表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

 陽が傾き、外の明かりが茜色から段々と暗くなってきた頃、海斗は宿を出て港周辺の酒場の集まる界隈を歩いていた。

 夜の街は昼間の暑苦しさが尾をひいているようで、丁度いいとは言い難いが幾分かは過ごし易い。昼間は人と荷物が行き交い忙しそうだったこの港周辺も、夜になると酒場のオレンジの明かりが灯り昼間とは違った賑やかさを見せている。

 海斗は酒場の並ぶ通りを、注意深くしかしさり気なく観察しながら歩いた。外の席でつまみを片手に大笑いをする男らや、通りの隅で息を潜めて身を寄せ合う男女も、それら全ての顔を視界の隅で捉え、記憶し、任務対象ターゲットの特徴と照らし合わせる。

 だが一通り歩いたところで中国人の顔には遭遇しなかった。海斗は踵を返し、来た道をもう一度辿り直す。

 正直なところ、状況は切羽詰まっているのだった。こちらの持つ情報が少ない上に、黄余暉(ウォン・ヨキ)の殺したマフィアの手下共も復讐目当てに彼を探し回っているはずだった。それよりも早く見つけ出さなければならない。


 ――だから美術館とか言ってる暇はないんだよ!


 もう一人の働かないコソ泥にそう怒鳴りたいのを抑えて、海斗は近くの酒場に入りカウンターの端に腰掛けた。

 屋内は外からの様子と違って、賑やかを超えて騒がしかった。奥の席ではガタイのいい男らが今にもどんちゃん騒ぎを起こしそうな勢いである。


「いらっしゃい!珍しいねぇ、どこから来たんだい?」


 ふくよかな体型をした女店主が野太い声を海斗にかける。


「日本だよ――なぁ、人を探してるんだけど、この辺で中国人の顔をした奴を見なかったか?」

「兄さん以外にかい?いやぁ見てないねぇ。ここらじゃそっちの人達は珍しいから見たら忘れないと思うけどねぇ……なぁお前さん見たかい?」


 女店主は海斗にビールジョッキを渡しながら同じくカウンターに座っていた男に振った。そちらは常連のような佇まいだ。

 場所をしくったな、と海斗は内心舌打ちをした。こうもオープンだと話が不用意に広がり易くなる。


「あぁ……そういや今日、美術館の近くで見たなぁ」


 それは連れだ、そいつじゃない。

 するとその男の横から紅潮した別の顔が覗いた。


「おめぇさんみてぇな顔なら昨日あっちの飲み屋で見かけたぞォ」


 そう言って男は店のドアの方――西の方向を指差した。海斗は思わずその男の方に身を乗り出す。


「本当か?」

「嘘なんかつかねぇよォ。何だァ、友達とはぐれでもしたのかよ?」

「いや……どっちかっていうと待ち合わせだな」


 咄嗟の嘘はあまり得意ではない。海斗は微妙に視線を逸らしたが、男は気にとめる様子もなく「変わったことするなァ!」と笑い声を上げた。

 それに合わせるように笑った女店主が、耳打ちするような仕草で海斗に顔を寄せた。


「あっちってこたぁ、街の方だね。こっからも近いしそう時間はかからないよ。ただ今から行くのはおすすめしないね、街の方は人が多い分おっかない奴らも多いから……ここの連中なんて比じゃないよ!」


 そう言って豪快に笑う。海斗はそれからもその人物について質問を重ねた。相手の男も酔ってるせいか不審がられることはなかった。


 海斗はジョッキを一杯飲み干すとすぐに席を立った。目的を果たした以上、長居する必要は無かった。何せ情報が手に入ったのだ。それも有力な。上手くいけば明日には接触出来るかもしれない。

 まずは任務対象ターゲットの拠点とする宿探しからだな――女店主や客が自分達の話で盛り上がっている隙に、海斗はそそくさと酒場を後にしたのだった。


 ***


 まもなく日付が変わるという頃に海斗が部屋に戻ると、深矢が真剣な顔つきで海斗のパソコンの前に座っていた。

 仕入れた情報を報告しようとした海斗はその口をつぐみ、深矢の背後に回り――画面を見るなりため息を吐いた。

  そこに映し出されていたのは、『silver tiara』という文字。


「お前さぁ……、いや美術館があるって時点で避けられないとは思ってたけどどうしてそう、美術品を目にすると盗みたくなるんだよ?!」


 やれやれと頭を横に振る海斗を見上げる深矢も、半分諦めたような表情をしている。


「仕方ないだろ。泥棒の性だよ、本能」


 そして、でも、と前置きをして画面を海斗に見えるよう角度を変える。


「今回は盗む気はねぇよ。気になる噂を聞いたから調べてるだけだ」


 深矢が見せた画面にはその『silver tiara』に関する情報が並んでいた。だが何一つ海斗を惹きつけるものはない。


「……これが何だってんだよ。ただの絵だろ」

「まぁな、そこに書いてあるだけならただ行方不明になった絵だよ。でも、もしこの絵にアメリカの国防に関する情報が隠されてるとしたら?そうなるとこの価値も変わってくるだろ」


 あまりにも突拍子のない憶測だ。信用に足るとは思えない。だが深矢は至極真面目な口調である。


「一体どこからの情報だよ。どうせガセだろ、本当ならとっくにアメリカに回収されてる」

「そう考えるのが普通なんだろうけど、あながち嘘でもなさそうなんだよな……」

「情報源は?」

「美術館で会ったアメリカ人の泥棒」

「泥棒?……そんな奴が工作員スパイの扱うような情報を持ってるとは思えないな」

「でも調べてみる価値くらいはあるだろ。嘘ならそれで終わりだし、本当ならただの一泥棒に盗ませるわけにはいかない。回収して持ち帰るのが得だろ」


 そうはいってもな、と海斗は深矢を一瞥した。「確信できる証拠がなきゃ俺は動かないからな、まずは任務だ」


 釘をさすと、深矢は仕方ないとでもいうように返事をし二つあるベッドに倒れこんだ。

 海斗はそんな深矢を横目で探った。

 物憂げな雰囲気を漂わせるその背中からすると、どうやらそのアメリカ人の泥棒とは随分と仲が深まったらしい。


 一つ気にかかることがあるとすれば――こんな狭い島に現在、日本の工作員(スパイ)が二人と中国人の元マフィア、そしてアメリカ人の美術品泥棒がいるということ。

 あまりにも集まりすぎていないかと疑うのは深読みし過ぎなのだろうか。どれも繋がるポイントは見当たらないからおそらくは偶然なのだろうが――


 何かが引っかかる。海斗の直感はそう告げていた。今二人は検討違いの方向へ向かっているとでも言うような。

 こういう時のスパイの直感は何よりも物を言う。

 深矢が言うのも(あなが)ち無関係ではないのかもしれない――海斗は任務対象ターゲットについての最低限の情報が入ったファイルを開き、もう一度その中身を吟味し出すのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