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「それじゃあスパイっぽくないだろう?」――アデリーナ・ラマ大統領府情報室長は言った

「何者かがイリリアとセプルヴィアに戦争をさせようとしている」


 ブレンカが持ってきた推察に、ルカは眉を潜ませた。


「戦争をさせる……って、いったい誰が」


「さあな、私らの専門は戦場の戦術戦略だ。だから」


 ブレンカはユリアナを見る。


「そういうのの専門家だろう閣下にお伺いを立てに来たってわけよ」


「誰がどうやって、ねぇ」


 ユリアナは腕を組む。


「ま、推測でよかったら言えるけどさ。推測の上の推測は物語にしかならないから、今ここで言うのはよしとくよ」


「ちぇ、なんだよそれ」


 ブレンカは不満げに言うが、すぐに笑う。


「ま、聞きたかったのはそれだけだ。あと、閣下が言ってた特殊作戦専門部隊創設に関する話なんだけどな」


 ブレンカはそのまま、現在進行中の案件に関する報告や質問をして部屋を出ていった。ルカはその様子を黙って、時々質問に答えたり、メモを取ったりしながら聞いていたが、ブレンカが退出して初めてこの件に関して口を開いた。


「大統領、ブレンカ委員長が言っていた、我が国をセプルヴィアと争わせようとしている勢力と言うのは……」


「そりゃ十中八九エトルリアでしょ。連中がこの騒動で一番得してるんだから」


 同盟に関して態度の定まらなかったイリリアは、今回の事件で同盟締結を決心した。もしブレンカの言うようにこの事件を裏で手引きするものがいるとしたら、それは最も利益を得たエトルリアではないか、という事だ。


「ただ、今の時点じゃ胡散臭い陰謀論の域を出ない。私がそれを軽々しく口にして変に混乱させることは避けたいからさ」


「……大統領、先月産業省の持ってきた『国土整備計画』について覚えていますか?」


「ああ、資金源を全部エトルリアにしてたから、産業省とエトルリアになんかつながりがあるかもっていってたやつでしょ?」


「実は情報室が、その件についての調査結果を明日報告する、と。どうも産業省はクロで、追加調査に関する結果も同時に報告できると言っています」


「追加調査?」


 ユリアナが首を傾げると、ルカも不思議そうに言う。


「面白いことがわかった、とだけ。まったく、アデリーナにも困ったものです」


「明日一番にアデリーナちゃん呼んでくれる?」


「了解です。ちなみに朝一番と言うのは、8時ごろ」


「10時で」


「9時にいれます」


――――――――


 翌日。九時きっかりに執務室の扉は……、開かなかった。


 代わりに、部屋の隅にあった資料保管用のタンスがガタリと開き


「やぁ、大統領」


「うぎゃぁっ!?」


 中から黒づくめの女が出てきた。山高帽にタキシード、黒いストレートの長髪はかなり下の方で縛れている。整った顔には銀の片メガネ。不審者を体現したような、怪しさしか身にまとっていない人間だった。


「あ、アデリーナ、もうちょっと普通に出てきてほしいんだけど」


「それじゃあスパイっぽくないだろう?」


 ぱちりとウインクをするアデリーナ・ラマ情報室長。


「アデリーナ、タンスの中身は戻しておいてください」


「了解了解。相変わらず細かいね、ルカ補佐官は」


 煙に巻くようなアデリーナの態度に、ルカは頭を痛める。しかしすぐに気を取り直して尋ねた。


「それで、調査結果と言うのは?」


「ああ、色々面白いことになっていたよ」


 アデリーナはかぶっていた山高帽を脱ぐ。


「この帽子は情報室が開発した特別製でね。一見何も入ってないようだけど、こうして水を入れてあげたら……」


 アデリーナは袖口から取り出したスキットルから水を注ぐ


 すると帽子の中からクリップで写真が止められた報告書の束が現れた。


「さあ、我が室員たちの戦果、とくとご覧あれ」


 芝居ががった大仰な動きでユリアナに手渡す。ちなみに報告書は濡れていなかった。


「この人は?」


 白黒の写真には、背広の女性が一人移っていた。歳にして30代中頃ほど。


「カノヴィッチ産業省工業局長さ。彼女たちが出した『国土整備計画』は彼女が主導してまとめられている」


「じゃあこの人が?」


「そうだね、イリリアに支社を持つエトルリアの紡績会社社長とイイ関係らしいよ」


 そういって数枚の写真を出した。エトルリア人のルックスが良い男性が局長に何かを手渡しているものや、二人で食事をしているもの。さらには同じベッドの上にいるさまを窓越しに取ったものまであった。


