綺麗な嘘、癒えない創傷③
私は、と切り出す澪は自身でも何を言うつもりなのかわからなくなっていた。思うよりも先に言葉が出る中、淡々と告げられる自らの想いに彼女自身も驚いていたほどだ。
「私は! 関係なんてもう、どうでもいいんです。最初はクレインが大好きで、だからクレインしか知らないはずの言葉を言う西崎さんに興味を持って。傍にいればいるほど、あまりに似てるものだから驚いたんです……それはもう本当に! きっと私、西崎さんを傷つけたんですよね。西崎さんは、私が西崎さんを見ずにクレインばかりを追いかけているって感じたんでしょう。でも違うんです……最初はそうでしたけど、今は違います。本当なんです……」
「いいんだ。お前が見てるのが誰だろうが、俺は一向に構わない」
「信じて、くれないんですか……」
「信じるよ。お前の言うことの全部を信じる。その上で、もう関わるのはやめにしようって言ってんだよ」
まるで手応えのない圭の反応に澪はその場で立ち尽くすほかなく、気付けばいつもの息遣いのペースを保ちつつある胸を押さえることしかできずにいた。淀みのない嘘を並べ立てているように聞こえて仕方がなかったのだ。しかし、圭が澪に嘘をつく理由もわからなかった。一方で圭は、返す言葉を思いつけずにいる澪に何事もなかったかのように背を向け、家に戻ろうとしていた。そうして、数歩歩いたところで思い出したように顔を上げ、朗読するように言葉を付け加えた。
「澪……一つ、いいことを教えてやるよ。俺がクレインだ」
圭の口からクレインの名が出た途端、澪は弾かれたように圭を追い、その右肩を強引に掴み寄せた。不意に顔を傾ける羽目になった圭の表情には場違いな微笑があり、しかし澪はそれに窮することはなかった。無論、澪の方で何か考えがあったわけではない。彼女自身、何が自分にそのような大胆さを与えているのかは皆目見当がつかなかったし、後にこのときの出来事を彼女は幾度も思い返すことになるが、このときに思っていたことは何一つ覚えていないのである。何も思っていなかったというのが事実であったのかもしれなかった。
「そんなわけありません! 西崎さんはクレインじゃありません。たとえクレインが存在したって、クレインはもう死んでいます!」
圭の顔色は次第に蒼白になり、何を言っているのかわからないという態度を決め込んでいるようであったが、かすかにその唇は震えていた。
「違う……俺が生き続ける限り、あいつは生き続けるんだよ……」
「誰にそんなことを言われたんですか!」
「クレインが……」
やはりまともに澪と目を合わそうとしない圭に、澪は違和感以上のものを感じた。その常でない様と言えば、夢から覚めきれずにいるような状態に見受けられるほどだ。この男が、かつてあれだけクレインを否定した男だろうか? あまりにもクレインの存在を抑圧しようとしたために、反動で逆の考えを持つに至ったのだろうか。逆の考えというのはつまり、どういうことなのだろう――澪はそこまで思考を滑らして、その考えの行く末を思い描いた。
「クレインが、そう言ったんですね」
力なく両手を下げたままの圭の片頬にそっと手をあて、澪は圭の言葉を拾う。この時点で、以前澪が抱いていたクレインへの好奇心はすっかり形を変えていた。形を変えるという言葉が適切でなければ、あるいは消失していたというべきなのかもしれなかった。
笑みを絶やした表情で微動だにしない圭に、澪は部屋に入れてくれないかと囁きかける。同時に、きっとこの声が圭本人に届くことはないと澪は自身の心に言い聞かせてもいた。




