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「私は、国を守れない方が怖い」ーーブレンカ・プレヴェジ大佐は言った


 臨時国防会議が終了し、閣僚たちは一度自分の職場へと戻る。ニナ参謀総長とトルファン大臣も連絡と指示のため一度大統領府を出た。ちなみに、陸軍省と陸軍参謀本部は同じ建物に入っている。


「どうする気だいトルファン。二日でどうにかできるのかい?」


 陸軍省へ戻る自動車の中で、ニナはトルファンに尋ねる。


「どうにかするのは参謀本部の仕事だろう。省の仕事は作戦に従って部隊の動員と物資兵器の集積を行い指揮するだけだ」


「ひどい奴だねぇあんたも。肝心の作戦は参謀本部に丸投げじゃないか」


「それが貴様の仕事だろうに。……手は考えとるんだろう」


「……使いたくはないけどね。ま、あの子が勝手にやってくれるだろうさ」


「婆さんの相手も大変だろうな」


「ま、精々付き合ってもらうよ」


 ニナがぼそりとつぶやいたとき、自動車が陸軍省ビルの正面玄関についた。待機していた部下がドアを開け、二人は車を降りる。


「トルファン大将! ニナ大将!」


 建物の中から二人を名を叫びながら一人の女性軍人が走りだしてきた。


「……どうしたんだい、ブレンカ大佐」


 ブレンカ・プレヴェジだった。彼女は大統領直轄の委員会委員長だが、人材不足から参謀本部作戦課長もいまだ兼任している。


「さっき聞いた。今回の事件、二日で何とかしなきゃいけねえんだろ?」


「相変わらず耳が早いねぇこの子は。ああそうだよ。今からあたいらは作戦立案にかかる。規模も中身もわからない敵を明後日までにみんな追い出すためのね」


「じ、実は」


「話は上で聞く」


 ニナはスタスタと歩き始める。トルファンは最上階の大臣室へ向かい、ニナはそのまま二階の総長室へと入る。ブレンカはその後を慌てて追った。


「で、何の用だい? まさかあたいの後ろをこそこそ歩くためだけに声をかけたわけじゃないんだろ」


「あ、ああ。実は」


 ブレンカは一枚の紙をニナに差し出した。


「作戦課で作戦を考えた」


「あんたが、の間違いじゃないかい?」


「……。いや、課員の意見も聞いてる」


「そうかい」


 ニナは引き出しから眼鏡を取り出しそれをかけると、書類に目を通す。


 ブレンカが提案したのは、ゲリラ戦を中心とした作戦だった。


「……。相変わらず狡い事考える子だこと。連合王国製の脳味噌はみんなそうなのかい? 紅茶の飲み過ぎには気をつけなくちゃねぇ」


「この状況で、それも二日しかない。我が軍の動員体制だって整わない! 大規模増援が不可能な以上、現地の少数部隊での解決を考えればこの案しか」


「あんたはゲリラが何なのか全くわかってないっ!」


 ニナは机を叩きつけた。ブレンカの肩が一瞬震える。


「いいかい。こんな戦い方、正規軍がするもんじゃないんだ。あんたは軍人としての誇りがないのかい!?」


 腹の底から震わせるような怒声だった。まるで射抜くようなニナの青い目に、ブレンカは思わず顔をそらしかけ、


「……、いいや」


 まっすぐ見据えた。


「私は、国を守れない方が怖い。軍人の誇りは、国民を、国民が造った国を守ることにある。どんな戦い方をしたって、イリリアが無くなる方が嫌だっ!」


 ブレンカの叫びに、なぜかニナは目を見開いた。そしてさっきとは打って変わって、低いトーンで言う。


「……ルールのない戦争はただの殺し合いだよ。正義と誇りを忘れた軍人はただの大量殺人鬼だ。あんたはそれでもいいのかい?」


「戦争はそもそも殺し合いだし、私はイリリアを守るためなら殺人鬼にでもなんでもなってやる」


 ブレンカはニナを睨みつけた。二人は無言のまま数秒睨み合う。


 ブレンカの額から、汗が一筋落ちた時、ニナはふぅ、と息を吐いた。


「……わかったよ。あんたがそこまで言うなら私の負けだ」


「それは……」


「作戦課の概要を基に作戦を立案する。参謀総出で今晩中に仕上げるんだ、あんたも来るんだよ」


 ニナはそういって電話をかけ、大会議室に関係者一同を集めるよう指示した。そしてブレンカをひとにらみする。


