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「我々政治家の目的は?」――ルカ・ペトロヴィッチ首席補佐官は問うた

 

 エトルリアが提示した同盟案はイリリア政府を二分三分するほどの威力を持った爆弾だった。


 特に軍はひどく、陸軍省は同盟に賛成し、陸軍参謀本部は絶対反対を主張。外務省は大勢として反対だったが、一部に根強く賛成派がいるらしく、内紛が激化している。


 肝心のユリアナはと言えばいまだはっきり態度を表明せず、そのあおりを受け大統領府も賛否両論に分裂したため、それがこの混乱に拍車をかけていた。


 一週間がたっても政府統一見解は出せず、それどころか通常業務にさえ支障をきたすレベルで騒動が広まっている。


 これを収束しようと、連日のように上は大臣、下は係長級の関係省庁会議が開かれていた。今日行われているのは、その大臣級会議だ。


「だ・か・らっ!! イリリアとエトルリアじゃ国力の差が歴然とし過ぎてるのよっ! そんな相手と軍事同盟? そうなったらイリリアはエトルリアの意向を無視しての国家運営は不可能になるわ!!」


 と怒鳴るはエルザ・フラシャリ外務大臣。


「そうだ、歴然としてる。だからこそ同盟を結ぶのではないかっ! 独力での国土防衛は昨今のレヴァント情勢下ではほぼ不可能。エトルリアの助力あってこそ我が国の存続と繁栄はあり得るのだ!」


 と言い返すはトルファン・アリア陸軍大臣。


「でもエトルリアのやり口は気に入らないね。連中は大戦争のときにうちを植民地にしようとしてたんだ。この同盟だって隙あれば植民地にしようって腹に違いないね。トルファンはそんなことも忘れたのかい?」


 と吐き捨てるはニナ・ポポヴィッチ陸軍参謀総長。


「でもなぁ、同盟を結ばんかったら経済協力はなしや。そないなことして無駄に関係を悪うさせてみぃ? えらいこっちゃや! イリリア製品の輸出先の7割はエトルリアやし、5か年計画は省いたけど民間投資の分野やったらエトルリア資本の影響はすごいで? もう切っても切れへん関係やねんって」


 と説得に当たるはレディナ・パシャ産業大臣。


「自由発言を許可した覚えはありません。不規則な発言は控えてください!」


 と制するはルカ・ペトロヴィッチ大統領首席補佐官。


「うーん、荒れてるねぇ」


 と苦笑いするのは、ユリアナ・カストリオティ大統領。今日も今日とて、同盟問題に関する検討会議は紛糾していた。


「荒れてるねぇ、じゃありません。大統領からも何か……」


 ルカは眉をひそめてユリアナに促すが、ユリアナは


「まあ、みんなが言いたいことは十分わかった。それを考えてじっくり検討してみるよ」


 と言っただけで、それ以上は何も言わなかった。


 たまらずレディナが声を上げる。


「あんなぁ、大統領。自分からもなんか言うてーな。同盟の件に関しちゃずーっとだんまり決め込んでもうて」


「本当よ。ユリーが反対っていってくれれば態度を変える人だって多いのに」


 エルザも不満を口にする。


「いや、自分は賛成やって話聞いたんやけど」


「何言ってんのよレディ。ユリーは反対派よ?」


「不規則発言はお控えくださいっ!!」


 にらみ合うレディナとエルザを、ルカが一括して納める。そしてちらりとユリアナを見た。


「わかってる。……わかってるよ」


 ユリアナは小さくつぶやくだけだった。


 ユリアナの影響力は、国内では凄まじいものがある。ひと声発すれば、世論も大方形成されてしまうだろう。イリリアも民主国家である以上、国民の声に反した施策を強硬にとり続けることはできない。


