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 島の高台に位置する美術館は、一面が真っ白な壁で覆われ彫刻品のような美しさを放っていた。この島の観光スポットとしては有名らしく、平日といえども旅行客の装いの人がちらほら見える。パンフレットによれば、ここは美術品好きな館長のコレクションを集めた施設らしく、世界各国の様々な美術が置かれているという。つまりは館長の趣味を集めた大きなコレクションルームである。


 こういった美術館は館長のセンスによって質が大きく変わる。いいセンスの持ち主なら掘り出し物があるかもしれない――深矢は内心浮き足立ったまま涼しげな館内に足を踏み入れた。


 深矢が美術館のメイン展示室に入ってまず目を惹かれたのは、その部屋の真正面の壁に飾られた一枚の肖像画だった。

 噂によれば館長がアメリカの美術品蒐集家から買い取ったものらしい。

 描かれているのは一人のアジア人女性。


「……綺麗だ」


 そう感嘆の声が漏れたのは深矢ではなく、その斜め前にいた男だった。外見と英語の発音からして、アメリカからの旅行客であろう。

 そのアメリカ人が思わず声を漏らすのも分かる。あの肖像画は美術館のメインと呼ぶに相応しい作品だ。

 他の客が手前の絵画から順にゆっくり回る中、深矢はその流れに合わせつつチラチラと肖像画を見ていた。

 そして一行が肖像画の前で止まると深矢はその絵に釘付けになった。繊細なタッチで色使いも細かい。これは美術品泥棒として血が騒ぐ代物である。


 深矢は思わず辺りを見渡し、警備員と防犯カメラの数と位置とを確認した。この絵を中心とするようにカメラが四台と、警備員が二人。海斗に手伝ってもらえば容易いターゲットだーーとまで考えたところで、出かけ際に忠告されたことを思い出す。

 少し時間を作って海斗にバレないよう盗めばいいのだが、さすがに一人で盗るには下準備に時間がかかりそうだし、あの海斗に隠し事をして見つからなかった試しがない。準備の段階で勘付かれ冷めた目で「馬鹿か」と言われるのがオチだ。


 手が届く距離にある獲物を仕方なく諦め、深矢は次の展示室に移ろうと体の向きを変える。

 そこで深矢の目に一人の男の姿が止まった。先程のアメリカ人旅行客である。その男は絵の真正面に立ち、肖像画とまるで対話するかのように向き合って見入っている。


 深矢はその姿が何となく気になり、一歩下がって男に気付かれないよう気配を消した。

 しばらくして集団がぞろぞろと次の展示室に移ると、男は思い出したように上を見上げたり何か考え込むような仕草をし始めた。

 まさかと思っている内に、男が振り向き深矢を見て驚いた顔をする。同業者かーー深矢はそう確信して男に話しかけた。


「一人で盗るなら技術が要るぞ」

「……これは驚いたな。いつからいた?」

「アンタと同じ時だよ」

「……中国人、いや日本人か?それにしちゃ英語が上手いんだな」

「アンタこそ。普通のアメリカ人かと思ったけど、ちょっと訛りがある。つい最近まで他の国にいたとか?」


 軽い冗談のつもりで気になったことを指摘してみると、男は少し警戒する様子を見せた。


「……そんな警戒すんなよ、ただの当てずっぽうだ」

「ハハッ、悪いな。その通り、世界中をぶらぶらしてる身でね。君はどこから?」

「日本」

「へぇ……日本にも君みたいな奴がいたんだな」

「優れた美術品の元にはそれだけ盗人も集まるもんだろ」

「面白いことを言うな。気が合いそうだ。名前は?」

「ヒカル」


  深矢は淀みなく、昔使っていたコードネームを答えた。「アンタは?」


「俺はザック。どうだ、この後少し話さないか?」

「悪くない話だな。けどもう少しここの警備体制を見た方がいいんじゃないか?」

「それは必要無い……目当てはこれじゃなさそうだからな」


 ザックは少し目を細めて肖像画を見つめ呟いた。

 深矢はその言葉に首をかしげた。この美術館のメインはこの肖像画のはず。他にこれ以上の価値のものがあるというのだろうか。


「なぁ、『silver tiara』って知ってるか?」


 ザックは歩き出しながら深矢に問いかける。


「銀の髪飾り?」

「そう。昔、ある男に愛された女性の肖像画なんだ」

「……それだけ聞くと在り来たりだな」

「まぁな、だがその絵にはモデルとなった女性への愛のメッセージが隠されているらしい。しかもその絵は蒐集家や美術館を転々とするうちに行方不明となった、言わば『幻の肖像画』だ」

「へぇ、なるほどな」

「それだけじゃない。これは以前聞いた話だけどな……」


 ザックが声を潜めて囁いた。予想外の情報に深矢はザックの得意げな表情をまじまじと見つめる。


「……それは気になるな」

「だろう?俺はその絵を探しにここに来たってわけ」

「とすると、ここにあるのか?」


 それを聞くと、ザックは立ち止まって肩をすくめてみせた。


「分からない。何せ『幻の肖像画』だからな」


 深矢はその小芝居にも見える仕草に小さく吹き出した。


「でも、優れた美術品の元にはそれだけ盗人も集まる。そうだろ?」

「その通りだな」


 深矢はそうして、ザックと美術館を出た後も街の飲み屋で語り合うことになったのだった。



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