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冒険者の街で葬儀屋を営む男の話

とある葵色の死神の話

作者: いちのせ

こんにちわ、いちのせです。

3話目はテュール(年齢不明、処女)のお話です。




 神族。

 女神、悪魔、天使…そういった信仰の対象にもされていたりする存在の種族がこの世界には存在している。

 人間族や獣人族に比べると数は極端に少なく、滅多に見ることもないと言われている種族だ。

 数が多くないのはその分長寿で、それは妖精族の3倍とも不死とも言われているが神によってまばらであると言われている。

 とても特殊な種族で、二人として同じ存在はいないという特徴がある。

 故に、彼女もまたたった1人の死神として、世に降り立っていた。


「私は…テュールか。そうだ、私はテュール・デス・□□□□」


 この世界では発音出来ない部分のある名前のようだ。

 彼女の口から漏れた言葉はこの世のものとは思えないほどおどろおどろしい音であった。

 生まれ落ちた場所は数千年前魔族によって殺され、腐敗が進んだ森の奥深くの祠のあった場所。

 ここが彼女の、彼女らの生まれる場所だった。

 腐った木で出できたどろりとした腐敗臭漂う湖の、ど真ん中。

 産まれたままの姿で水面に立つテュールは、発生した瞬間に己の中に渦巻く欲望を確認した。


「死…死を望む。人間の、妖精の、神の、なんでもいい。死を」


 それが彼女の役割であった。

 死神という存在は、常に死を望む者として。

 けれど死を撒き散らすわけではない。

 命を刈り取る役割も持っていない。

 ただただ、己の世界を満たすためだけに死を望むものだった。

 命あるものが死に、彼女の世界を魂という器を抜け出したモノで満たす。

 満たされ、世界が満ちれば魂は浄化の光をまとって溢れ出す。

 溢れた魂は別の神によって選定され、塗り替えられ、新しい命へと輪廻してゆく。

 そういう存在であった。


「さて…どうしたものか」


 けれど彼女は全裸の己を見下ろして首を傾げる。

 羞恥心は微塵もないけれど、この世界ではいささかよろしくないというのは知識としてある。

 若干面倒ではあるが何か着るものを作ろうか。

 まさか初めての作業が物を作り上げることなど死神としてどうなのだろう、と少しは疑問に思ってしまったもののテュールは術式で魔力を織り、適当な衣服を作り上げ纏うことにした。

