夢は夢でしかないと知っていても②
「俺は、結局何を望んでいたのかわからなくなってきた。澪がいてくれたら何とでもなるかってくらいにさ」
出会いはじめの圭からはとても予想できない言葉に、澪の方は瞬きを忘れるほどであった。
「それは……まずいと思います」
「どういうことだ?」
「……うまく言えませんが、それだと西崎さんがいなくなってしまうような……」
「どうして」
「わかりません! でも、それだといけないんです!」
どうしようもなく切迫した焦りからの言葉だった。澪の言葉に偽りはなく、澪自身飾り立てたことを言う余裕もなかった。
「澪は、時々手を付けられないくらいに感情的になるよな。刹那に生きてるみたいで、羨ましいぜ」
「西崎さんは何も思わないんですか? 私は怖いです。怖いです……とても」
「人間死ぬから変わるんだろ。だったらさ、澪のために今までの俺を殺すっていうのはどうだ?」
「……」
「殺すっていうと物騒だけどさ、なんだ、区切りをさ……」
表情に翳りを見せた澪を前に、圭はそれ以上の言葉を繋げられなかった。これという理由もなく否定される、その感覚を遥か昔にも味わったことがあるような気がしていたし、自分の発言のために取り返しのつかない状況になりつつあることは圭の方でも自覚していたことであった。突如として思ったことを口にしただけだったのだが、もっと考えてからものを言うべきだったと後悔するには勢いが早く、行き場のないもどかしさだけがその場を支配していた。
◇
結局その日はぎこちない雰囲気のままに、圭は澪を見送った。湿り気を帯びた違和感は彼女の後姿が見えなくなっても尚消えず、しかしながら家に着いたならいつも通りの睡眠へと誘導されていったのだった。
掴みどころのない風景に、覚えのない情感。夢の中でああ、またかと圭は思う。また前世の夢を見ているのだと。これは夢だと何度言い聞かせても、いつかこの夢から逃れらなくなるのではないか――その不安が未だに圭を縛り付けていた。
「昼の空は黒く、夜の空は青い。ところがどうだろう、いくら認識を変えようとちぐはぐな言葉を並べたところで……現実は何も変わらない」
自分の感知の及ばない遥か遠くで響くその声に、圭は心中穏やかではなかった。この粘着めいた疑似的な現実味こそ圭を繋いで離さないのだ。
「……誰だ、お前は」
いつも見る夢と同じようで全く違う、明らかな侵入者の存在がそこにあった。
「僕が誰かだって? 極めて深淵な問いだ。あえて名前を名乗るなら……僕はクレイン」
軽快な名乗りと同時に風が流れるように青銅色を帯びたその姿が形成された。まるで鏡を見ているような、自分の似姿が目前に現れたとき、圭は何とか取り乱さずにいるので精一杯だった。まるで彫刻か何かだ。動き出そうとするその像に、圭は思わず来るなと叫んだ。
「傷つきたくないだけだろう? だから僕を否定するんだ。受け入れてしまえば楽になれるよ。今までだってそうだったんだ、これからもね」
「……何を言ってるのかわからない」
「君だって気付いているはずだ、僕たちは繰り返すんだよ。同じ感性の中で生き続ける。永遠の生だ」
「人は、死んで生まれ変わるんだ。だから……そんなことは有り得ない」
「有り得なければ、存在してはいけないのかな。現に君はこうして僕を見ている。君の中に僕は確実に存在するんだ。だけどどうだろう……君以外の人間が僕を認識するとは思えないね。だって僕は君の記憶の一部なんだから」
「記憶が何なんだ……記憶の化身なら、どうして俺と同じ姿をしている?」
「同じ姿をしているように見えるのは、君がそう思っているからだ。僕が意図してやっていることじゃない。いいかい、西崎くん……君も薄々気付いているはずだ。君は澪ちゃんが好きなんだろう。特別意識したわけじゃない、無意識に惹かれたんだ。何も悪いことじゃない。僕たちはこれまでだって澪ちゃんのような存在に恋をしてきた。そのあとの結末は、知っているだろう? ありもしない過去と現実を追いかけるのはもうおしまいだよ、夢から覚めるときだ」
語りかけられているはずなのに自白をしているような、次第に自分を覆いつくしていくであろう時の中で、圭は幾星霜の時を想った。




