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高原のドラゴンたち




 到着しました。


 眼前に広がる小麦色の草原。その奥には雲を貫いた山々が低く重なり合い、空の広さを感じさせます。

 後ろを振り返れば、先程まで小さく見えていたベースキャンプは、白いもやに隠れて確認することができません。


 ここがドラゴンの暮らしている高原です。



 それでは、私から離れないようについてきてください。

 この辺りの枯れ草は腰の高さほどですが、場所によっては肩の高さを超えるところもあります。また、ところどころ岩が付き出したようになっているので、転ばないようにゆっくりと歩いて行きましょう。


 今のところ、ドラゴンの気配はしません。通り抜ける冷たい風が枯れ草を揺らす音だけが響いています。

 頭上を高速で流れる雲が太陽の下を通過するたびに、周囲の空間ごと取りかえられたような変化が肌を通して伝わってきますね。



 あ、何か見えてきました。

 右手奥の方、枯れ草を積み上げたような丘があるのがわかりますか? 動いています。

 今首を持ち上げました。ワニのような頭には複雑に枝分かれした2本の白い角が見えます。

 首から背中にかけてもっさりしてるのは、うすい羽毛でしょうか。周囲の景色にぎりぎり溶け込む鮮やかな黄色です。


 近づいてみましょう。



 立ち上がりました。2階建ての家の屋根にあごが乗せられそうな大きさです。

 大きく広がったコウモリのような翼が、まるで空をおおい隠す天幕のよう。

 足踏みで地面をゆらすがっしりとした後ろ足とやや小さめの前足は、物をつかみやすいようにデザインされています。

 これは間違いないですね。


 ドラゴンですか?


「はい、ドラゴンです」


 やはりドラゴンでした。

 よどみのない喋り方が、会話なれしている事をうかがわせます。


 それではドラゴンさんの生態を紹介してもらいましょう。


「最近はこの辺りでドラゴンしてます。休日にはふもとに降りて家畜なんかをもろてきます」



 大変ドラゴンしてるようですね。では、ここでドラゴンしている以外に……そうですね。ドラゴンさんの特徴などを教えてもらえますか?


「この体の色合いです。いい黄色してますやろ。これ見てなんか思い浮かびません?」


 何でしょう?


「ヒントは食べ物」


 んー、オムレツでしょうか?


「はい、正解。でも今日はプリンなんです」


 何という事でしょう。

 プロの司会の様な流し方、一瞬私が間違えたことに気づきませんでした。


「正解したので、お2人には特別にドラゴンの秘密を教えてあげましょう」


 気になりますね。


「実は……見ての通りプリン味してますねん」



 ジョークですね。

 捕食される心配のない生態系の頂点に立っているドラゴンだからこそ言える、ジョークです。


 ちなみに、ドラゴンは鳥肉の様な味がします。

 熱したお湯でささみをゆでて、お好みのドレッシングをかけて食べるのが私のおすすめですね。ただしドラゴンの種類や食生活によっては毒を持っている場合があるので、注意してください。

 素人はむやみに捕まえて食べずに、狩る前に専門家からアドバイスを得るようにしましょう。


 ここまでがジョークです。



 ところで、ドラゴンさんが全身を黄色に塗っているのは、カモフラージュ目的ですか?

 いえ、普通のドラゴンは多くの肉食獣と同じく、獲物に感づかれないよう体臭を隠し、その土地のにおいになじむのに、どういうわけか黄色いドラゴンさんからはペンキのにおいがしましたので。


「これはふもとの職人に塗ってもろたんです。この羽毛も地毛やなくて付け毛ですねん。今どきのドラゴンは、羽毛付き。ビビッドカラー。前傾姿勢。これで大人気ですわ」


 それは、ドラゴンさんの足元にある恐竜雑誌と関係がありますか?


「はい。いつも参考にさせてもろてます」


 そうですか。


 私たちの探していた高原のドラゴンのイメージとは大きくかけ離れた姿ですが、これも新たに判明した生態の1つとして見なくてはならないのでしょう。現実こそ何をおいても直視すべきものなのです。


「他のドラゴンは染めてへんので、そっちにインタビューしてみたらどうです?」


 そうですね。

 それでは場所を変えましょう。

 今見たものは忘れましょう。


「ひどない?」




 枯れ草をかき分け少し歩きましたが、地面が見えている場所が多くなってきました。

 おや、土が盛り上がっているところがありますね。何かの巣穴でしょうか。


 近づいてみましょう。



 何か出てきました。

 白いヘビの様な頭にまっすぐ伸びた2本の黒い角、赤い宝石のような目、美しい白色のうろこに包まれたやや細身の体の背には、小さな黒い翼が付いています。

 前足の大きな爪は穴を掘るためのものでしょうか。大きさは人とあまり変わらないくらいです。

 先程のドラゴンとはかなり見た目が違いますが、これが流行に染まらないタイプのドラゴンなのでしょうか?


