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「ほんとに大丈夫かねぇ、この国」――ユリアナ・カストリオティ大統領は言った

更新はのんびり。分量もあんまり多くは書けませんがじっくりやっていきたいと思います。

「敵軍はロント・ベルを突破し、ポドゴリカ市東方の30キロメートル手前まで進軍を続けております。規模は機甲部隊を中核とした一個連隊規模です」


 トルファン・アリア陸軍大臣の報告に、ユリアナ・カストリオティ大統領ははぁ、と小さく息を吐いた。長い黒髪をかきむしり、新築されたイリリア軍戦時中央指揮所の最高司令官席から身を起こす。


「我が軍の状況は?」


 ユリアナ大統領は短く聞く。トルファン陸相は報告書から顔を上げると、深い皺が刻まれた目元をユリアナに向け答えた。


「ポドゴリカ郊外に防衛陣地を構築しています。二個歩兵連隊をそろえておりますゆえ、簡単には突破されんでしょう」


「敵軍には戦車部隊がいたはずだけど、守り切れるの?」


 ユリアナの問いに、トルファン陸相は一瞬黙り込んだ。しかしすぐに口を開く。


「敵戦車はフランク製旧式戦車のルノーFT17。我が軍が保有する75mm野砲で十分対処可能です」


「その台詞は『国境峠の戦い』でも聞いた。結局敗北して、敵軍の領内侵入を許したときにね」


 ユリアナの眼光がトルファンを射抜く。歴戦と名高い、イリリア陸軍きっての古豪トルファンだが、その視線に言葉を詰まらせた。


「大統領」


 ユリアナとトルファンの間に割って入ったのは、ルカ・ペトロヴィッチ大統領首席補佐官だ。


 ルカ補佐官は数枚の資料をユリアナの前の机に広げた。


「先の『国境峠の戦い』は濃霧の結果、野戦砲の運用が想定通り行えなかったことが敗因の一つです。今回の交戦予定地点は平野地帯。野砲は十分に活用できると推測できます」


 早口でまくしたてると、今度はトルファン陸相を振り返る。


「偵察部隊の報告によれば敵軍には未確認の新型戦車が確認されたとのこと。陸軍としての見解及び対策についてはまだお伺いしていませんでしたが?」


 トルファンは苦い顔をすると、隣に控えていた部下に耳打ちをする。部下は慌てて分厚いファイルをめくると、該当ページを開いてトルファンの前に差し出した。


「……敵新型戦車、参謀本部呼称「X-1」は装甲、攻撃力ともに従来の敵軍戦車より若干の能力向上が見られるものの、31式野戦砲の対戦車戦における優勢は変わらないと考える」


 そういって小さく付け加えた。


「まったく、そんな設定などよく覚えておるわ」


「設定ではなく現状です。口を慎んでください、トルファン陸相」


 ルカがトルファンを咎めるが、トルファンは特に気にした様子もない。


「……ともかくとして、このあと1800より予定通り迎撃作戦を実施します。よろしいですな、ユリアナ大統領」


 渋い顔をしていたユリアナは、静かに頷いた。そしてトルファンを、その周りにいる陸軍の制服に身を包んだものすべてを見つめた。


「この戦いに敗れたら、古都ポドゴリカの陥落は決定的。それはこの国の、イリリア共和国の精神的支柱を失うことを意味する。何としても、守り抜いて」


 ユリアナの言葉に、軍人たちは敬礼で返した。


 ポドゴリカ会戦と名付けられたこの戦いは、激闘の末イリリア軍が敗北。世界暦1934年初頭、イリリア共和国陸軍政府合同指揮所演習は自軍の敗北で幕を閉じたのだった。


――――――――――――


 1934年4月、イリリア共和国スコダル首都特別市。


 スコダルはイリリアの首都として、ここ何年かで急速に発展を遂げた街だ。南東ヨーロッパ最大の湖のほとりにあり、ローマ時代の遺跡は観光名所にもなっている。


 イリリア共和国はヨーロッパの南東部、地中海に突き出たレヴァント半島アドリア海沿岸に数十年前誕生した新しい国で、周辺国かこのあたりに詳しいものでなければ、その名を知っている者はほとんどいない。


「あー疲れたなー。有給とかないのかねぇ、この仕事」


 ユリアナは深いため息とともに黒い革張りの椅子にだらしなくもたれかかった。


「何わけ分からないこと言ってるんですか。あとだらしないです、大統領」


 補佐官のルカがため息とともに指摘した。


 ここはイリリア共和国大統領官邸、大統領執務室。人口110万を誇るこの国のトップだけが座ることを許された椅子の主は小柄な少女だ。


 長い黒髪は今はぼさぼさのまま放置され、執務机の上には合衆国製のコーラの空き瓶が数本おかれたままになっている。ほかにも何かの包み紙だったり、新聞だったり、書籍だったりが乱雑に積み重なっていた。


 着ている白いブラウスはボタンが留められておらずだらしなく乱れており、紺のスカートもしわだらけになっている。ユリアナという女性の人間性がそのまま表れているようである。


 これが一つの独立国家、イリリア共和国の元首であることはにわかには信じられないだろう。


 だがユリアナは昨年行われた選挙で勝利し、晴れて大統領に当選した。この世界の歴史上、女性元首は珍しくないし、特に民主主義国家に置いては男性政治家の方が珍しいぐらいだが、それでもここまで若い人間が大統領になるのはまれだ。ここまでだらしない国家指導者もそうそういない。