「あんたもそんなとこに突っ立てないで、さっさと自分とこ戻って準備でもしたらどうだい? 時間はないんだ、急ぎなっ!」


「は、はいっ!」


 ブレンカは鞭で打たれたように敬礼して、そのまま回れ右をする。そのまま部屋を出ようとしたが、ドアを開ける直前、ニナに声をかけられる。


「ブレンカ大佐! ドアの外にいる奴にさっさと仕事をしろってケツ叩いといてくれ!」


「は? はぁ」


 生返事のまま部屋を出ると、


「よかったな、ブレンカ」


「げっ、トルファン大将っ!?」


 大臣室に戻ったはずのトルファンが、ドアの横にもたれかかっていた。


「な、なんで」


「陸軍省として、参謀本部に作戦の早期立案を要請しに来た。だが先客がいたので待っていた。それだけだ」


「えっと……、ニナ大将が部屋に戻れ、と……」


「貴様の威勢の良さは年下だけか? まったく情けない……」


「いや、えー……」


「よかったではないか。認められたんだろう、貴様のゲリラ作戦」


「あ、ああ。今からこれを基に」


「なぜわしやニナが蛇蝎のごとくゲリラを嫌うかわかるか?」


 突然の問いに、ブレンカは困惑した。


「さぁ……」


 トルファンはブレンカの顔を見ずに答えを言う。


「儂もニナも、ゲリラ兵だったからな」


「内戦の時、か?」


「大戦争だ」


「…………」


「イリリア軍人だった儂は、敗北してすべてを失った。国はなくなり、儂らは何者でもなくなった。国も国民も、何一つ守れなかった」


 旧イリリア公国は、大戦勃発後、エスターライヒによる侵攻を受け、あっけなく敗北。君主が国外逃亡し、公国は事実上消滅した。


 残された旧イリリア軍は武装解除されるか、一部がレジスタンスとして山中に籠ることになる。トルファンもニナも、その時のゲリラ兵の一人だった。


「ゲリラ、レジスタンスと言えば聞こえはいいが、実際は守るべき国民のすぐ隣を戦場にしただけに過ぎなかった。ゲリラの疑いを掛けられた国民が殺されていくのを何度も見てしまった」


「だからゲリラをあんなに?」


「ゲリラ戦というのは弱者の戦いだ。国を守れるよう常に強く、精強であらねばならぬ正規軍が執るべき戦い方ではない。それは初めから負けを宣言するようなものだからな」


 ブレンカはトルファンの言葉を聞き、視線を落として呟く。


「でも、実際イリリア軍は弱い。正面からセプルヴィアを受け止めて追い返すだけの力はない」


「……貴様は現実を見ることができる。そして何より合理的に物事を判断する。何をしたら勝つことができるのか見通す力に長けておる。そんな貴様から見れば、儂やニナは訳の分からぬプライドにしがみつく老人にしか見えぬかもしれん。しかしな」


 トルファンは一度言葉を切る。


「儂らは軍人でありたかった。そして軍人でありたいのだ。国の誇りを、イリリア軍人であるという誇りもって生きたいのだ」


「……国が無くなったら、全部終わりだ」


「…………」


 トルファンは何も言わなかった。代わりにブレンカをじっと見つめる。


「ブレンカ……」


「……なんだよ」


「…………」


 沈黙の末、絞り出すような声でトルファンは言った。


「頼んだ」


 それだけ言うと、すぐに踵を返し階段を上がっていった。


 残されたブレンカはしばらくぼうっとつっ立っていたが、


「……戻るか」


 我に返って作戦課へと走る。トルファンの言葉はこの後ずっと脳裏に張り付いたままだった。



 

閲覧、評価、ブックマークありがとうございます! 飽き性の私の励みとなっております。

あれ、主役のユリアナさん、今日はいらっしゃいませんね……。まあ、近代国家の政府は彼女一人で動いているわけではないので、今回は他の人たちがどう動いていたか的な裏話とお考えください。書いててすごく楽しかったので、またこんな感じの話を作るかもしれません。

ちなみにですが、イリリア語は敬語の観念は希薄です。元は王侯相手ぐらいしか使わない、そしてよほど賢くないと使えない言葉なのです。(崩れた敬語モドキぐらいなら使う人もいる。ただその辺の使用度は低い)

決して文字媒体で全員敬語を使えば誰のセリフかややこしくなるから、何てことはありません、ええ。

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