表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

 街で任務対象ターゲットの目撃情報を確認した――そう言われた次の日、深矢は港の西側に来ていた。


 大きな教会の前にある広場のベンチに腰掛け、広場を行き交う人々に視線を走らせる。

 海斗の情報からすると、任務対象は昨日の昼間四時頃と夕方六時頃にここを通ったらしい。外出時間はだったの二時間。追われる身としては妥当なところか。だが逆にその二時間という微妙な時間は何なのかが気になる。


 海斗の方はといえば、朝からずっと蒸し風呂状態の宿の部屋に篭ってパソコンと向き合っている。

 こうなった時の海斗は面倒臭い。どこに引っかかっているのかを教えてくれないし、一度自分の答えが出るまで何を聞いても答えてくれないからだ。

 フェリーでの入国者リストを探るのにあれ程躍起になることはないから、恐らくは深矢が言った『silver tiara』についてだろう。


 あれはもちろんザックから聞いた話である。

 美術館を出た後、ザックは深矢の質問に気安く答えてくれた。今まで何処でどれだけの財宝を盗んできたかや、どうして『silver tiara』を狙うようになったのか、それは一体何物なのか――全て流れるように淀みなく話してくれた。


『silver tiara』は、近代中国人芸術家・皓月がカナダ滞在中ホテルのバーで一目惚れしたイギリス人女性・リズをモデルに描いた肖像画であり、その絵の中には彼女に宛てたメッセージが隠されているという。

 だが誰一人として完成を見ることはなかった。皓月は突然姿を消し、その絵はリズに贈られることはなかったからだ。その後、『silver tiara』と思われる肖像画が蒐集家によって世界各地で取り立たされてきた。ザックはその噂を耳にする度にその地へ飛んでいき実物を見て回っている美術品泥棒で、今回はこの常夏の島国に白羽の矢が立ったらしい。


 近代芸術家が愛する女性に贈ろうとした作品――それが、『silver tiara』に関する一般的な見識。でもそれだけじゃない、とザックは声を潜めた。そこからが問題だった。

 何でも皓月は芸術家を装った中国人の諜報員だったらしい。滞在先のホテルは各国の権力者が泊まるような場所で、皓月はそこで米国の国防に関する情報を手に入れた結果、姿を消した。それが本人の意思によるものか、姿を消されたのかは知る由もない。

 だが重要なのは、その肖像画にリズへのメッセージとは別に、皓月が手に入れた情報についても記されているということだ。


 深矢も最初は半信半疑だった。しかし『silver tiara』のために世界を駆け回ってきたというザックが、その内の一つで何処かの国の外交官がそう漏らすのを聞いたと言ったら、当然その意味も変わってくる――工作員としては見逃せない最重要機密情報となるのだ。扱える人も限られてくる情報を一塊の泥棒に奪われるわけにはいかなかった。


 ふと気がつくと、来た時は陰にあったベンチも太陽の下に曝け出される頃になってきた。時間にして一時といったところか。

 場所を移動しようと深矢は立ち上がり、いい場所はないかと辺りを見渡す。

 広場の中心に位置する噴水。その水面は太陽光を受けて眩しいほどに反射している。レンガの石畳の上ではタンクトップ姿の女性が汗をタオルで拭いながら、広場を囲むように立つ建物の中に入っていった。一階はカフェとなっているらしく、女性と入れ違いにサングラスをかけた小柄な男性が店内から出て行った。

 室内に避難とするか――深矢はヒリヒリとした暑さから逃れるようにカフェへ足を向ける。


 こじんまりとした店内は大して混んでいなかった。オフィス代わりに仕事をする男性が一名と女性グループが二組、そして今入ってきた女性。どの顔も広場を監視していた深矢にとっては一度見たことのある顔だ。そしてあれ、と店員にアイスコーヒーを頼みながら広場を振り向く。


 あのサングラス男はいつ店に入った?


 記憶を遡るが、サングラスをかけた小柄な男を見た覚えはない。いや待て、思い出せ――頭にサングラス男を思い浮かべ、その顔から付属品を一つずつ取り外していく。短髪を隠しサングラスを取ってみると、残ったのは欧米人にしてはエラの張った日焼けした顔――


 違う。


 深矢は咄嗟に立ち上がり店を走り出てサングラス男が去った方向を見据えた。だが男の姿どころか人影すら見当たらない。


 ――クソ、凡ミスだ。

 あからさまに舌打ちをする。不審そうな表情を浮かべる店員と目が合い、深矢は笑顔を取り繕って尋ねた。


「今さっき出たいった者の連れなんだけど、どこに行ったか分かる?」


 店員は首を横に振る。それもそうだ、いちいち客の動向を気にするマメな店員などそうそういない――あれは一体誰なんだ。あのサングラスの下はおそらくアジア系の顔立ちのはず。わざわざ欧米人に変装していたことも考えると、あの男が任務対象ターゲットという可能性は高い。

 忌々しく外の広場を眺める深矢の脇で、そういえば、と店員が手を叩いた。


「人探しをしてるんですってね。写真見せられましたよ……アメリカ人の」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