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「……暑い」


 海斗は誰も居ない部屋で一人、滲み出る額の汗を拭った。

 一つある出窓は全開にしてあるが風が入ってくることはなく、締め切ったカーテンが辛うじて直射日光を遮ってくれるだけで、室内の温度はほとんど外と変わらない。


「ったく、一応旅行客の体なんだからホテルくらい良いところ泊まらせろよ」


 そう愚痴った先は海斗の上司に対してである。海斗は旅行客を装い、ある目的のためこの地に派遣されたのだった。


「あー喉乾く」


 海斗が手元の水に手を伸ばした時、ドアがトトンと軽快なリズムでノックされた。


「帰って来たか」


 そう呟くが早くドアが乱雑に開けられ、一人の男が小さいビニール袋を提げて入ってきた。海斗と同じく派遣されたバディ、深矢である。


 深矢は部屋に入るなり顔をしかめた。「ここ本当に室内?」


「残念でした、冷房器具皆無の地獄部屋だ」

「外と変わりないなこれじゃ」


 深矢は怠そうに言ってベッドに倒れ込む。海斗は座っているソファから立ち上がり、冷蔵庫の中からペットボトルを取り出し投げる。


「なんか収穫はあったか?」

「特に何も。地図あったから持ってきた」

「だろうな、まだ昼間だし。裏の人間が動く時間じゃない」

「昼間っから悪党探して見つかるわけがない。ていうか本当にそいつ居るのか、こんな暑苦しい所に」

「そういう情報があるからここに来てんだろ」

「名前しか分かってないのに位置情報だけは分かるのな」


 海斗は薄汚れたソファに座りなおし、パソコンの画面に目を走らせる。名前は黄余暉(ウォン・ヨキ)。職業・国籍共に不明、ただし二ヶ月前まで香港に滞在していて現地のマフィアと強い繋がりを持つ――これが今回海斗達の追っているターゲットだ。


 そして二人の正体――それは、日本の秘密情報組織に所属する工作員スパイだった。


「で、お前の方はどうなの?」


 深矢の問いかけに海斗は首を横に振った。


「空港の入国者リストにアクセスしたけどそれらしい奴は見つかってない。後はフェリーだな」

「ったく、分かりやすく本名で通ってくれればな」

「マフィアに追われてる奴がそんなことしないだろ」

「あぁ……香港マフィアのボス殺ったんだっけ」


 そう言った深矢の声には熱意というものが欠けている。今の言葉もどこか他人事のようだ。


「そ、それも中々大御所だからな、手下が血眼になって探してるだろうよ」

「それこそ昼間に動かないな。そもそも何でこんな避暑地でもないただのクソ暑い所に来てんだか」

「それが分かれば苦労しねぇよ。どっちみち夜になるまで待たなきゃいけないみたいだな」


 それまでどうする、と聞こうとした海斗は、深矢がベッドに寝そべりながら一瞬目をギラつかせたのに気付いた。その手にはこの辺りの地図が握られている。


「なぁ海斗、夜までちょっと出掛けてくるわ」


 嫌な予感がした。深矢の気を引く場所と言ったらあそこしかない。


「……美術館とか言うなよ」

「正解」


 深矢がニヤリと笑うと同時に、海斗は呆れてため息を吐いた。


「別にいいけどな、獲物見つけたとか言って盗ってくるなよ?隠し場所ないからな!」

「まさか。そこまで手早くないって」


 そう楽しそうに言う深矢は少し異質な工作員で、組織に入る前は泥棒業で生計を立てていたという。だから美術品や大金の集まる場所に鋭い。工作員となった今ではそっちの活動はしていないというが、疑わしい所である。


 海斗がもう一度ため息を吐く頃には、既に深矢はドアノブに手を掛けていた。


「それじゃ、留守番頼んだ」


 さっきまで暑いと気怠げにしていた奴は何処へやら――暑苦しい部屋に一人残された海斗は、その忌々しさに飲み干したペットボトルを捻りつぶすのだった。




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