本当の自分、あるいは存在しない私④
「人は、何かしらで繋がっていると思うんです。だから、西崎さんとクレインは同じところもあれば違うところもある。でもこれは西崎さんに限った話じゃありません」
「今度は屁理屈かよ、お前も中々面倒くさい女だな。お前はクレインに近づくために俺を知りたい、俺は俺自身のことを知りたい。お互い悪い話じゃないと思うぜ」
なんなら、とさらに圭は切り出す。俺を限りなくクレインに近づけてくれても構わないんだぜ、と。そのくらいに圭は「自分」の存在を確かにしたかった。我思う、故に我あり。そうはいっても、それは思う瞬間にしか証明されない「我」なのだ。他者の存在があって初めて確立される「自分」を追い求めていた。自分で考えるだけでは、いよいよ自分と前世の記憶で生きていた者たちの区別がつかなくなり、死期は早まるばかりだと思いつつあるのだった。
「そんな発想はなかったです。でも、そんなことをしてしまうと西崎さんはいなくなってしまいますよ」
「それは怖いな」
「クレインには一生かかったって会えないけど、西崎さんにはこうして触れることができる。これが何よりの存在証明です」
不意に重ねてきた澪の手に、肌の触れ合いを感じた。言葉にできない感覚のうちの一つだ。手を重ねる行為そのものは形として目に見えるが、この感覚は目に見えない刺激にほかならない。認識の過程を示すことはできても、その過程もまた感覚のうちにしか学べないものなのだ。
安堵に包み込まれるうちに、圭は空の色が元に戻ったのを感じた。自分と手を触れ合う澪が、自分の一部のようにすら感じられた。澪が澪である限り、自分もまた自分でいられる、そう考えると漠然とした不安を感じる必要もなくなったのだった。
「西崎さん、すっかり安心しきってますね。油断大敵ですよ、もしかすると私には隠されたみっしょんがあるかもしれません」
「ミッション? だからその馬鹿にしたような言い方はやめろって」
海沿いを並んで歩く間、澪と圭の間には等しく同じ時間が流れていた。二人が共有した記憶もほとんど同じであった。二人が見た景色もまたそうであったように。その記憶を過去のものとして想起するとき、それは再び過去を構成し直す作業であるために多少の相違は生じるとはいえ、この瞬間、二人の間にある「現在」は一点で交わっていた。もしその瞬間に二人して雲の動きの流れを追ったなら、恐らくはその速さについて意見がすれ違うこともなかっただろう。