「ドラゴンです」


 ドラゴンでした。

 体が小さいからでしょうか、やや幼い印象を受ける声です。

 両前足でどんぶり形のアルミ食器を抱えて、途中から2つに分かれたヘビのような舌でなめていますね。


「これですか? この器に料理が入っていたのは3か月前の事です。でもこうして器をなめていると、あの時食べた料理の味が思い出されて、とても幸せな気分になるです」


 ドラゴンは非常に高尚な知識と精神文化を持っていると聞きます。これもその1つなのでしょう。

 そう信じたいですね。


 それではドラゴンさんの生態を紹介してもらいましょう。


「もうずいぶん長い事ドラゴンしてるですよ」


 ベテランのドラゴンさんのようですね。では、ここでドラゴンしている以外に……そうですね。先程出てこられた穴はドラゴンさんの住まいなのですか?


「はい。ぼくの住居です。17LDKに改築したですよ」


 すごいですね。大家族なのでしょうか。


「それはもう、大大大家族になるです。2人もぼくの家族になれるですよ。今なら空いている16部屋から好きな部屋を選べるです」



 あ、失礼、ちょっと涙が……はやく部屋が埋まると良いですね。


「ええっ!? ちょっと待って欲しいのです。見学も可です。どうですか?」


「あかんで」


 あれ? 黄色いドラゴンさん、いたのですか。


「嫌な予感がしたんで、ついてきましてん。一応言っときますと、こいつん家入ったやつは大勢おるんですけど、出てきたやつは今んとこ1人も見てませんねん」


 ……聞きましたか?

 すごくドラゴンっぽいです。

 はじめは何だか残念な感じがしていたのですが、この白いドラゴンさん、今すごくドラゴンっぽいです。

 こういうエピソードが聞きたかったのです。もう、これだけでも足を運んだかいがあったというものですね。


 協力していただいた白いドラゴンさんには、この袋入りインスタントラーメンを差し上げます。

 どうぞ。気圧差で風船のように膨らんでいますが、品質に問題はありません。


「わあ、ラーメンは大好きです。それはもう、食べてしまいたいくらい好きです」


 食べものですからね。


 え? 黄色いドラゴンさんの分ですか? ないです。プリン味がするご自分のしっぽでも食べてください。

 さて、まだ時間もありますので、他のドラゴンを探してみましょう。


「ひどない?」




 背の低い枯れ草を踏みしめながら歩くこと数分、何やら動くものを見つけました。

 頭には角、黒く大きな体、足にはひづめ、先程から枯れ草をむしゃむしゃと食べているその姿は、牛のように見えます。

 というか、牛にしか見えませんね。


「俺はドラゴンだ」


 意外にもドラゴンでした。

 聞き取りやすい言葉から、草を食べながら喋るのに慣れている事がわかります。


 それではドラゴンさんの生態を紹介してもらいましょう。


「ドラゴンだから草を食べたり、反芻(はんすう)したりしてる。ドラゴンだからな」



 聞きましたか?

 私は初耳です。そういうドラゴンもいるのですね。


「ちゃうで」

「それはただの牛です」


 あれ? 黄色いドラゴンさんと白いドラゴンさん、いたのですか。


「嫌な予感がしたんで、ついてきましてん。それにしても、正体を偽るなんて、けしからんやつですわ」

「まったくです。ドラゴンは物食べながら話したりしないです」


 お2人は鏡をお持ちでないのでしょうか。

 まあ、アルミ食器を帽子のように頭にかぶった白いドラゴンさんがかわいいので、良しとしましょう。

 それで、どうして牛さんはドラゴンだと言ったのですか?


