本当の自分、あるいは存在しない私③
「お前ってさ、何考えてるか全然読めない」
「それはそうですよ。だって私、何も考えていませんもん」
第一印象は、と圭は口にする。初めて積極的に話したいと思ったのだ。いつでも受け身だった自分、確固たる道しか歩んでこれなかった自分、それでもこのときばかりは何も考えずに、思ったことを曝け出したいという欲に駆られたのである。
「お前の……澪の第一印象はさ、夢に溺れて現実なんか見えない奴だなって思ったんだよな」
「えー、ひどい!」
「お前も中々あざとい奴だな。これでも結構な数の女見てるんだぞ。ほら、あれだ……無邪気っていうのが一番たちが悪いんだよな。むしろ何かしらの下心がある方が助かるくらいだ」
「下心っていうと?」
「ルックスとか金とかさ、ぱっと名前のあるもんで言ってもらえたら、それに従えばいいだけだろ? でも、好きですとだけ言われてもわけわかんねぇし」
昼下がりの太陽をささやかな風が包み込む。視界でふわりと揺らいだ光の残像を、澪は目を細めながら見つめた。この物語はフィクションです。そんな言葉が頭に散らついた。実在する個人、団体、そのほかとは関係ありません。フィクションの物語に登場する彼らは、どこに実在しているのだろうと澪は思う。彼らの世界に行きたい。彼らと、繋がりたい。さらに言うなら、クレインに会いたいと、そんなことを考えたのだった。
「泣きたい気分です」
「なっ、別に澪のこと否定してるわけじゃないからな? 理解できないってだけで……」
「違うんです。西崎さんには関係ありません」
「そんな言い方ないだろ。仮にも付き合ってるんなら、俺にも澪のことを知る権利がある」
「クレインはそんなこと言いません」
「……。そいつだったら何て言うんだよ」
圭は空の色が変わるのを感じた。感情に圧力がかかると、きまって風景の色が少しの間変わるのだった。色をもたない空。空以外のものが色を持っているからかろうじて空の存在を認識できるものの、空単体では認識することは不可能だ。これは朝の空だと圭は思う。朝の空は、色をもたない。幻覚と名付けられたらどんなにか良かっただろう、しかし空が実在することには変わりはないのだ。色だけが違う。このことを一体どう表現すればいいというのか。
「クレインの話は置いておきましょう。西崎さんは、クレインじゃないんですから」
「クレインの何かと共鳴しているような存在だったらどうする?」
軽い眩暈を抑えながら、圭は澪を夢の渦に溺れさせてやろうと企んだ。それなら自分が傷つくことはないし、彼女が此方に踏み込んでくることもないのだ。偽善に似た何かを胸に抱きながら、圭は隣を歩く澪に目を向けた。