 デザインは彼女の世界に漂う魂を適当に掴んでそれを真似た。

 軽装の、やけに露出の高い格好はおそらくローグ系の職業の魂だったのだろうか。

 それから身体中から溢れる死臭を消し、その死臭で鍛えた大鎌を背負った。

 産まれたばかりの彼女は葵色の髪を靡かせ、辺りを見やる。

 ここは既に死が終わっている場所だ。

 あまり心地よくはない。

 とにかく死の溢れる場所へ行かなければ、とテュールは体内に渦巻く死をかき集め丸め始めた。


「む、これは少し痛いなあ」


 膨張していくそれはやがてテュールの小柄な身体を覆い、構成を始める。

 まるで繭のように、淡い光を放って包み込む。

 テュールを覆い尽くしてもなお膨張し続け、やがて最大値まで膨れ上がった。

 そうして暫くののち、ガラスが割れるように繭は砕け散る。

 そこから現れたのは、巨大な葵色の竜であった。

 葵色の鱗は腐敗した地の光を吸い、美しく煌めく。

 太い尾はヘドロの湖に浸かっていても汚れることはなく。

 帳のような翼は大空を求めて風を纏う。

 歴代死神の中で、最も美しいとされる葵色の、死を望む姿。

 本人としては特に誇り高くもこれと言って興味もなく、ふむ、と体躯を見下ろすだけだ。


 そうして、水面を一蹴り。

 腐った大地の風を吹き飛ばし大空へと飛び立った。

 思いの外青い空という空間をテュールは当てもなく飛ぶ。

 眼下に広がる大地には、まばらな死の匂い。

 その中でもとりわけ強く匂う場所を発見したテュールは翼を畳み、鱗を散らす。

 まるで葵色の花弁が舞い散るように高度を上げて上っていく様は幻想的で、けれどテュールはさしたる興味も見せず、姿を少女へと変化させていた。


「あそこにしよう」


 死を眺めるにはとても良さそうだ。

 テュールは超高々度で花が咲く様に笑んだ。




◆◆◆




 トン、と軽やかに降り立ったテュールは、まず死の匂いが1番強い場所を目指した。

 そこかしこに充満する芳しい匂いの中、テュールは見つける。

 幾重にも折り重なって立ち上る、臭いのも良い香りも入り交じる膨大な死の場。

 世界が満ちる。

 魂で、テュールの世界が満ちてゆく。

 溢れたそれはどこかの神が拾っていって。


「うん、いいな」


 テュールは満足そうに頷いた。

 と、彼女は幾重にも折り重なる死の中から、1つ不思議なものを見つけてしまった。

 明るい桃色の髪の女だ。

 生に満ち溢れているくせに、自分の命は死に呑まれている。

 女は腹に風穴を開けて、止め処なく真っ赤な液体を垂れ流していて、けれど今だ潰えてはいない瞳の輝きはなぜだかテュールを見つめていた。


「やあ、テュール」

「む?」


 お前は誰だ、と尋ねるテュールに女は美しく満面の笑顔を作った。

 まるで旧知の仲のような者に向ける人懐こい笑みだ。

 テュールの記憶の中にこんな笑顔を振りまく女なんていない。

 けれどなぜだかとても懐かしいような、そうでもないような、不思議な感覚が芽生えていた。


「君を待ってたよ。葵色の死神、テュール」

「すまない、私はお前を知らない」

「うん、でも私は君を知っている。君がここに来ることも、この先のことも、全部」


 少し寂しそうに笑う女は、血に濡れた手を差し出すとテュールの小さな手を握る。

 命が失われてく者特有の冷たくなりつつある掌に触れられた瞬間、どうしてか寂しいと感じてしまう。

 死を望む死神であるはずの自分が何故そう感じるのか、何故そんな感情を知っているのか…それはもしかすると延々と受け継がれてきた自身の魂に記憶として刻み込まれているのかもしれない。