「ねえルカ、今日はもうお休みでよくない?」


「あんた大統領の自覚あるんですか?」


「あるよー」


「…………」


 対照的に、大統領首席補佐官のルカ・ペトロヴィッチは金髪を短く刈り揃え、背広も上着まできっちりときこんでいた。彼の生真面目さが全身からにじみ出るようである。


 ルカはこれ以上指摘することをあきらめたのか、何も言わず、だが苦い顔をしたまま一冊のファイルを差し出した。


「先日の陸軍政府合同指揮所演習の総括があげられました」


「んー」


 ユリアナは塩と砂糖で味付けされた炒り豆をつまみながら答えた。これはイリリアでは一般的なおやつで、ユリアナの好物である。


「あの酷かったやつねぇ」


 ユリアナはそういいながらファイルを開いた。


「あの酷かったやつです」


 ルカはそう言いながら炒り豆を取り上げた。ユリアナは「あ……」と悲しそうな眼をしながらルカを見上げたが、


「食べ過ぎです」


「……はい」


 ルカの冷たい声であきらめ、ファイルに目を落とす。


『今回の結果は机上演習において認められる偶然の一致が重なったためによる敗北であり、我が軍の対応自体に問題なし。なお敗北という根本的問題の解決には、戦力の更なる補充と潤滑かつ完璧な国防政策の実施のため、陸軍の権力拡大が行われる必要がある』


 陸軍は提出した報告書を簡単に要約すればこんな感じで、それはかつてから陸軍、及びトルファン陸軍大臣が繰り返し主張してきたことの焼き直しであった。


「めんどくさいなぁ」


 ユリアナは一人呟く。ルカは肯定しなかったが、咎めることもなかった。


――――――――――――


 イリリア共和国が世界暦1934年現在のヨーロッパにおいてどんな国であるのかを一言でいうなら、貧乏田舎国家である。しかしその始まりは存外に古い。


  イリリアという名が歴史に初めて現れたのは、紀元前だ。当時存在した『イリリア王国』は交易と海賊行為により繁栄していたが、レヴァント半島の西隣、エトルリア半島に誕生したローマ帝国に征服されてしまう。


 その後ローマの衰退に伴い、今度は中東に起こったトルキスタン首長国がイリリアの支配者となった。


 再び独立を手にするのは産業革命後。既存の世界が大きく変わり始めた1800年代後半にまで下らなければならない。長年の独立闘争が列強各国の駆け引きと結びつき、現在の北部地域のみだったが、イリリアは再び地図上に復活することができたのだ。


 その後この地域、レヴァント半島には小国家が乱立し、民族主義とイデオロギーの対立が激化。それらがヨーロッパ列強の思惑と結びつく『火薬庫』に変貌する。


 そして火薬庫が大爆発を起こす時が来た。世界暦1914年、サラエボで起きたエスターライヒ皇太子暗殺事件が引き金となり、史上初めての世界大戦争が勃発したのだ。


 おびただしい数の死者といくつかの帝国の崩壊をもって終結したこの戦争は、ついにレヴァント半島諸国の完全独立を実現させた。世界は平和になったかのように見えた。

 

 しかしそれらは、火薬庫レヴァントの問題を解決させることはなかった。レヴァント諸国は次なる戦争の種を多く抱えたまま船出を迎えることになる。

 

 そして世界暦1934年。数年前の大恐慌がいまだ尾を引き、レヴァント半島には再び不穏な気配が漂い始めているのだった。


 イリリアもまた例外ではなく、領土問題を抱える隣国セプルヴィア王国やその他周辺諸国の軍事的圧力にさらされていた。

 

 今回の合同指揮所演習はそうした情勢下において、陸軍と政府の連携を確認し、新たに導入された戦時中央指揮所の運用訓練を兼ねたものだった。


 結果はまさかの自国敗北。敵国セプルヴィア役を務めたのは立場の弱い海外帰りの若い参謀ともあって、ナショナリズムに固まった参謀本部や陸軍省は上から下までの責任問題に発展しているらしい。


「適当なところで人事権でも発動しよっかなぁ」


 ユリアナは机にもたれかかり、投げやりに言った。


「無茶言わないでください。あなたもわかったでしょう? 政府と陸軍の溝はだいぶ深いですよ、これは」


 ルカも匙を投げる。ユリアナはぐだりと倒れ込むと愚痴った。


「旧日本軍かよ、ちきしょー」


「は?」


「いや、こっちの話……」


 ユリアナはそっとそっぽを向く。そして今度はルカに聞こえないよう、小さな小さな声でつぶやいた。


「ほんとに大丈夫かねぇ、この国……。もうすぐ第二次大戦だって言うのに……」


 ユリアナ・カストリオティがイリリア共和国第3代大統領であるということは一般にはよく知られたことである。しかし彼女が西暦20××年の日本国に暮らしていた転生者であるという事は、彼女一人しか知らないことであった。


モデルはありますがあくまでモデルですのでご了承ください。ブックマーク、ご意見、ご感想、評価など頂けたら作者は舞い上がって小躍りしちゃいます。どうかよろしくお願い致します。


なお書くまでもありませんが、本作に登場する人物、団体、事件などはすべて架空のものでありフィクションですのでご了承ください。(……これ、一回やってみたかった)

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