「あらぁ、ずぶずぶじゃん」


「その紡績会社と言うのが、全体主義党とも関係が深いみたいなんだ」


「ってことはこの局長がクロってことでいいのかな?」


「そう考えて構わないと思うよ。ただ局長は積極的に産業省内で勉強会を開いていた。自分に賛同するものを増やすためにね。今じゃ彼女、と言うよりも、親エトルリア派ともいうべき派閥がかなりの規模で形成されている」


 アデリーナはそこまで言うと、その細めを見開いてるかとユリアナを見た。


「でも二人が知りたいのはそうじゃないだろ?」


「その追加情報とやらは?」


「ああ、とびっきりさ」


 ルカもにらみ返す。アデリーナは二人の反応を楽しむように答えを焦らすと、とっておきの内緒話をする子供のようにささやいた。


「この紡績会社、セプルヴィア軍ともつながっている」


 二人の顔に険しさが増した。アデリーナはにやりと笑って続ける。


「この会社は元々、レヴァント半島に広く商売を広げていてね。特にセプルヴィアでは新工場建設の際、軍に便宜を図ってもらって、陸軍省の保有地を安く払い下げてもらったらしいんだよ」


「それだけではつながってると言えないのでは……?」


「まあ焦らないでほしいな、ルカ補佐官。面白いのはここからさ」


 アデリーナはパチンと指を鳴らす。


「大統領、胸ポケットの写真を見てくれないかな?」


 ユリアナが背広の内側をまさぐると、いつの間にか一枚の写真が入っていた。そこに移っていたのは自動車に乗り込む例の社長と、セプルヴィア陸軍の高級将校と思しき老年の男だった。


「このセプルヴィア人は、東ダルダニア地方を所管する王立陸軍ダルダニア方面軍司令。今回の事件で侵攻してきた第34歩兵大隊もこいつの指揮下にあるのさ」


「……それは、この人ひとりだけ?」


「さすがだね大統領。司令以下方面軍高級将校のほぼ全員が社長とすごく仲がいいんだってさ。ダルダニア方面軍は事実上エトルリア軍の別動隊だ。実に巧妙に取り入ったみたいだね。同じスパイとして尊敬しているよ」


「そりゃおもしろいこったね」


 ユリアナは皮肉交じりに言う。


「それと、事件時のセプルヴィア政府内部の動きについても情報があるんだ」


 アデリーナは空中で手を振る。するとまるで手品のように封筒が合わられた。


「ずいぶん働いてくれてるんね、アデリーナちゃん」


「上への報告もなく勝手に……」


「愛する大統領のためだからね」


 ルカは頭を抑えるがアデリーナはまったく気にせず、封筒をユリアナに手渡した。


 中に入っていたのはセプルヴィア王室の一員が勢ぞろいした集合写真と、セプルヴィア政府現閣僚の名簿。数人の顔と名前に印が入れられていた。


「国王アレキサンデル・カルジヴィッチ二世の隣にいる、オルタ・カルジヴィッチ。アレキサンデルの従妹にして、現内閣で内務大臣についている大物だよ。それでもって、協調派と呼ばれる彼の国の一大派閥を率いている」

 

 曰くセプルヴィアでは現在、従来の対外拡張政策を推し進めるべしとの拡張派と、国際協調、富国推進を掲げる協調派の派閥抗争が激化しているという。


 セプルヴィア王国は元々、セプルヴィア人が住む地区のほか、ボスナ人が住むボスナ地方、オリンピア人が住むヴァンダル・オリンピア地方、そしてマジャール人が住むシェビルドナウ地方を抱えている。


 このうちボスナとヴァンダル・オリンピアでは分離独立派によるテロが頻発し、治安維持すらままならない状態らしい。


 こんな中、イリリア人が多数を占める西ダルダニアまで併合しようものなら、国内の治安悪化に歯止めがかからなくなる。加えて対外拡張主義に基づく軍備拡大は、セプルヴィア経済に重い負担を負わせていた。


 このような事情から協調派の勢力が次第に台頭し、それに伴い両派閥の抗争も激しさを増しているのだという。


「西ダルダニア事件でセプルヴィア軍本隊の出動が遅れに遅れたのも、この派閥抗争が関係しているらしい。ま、噂話程度に頭に収めておいてくれたらいいよ」


「…………。うん、ありがと」


 ユリアナはにこりと笑って礼を言う。


「じゃあお礼に私にキスを」


「もう一つお願いしたいことがあるんだけど、いい?」


「……私たちの手に負える物なら何なりと」


 ユリアナはその返答に満足そうにうなずいた。


「じゃあさ……」

閲覧、ブックマーク、評価、ご感想本当にありがとうございます!

小説を書いていると自分のキャラに振り回されることがあると聞いていましたが、アデリーナはそのタイプですね……。いや、主役のユリアナも結構制御しきれないところがあるのですが(笑)。まだまだ精進が必要です。次回もよろしくお願いします!

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