 その記憶を引き出すことは不可能だが、ただただ無性に寂しいという思いだけがテュールの中に渦巻いて彼女の心を支配する。

 気付けばテュールは金色の瞳に涙を溜めて女を見下ろしていた。


「ふふ、テュールは変わらないね」


 嬉しいな、と女が笑った。


「テュール…守ってやってくれないかな、私の息子を。死神の君にこんなことを頼むのは少しズレていると自分でも思うんだけどさ」

「息子、」

「うん、私の大事な大事な息子だよ。君にとっても、きっと大切になるから」

「そうか」


 空いた風穴からは今だにどくどくと命が流れているが、それもそろそろ終わりが見え始めていた。

 流れる命は細くなり、やがて全てを流した身体は役目を終える。

 女はふう、と壁に持たれて大きく息を吐いた。


「逝くのか」

「うん、そうだね。私はここまでって決まってるから。次はテュールにって決まってるから」

「リリィ、逝くな」

「なんだ、私の名前知ってるじゃない」


 そうしてやっぱり笑うリリィはテュールの手を離し、じゃあね、と目を閉じる。

 随分あっさりと別れを告げ逝ってしまったが、そうだこの女はいつもこんな感じだった、とテュールは思った。


「先見の女神リリィ…お前は」


 葵色の死神と、先見の女神。

 二人にどんな過去があったのかそれはきっと知ることはできないだろう。

 けれど恐らくそこにはとても強い繋がりがあったはずだ。

 でなければこんなにも涙が溢れてくるはずがない。

 目の前で満足そうに眠って逝ったこの女を見てこんなにも胸が締め付けられるはずがない。

 意志とは関係なく溢れる涙を拭おうともせずにテュールはリリィの抜け殻に触れたまま、ただただ涙を流していた。


「お前はずるいな、リリィ。全てを知って逝くのに、私は何ひとつ知らずにこんなにも悲しいまま生きるのだぞ」


 初めて知りたいと思った事は、全てリリィが持っていってしまった。

 けれどテュールの世界に、その魂が増えることはない。

 神族の魂は別の神が大切に保管してしまうのだ。

 いつか生まれる先見の女神のために。

 テュールは涙を拳で拭い、リリィが握りしめていた金の装飾が施された漆黒の剣を腰に差す。

 そうしてそれを真似たような漆黒の狼へと姿を変え、駆け出した。

 



◆◆◆




 あまりの陽気の良さにどうやら少し眠っていたようだ。

 テュールは大きなあくびをし、のそりと起き上がる。

 随分と懐かしい夢を見てしまった、と思い出しただけで胸が少しだけ痛い。


「テュール、起きたのか」


 くすんだ桃色の髪の男が傍らに立っていた。


「リ──」


 思わず目を見開いてリリィと口走りそうになって、フイと視線を逸らす。

 先見の女神ではない。

 この男はオリオンという名前で、葬儀屋をしている男だ。

 死体とだけ戯れて生きていけばよいのに、遺品探しとかいうくだらない事をしてその生命を危機に晒してばかりの莫迦な男。

 何度助けてやったのか最早数えるのもバカバカしいほどだ。

 けれど決してやめようとはせず。

 己が弱いのを知っていて尚魔窟へ向かう。

 そこいらの冒険者などよりはよっぽど強いのは認めるが、それでもテュールからしてみれば赤子同然である。


「オリオン、その格好は何だ」


 見ればオリオンは帯剣し、道具袋を背負って、エプロンを付けていない。

 またか。

 分かりきったことを聞くのも面倒だがそれでも聞かずにはいられなかった。


「魔窟へ行ってくる」

「死ぬぞ」


 何度言っても聞かないところは誰に似たのだろう。

 母親なのか、それとも違うのか…別に興味はないけれどそう思ってしまう。

 テュールはグっと伸びをして、オリオンの仕事机から飛び降りると同時に狼の姿へと変える。

 強く言えないのは少なからず魔窟へ入って死を満たせるからだと自分に言い聞かせて、オリオンの傍らを歩く。

 オリオンが死にかける程の事はまずないだろうが、そのときは自分が手伝ってやればいい。

 死を撒き散らすわけではないが、命を刈り取る役割は持っていないが、この男を守るためならば力を振り下ろして命を刈り取ろう。

 死を撒き散らしても良い。

 テュールは、隣を歩くくすんだ桃色の髪を揺らして歩くオリオンを見上げて、そんなこと思った。

 死を望む死神が、たった1つ守り続ける命。


「死ぬなよ、オリオン」


 先見の女神の遺した命を、守り続けている。

  

 

 





ここまで読んでくださりありがとうございます。

書いて消してを繰り返すと何を書いていたかわからなくなることがよくあります。

設定厨のいちのせです。キリッ


少女姿の彼女がもつ大鎌は即死付加(発動率95%)です。コロッと逝ってしまうのでヤられないよう気をつけたいですね。

使いませんが()


今回は謎に満ちたようなそうでないようなテュールのお話でした。

どうでもいい設定として、神族は子供も産めます(ヤッター!)

その場合ハーフが生まれてくるので神族ではありません。

膨大な力を扱うにはハーフというやや脆い身体では耐えきれないので能力的なものは封印です。残念!


ほんのり百合風味になってしまいましたがいかがでしたでしょうか。

拙い文章ですが、読んでくださりありがとうございました!


次回4話は「冒険者の街で魔法使いをやっている女獣人冒険者の話」です。

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