 だからこそユリアナは黙っていた。この件は、空気だの雰囲気だのに流されて決めるべきではないと思ったからだ。


「っていうのは建前で、実際は私もどうしたらいいかわかんないんだよねぇ」


「……珍しいですね。大統領はいつも物事をすぐに決めてしまう方と思っていましたが」


「そういかない時もあるってわけよぉ」


 会議終了後、ルカと二人きりで官邸のバルコニーにてコーヒーをすすっていたユリアナは、珍しく弱気な声で言ったのだった。


 イリリア共和国という、前世には存在しなかった国家で、前世とは異なった歴史を歩みつつあるこの世界。そこで直面した前世にはなかった事件に、ユリアナも迷ってしまっていたのだ。


「私が今こうやってやってることも、本当に正しいのかわかんなくなっちゃうんだよねぇ」


 ユリアナはバルコニーから見えるスコダルの街並みをじっと眺める。連日の論争は、それをのらりくらりとかわしているように見えるユリアナにさえ負担になっていた。


 しかしそうやって黙っていることが原因で、より一層政府に混乱をもたらしている。この現実に痛いほど直面したユリアナは袋小路に追い込まれてしまったかのような閉塞感を覚えるのだった。


「……ユリアナさん、おかわりは?」


 ルカはポットを掲げる。その呼び方は、いつもの「大統領」の呼び方ではなかった。


「ん、ちょーだい」


 ポットから注がれるのは、イリリアで良く飲まれる濃いコーヒーだ。ルカはそれに角砂糖を数個入れてスプーンでかき混ぜた。


「俺は……」


 ルカはグルグルとコーヒーをかき混ぜながら言う。


「あなたが間違ってると思うときもあります。もっと違うやり方があるんじゃないか、とか、整理整頓はしっかりしてほしい、とか、もっと寝起きをよくしてほしい、とか」


「そう……。え?」


「ですが、あなたが国を想う姿勢を、国家国民のためにその身をささげる姿を間違っていると思ったことは一度もありません」


「……そりゃどーも。でも私は」


「そこに立ち返って考えられてはいかがですか?」


 ルカは出来上がったイリリアンコーヒーを差し出した。


「立ち返る……?」


「我々政治家の目的は?」


「国の繁栄……」


「では、そのために必要な行動をとるだけです。なに、いつもあなたがやってることじゃないですか」


 ルカは軽く微笑んだ。ユリアナはしばらくそんなルカを見つめていたが、


「……いつも笑わないんだから笑顔が引きつってるよ、ルカ」


「は、はぁ!? 人がせっかく励ましたというのにあなたは……」


「でもありがとう」

 

 ユリアナはコーヒーをすする。


「おかげで思い出した。わたしのすること、すべきことを。もう時間もないってこともね」


 そういって不敵に笑う。


「ルカ、私の意見を言う。すぐに……」


 そう、時間はなかった。


「大統領っ!!」


 バルコニーに駆け込んできた連絡室のスタッフによりその報が伝えられる。


「セプルヴィア軍、西ダルダニアより越境っ! 我が軍と交戦状態に入りましたっ!!」

閲覧、評価、ブックマーク等本当にありがとうございます! 実は前回、イリリア兵器集海軍編をご紹介していなかったので、今回この場で発表させていただきます。なお今回のお話の量は少なめですが、次回は少し多くなる予定です。


イリリア兵器集海軍編

アエミリア級駆逐艦アエミリア 二番艦べアトリクス……元はトルキスタン帝国海軍のムアーヴェネティ・ミッリイェ級駆逐艦。毎度おなじみ戦時賠償艦である。全長74,1メートル、最高船速26ノット。7.5cm単装砲2基、5.7cm単装砲2基、45cm水上魚雷発射管単装3基搭載。


なおイリリア海軍が現在保有している艦艇は以上三隻のみであり、普段の哨戒活動はシュワルツローゼ重機関銃を武装として搭載した小型のモーターボート、『Ⅰ号哨戒艇』で行っている。その対象はもっぱら海賊、海上密輸、密漁などの犯罪者であり、諸外国海軍に対抗する力はない。



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