「……確かに、俺には角こそあるものの、炎を吐き出す口も、剣を弾き返すうろこも、長くて太いしっぽも、実はあまり飛行に向いていない翼もない」

「さりげなくけなすなです」

「だが、心はドラゴンだ! そう、ここで、この高原で暮らすようになって、分かったんだ。この広い世界から見れば、そこに住む生物にどれほどの違いがあるのだろう。牛とはなんだ? ドラゴンとはなんだ? もし体がドラゴンであるものをドラゴンだというのなら、体を失ったドラゴンはドラゴンではないのか? 否! 口々に語られる伝説のドラゴンたちは既に体を失っているが、我々の心の中で生き続けるドラゴンだ! だから俺もドラゴンなんだ!」


 …………


「よう言うた! お前もドラゴンや!」

「見直したのです、うちに来て16ある空き部屋の中から好きなものを選ばせてやるです」

「それはいらん」

「ええっ!?」


 見ましたか?

 たった今ここに新たなドラゴンが誕生しました。貴重なドラゴンの誕生シーンです。

 雲間から差し込むスポットライトのような日の光が、この奇跡を祝っているように見えます。

 正直なところどういう理屈なのかさっぱりわかりませんが、ドラゴンたちがそれでいいと言っているので、そうなのでしょう。

 それでは、牛のドラゴンさん。何か一言お願いします。


「実は……見ての通りチョコレート味だ」


 ジョークですね。

 普通のドラゴンは鳥肉の様な味がしますが、このドラゴンはビーフの味がしそうですね。

 少しおなかがすいてきました。次のドラゴンで最後にしましょうか。




 先程の熱気でこの高原もいくらか暖かくなったような気がしますか? それはきっと雲が流れて晴れてきたからだと思いますよ。山の天気は変わりやすいですからね。

 あ、何か見えてきましたよ。


 これは……

 1対の翼とその上に背負った1枚の大きな翼、しっぽにも3枚の小さな翼があり、草色の胴体から生えている足の先には、よごれた白い車輪、鼻先にはプロペラが付いています。

 一見して飛行機のように見えますが、ひょっとするとこれもドラゴンかもしれません。


「はい、ドラゴンです」


 そう来ると思いました。

 どうやってしゃべってるのか分かりませんが、現実が真実です。


 それではドラゴンさんの生態を紹介してもらいましょう。


「現在、オーバーホールが必要な状態にあります」


 聞きましたか? 私は初耳です。

 分解整備が必要なドラゴンもいるのですね。


「ちゃうで」

「野生が足りない」


 黄色いドラゴンさんと牛のドラゴンさんが、ついてきたみたいです。

 改めて言われてみれば、確かにドラゴンではなく、飛行機のようにも思えてきました。

 車輪の後ろに短く残ったわだちを見れば、何事もなかったかのように草が生えていて、ここに着陸してから、ずいぶんと放置されていた事がわかります。


 そういえば、白いドラゴンさんはどうしたのでしょう?


 いました。黄色いドラゴンさんの後ろから、空気の抜けた袋入りインスタントラーメンを両前足に持って、出てきました。

 あっ、袋をなめながら歩いていたからでしょう、転んでしまいました。


「野生が足りない」


 牛のドラゴンさん、カカオ率高いですね。

 白いドラゴンさんは、落とした袋を前足で取り、ふるえながら立ち上がりました。


「うう、こんなものに夢中になっていたがために……でも好き!」


 そんなに強く抱きしめると、袋の中のめんがぼろぼろになってしまいますよ。

 ……なってしまいましたね。


「またやってしまったです。いつもだいたいこうなるです。でも、これで誰かに盗られる心配が減ったです」


 よかったですね。

さて、と、飛行機さんは、どうして自分の事をドラゴンだと言ったのですか?


「ドラゴンだからであります」


 どういう事でしょう?

 もう一度よく見てもドラゴンの様には見えません。乗り物なので、心がドラゴンだという事もないでしょう。


「それでも、ドラゴンなのであります」


「ああ、確かにドラゴンやな」


 黄色いドラゴンさんが、見下ろすようにうなづいています。

 私たちには感じ取れない何かがわかったのでしょうか。


「背中貸しますんで、そこから見たってください」


 黄色いドラゴンさんが飛行機の前に伏せました。

 猫のように丸くなり、そのしっぽはまるで背中の展望台へと続くスロープのよう。

 少し怖いですが、登ってみましょう。落ちないように気を付けてください。



 黄色いドラゴンさんの背中から見た景色は、大変素晴らしく、辺りに広がる草原が一望できました。

 遠くに見える山々も、いつの間にか下がってきた太陽も、通り過ぎる風も、全く違って見えてくる。これがドラゴンの目線なのでしょうか。


 ああ、なるほど。

 見てください。確かにこの飛行機はドラゴンです。



 翼にそう書いてありました。


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