」と「軽巡洋艦」にわけられることになる。


 そして時に、国内向けの広報として艦種を偽る必要もある。これまた日本で、海上自衛隊のヘリ空母だろうが何だろうが「護衛艦」と呼ぶのはその代表例だ。


 そしてその手法は世界と時代を超えたイリリアでも実行されようとしていた。


 その計画書を手渡されたブレンカは眉に皺を寄せる。


「駆逐艦イ級計画……。正気か?」


「まあね、海軍も納得してくれたし、陸軍ばっか贔屓するわけにもいかないからさ、これぐらい勘弁ね」


 ユリアナはすっきりとした顔で椅子にもたれかかっていた。これで連日にわたった海軍からの要望と言う名の苦情から解放されるのだ。


「しかしまぁ、130メートル級、排水量2600トン級の船体に十五センチ単装砲5門、4連装大型魚雷発射管2門……。まともに動くのかこの船は」


「動かすって息巻いてるよ、海軍は。連合王国の造船会社に押しかけてる」


「はぁ……、確かに駆逐艦にしちゃ重武装だが。でも数は揃えられんのか? 一隻二隻じゃ役に立たねえぞ?」


「ま、その辺は何とかするから安心して」


 ユリアナはそのままのぺっと机に寝そべる。


「にしても、なんであそこまで戦艦にこだわるかね、海軍は」


「ほんとだよなぁ」


 ブレンカが同調する。しかし、部屋の隅で資料に目を通していたルカはちらりと顔を上げると言った。


「まあ、ミーナ海相やレオノラ軍令部長が言うことも理解はできますけどね」


「え、ルカあっちの味方?」


「戦艦は抑止力です。実際の運用で役に立たなかったといっても、持っているだけで国力を誇示する一種のバロメーターになります」


 そういってふと作業の手を止めた。


「大統領、あなたは戦争に備えて行動をされているとは思いますが……」


 ルカはまっすぐユリアナを見つめる。


「戦争を防ぐ、と言うのも政治家の責務ではないですか?」


 ユリアナの体がこわばった。


「私に……、そんな力はないよ」


 その言葉だけを絞り出す。しかしルカは首を振った。


「いえ、あなたにしかない力です」


閲覧、ブックマーク、評価、ご感想などありがとうございます! 自分のタイトルセンスが行方不明となっておりまして、もしよろしければ発見次第ご報告いただければ……、最初からなかった? ええ、はい……。というわけでタイトルをつけるのって今だニガテです(笑)。

この作品は仮のタイトルをつけて執筆した後、タイトルになりそうなセリフを拾ってきて題名にしています。なかなかいいのが見つからなくてマウスをスクロールしまくる日々です……。ちなみにこの話の仮題は『大改造劇的ビフォーアフター』……、俺何考えてたんだ……?


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