君の見た夢の続きを教えて。
◇
「俺は、失うのが怖い。だから、どの女にも本気になったことはない。どうせなくなってしまうなら、深入りするだけ馬鹿をみるだろ……だそうですよ?」
西崎圭の口調を真似ているつもりなのだろう、澪はあくまでも真剣に演じて見せるが、傍で聞いている祐にはあまり違いが伝わっていなかった。そもそも圭と祐は面識がないために、祐としては何の判別もし難いのであった。
「まぁ、それは……僕も同感かな」
「そうなんですか? なくなるって思うからなくなると思うんですけど……」
「思う思わないに関わらず、全ては限りがあるだろう? 澪ちゃんにはわからないかなぁ」
「わかりますよ。理解はできますが、共感はできません」
澪は相も変わらず無邪気な笑顔で祐を見やり、篠原さんが西崎さんに似ているということは、篠原さんにもクレインの要素があるんでしょうかと喜々として続ける。祐はここで一つ思った。もし自分が西崎圭と何らかの形で接触をはかり、彼をもとに作った小説のキャラクターをクレインの立ち位置に持ってきた場合、澪はそれについてどんな感想を抱くかと。所詮クレインとは名ばかりの存在だ。澪が何を以ってクレインとし、何を以って西崎圭とするのか――そこに好奇心を抱いたのだった。
「西崎君と一緒に、海に行ったんです。ほら、篠原さん二回目のクレインの小説の舞台が海だったじゃないですか。それで、西崎君を海に連れていけばどんな反応するんだろうって思って」
「ああ、成程。それで、どうだった?」
「ちょっとクレインに似てました。そうそう西崎君って、見た目はすごく大人っぽいんですけど、実は私と同い年だったんですよ!」
「ほら……澪ちゃん見た感じがちょっと幼いから」
「あーもう、篠原さんまでそんなことを言う! このお話やめますか? もしかすると4回の偶然が連なって運命の立証ができるかもしれないのに!」
「もしかするとって言ってる時点で……ね? 別に、僕は1回の偶然でも、本人がそう思うんなら運命ってことでいいと思っているんだよ」
正直な話、一緒に海に行った段階では、澪の中では西崎圭の言動にクレインらしさはほとんど見出していなかった。出会って当初のセリフくらいだと澪は思う。純粋にセリフだけであった。言い方も澪の想定したクレインのそれとは似ても似つかず、第一セリフを口にした圭本人ですらその言葉の意味をよく理解しているとは言い難い有様である。どこぞの舞台役者に「クレイン役」を与えた方が余程クレインらしくなるのではないかという話だ。しかし、そうしてできたクレインが澪の求めるクレインでないことは澪自身が一番自覚していた。
「西崎君は、また何か気になることは言ってた?」
「見た目に反して中々不思議なことを言ってました。雲に流れる時間はどうとか」
「あれ、それってクレインみたいじゃない?」
原作者の僕が聞いてもそう思う、と祐は失笑した。それと同時に祐は、自分自身にもクレインとはこういう人間だというような、何らかのクレイン像を持っていることを実感したのだった。クレインらしくないとする線引きはどこなのだろう、そんな疑問が頭に上りつつある中、祐が意識的に見やった時計の時針は午後三時ちょうどの時刻を指し示したところだった。その瞬間に針が触れた音は、祐にとって一際生々しく感じられた。




