夢見たのは、きっとそんな世界だ。⑤
「それは得てして、矛盾した問いかけですね。そうですね、あえて答えるなら……実在した、というべきだと思います」
それは一語一語を噛みしめるような物言いだった。予め決められているセリフを、それはもう何度も復唱したあとのように、星城澪は答えを告げた。二の句が継げないでいる祐に、このあと西崎君との用事があるので、とすらりと整った指先で空間をなぞる。澪の後ろ姿が街中に消えていくのを確認したあとで、ようやく祐は自身の腕時計に目を向けた。
◇
強まる寒気にちらつく雪が、ますます澪を挑発していた。こんなにも澄み渡る青空なのに、太陽の温もりはほとんど感じられない。音を上げる風なんか大嫌いだ、と澪は心中穏やかではなかった。冬は死の匂いがする。そう言ったのもクレインだ。
「ごめん、待った?」
後から出向いてきたのは西崎圭であった。澪の方では、久しぶりの外出に、それも人と会う用事を重ねてしまったために、すっかり心臓が音を上げていたところだった。呼吸が乱れつつあるところを下手に平静を装っているために、かえって我慢が顔に出ているような有様である。
「いえ、私も、今来たところ、です」
「お前って本当に面白い奴だな」
「急いで、来ちゃい、ました……」
まずは息切れを治せよ、と澪の肩をさすり、圭は漠然とした安心感を抱いていた。お前って本当に生きてるんだな、そんな言葉が圭が意識するよりも早く口を衝いて出た。訝しむ目で自分を見やる澪に、褒め言葉だぜと愛想笑いを浮かべる。
「そんなに急ぐこともなかったのに。俺に話って、なんだ? まだ何か聞き足りないことでも?」
「付き合いませんか」
「おう。それで用件は?」
「付き合いましょうって提案してるじゃないですかー!」
「……悪い、冗談かと思った。本気かよ?」
「私は西崎さんのことを知りたいんです。お願いします」
こんなに唐突な奴見たことないぜ……返事の代わりにそう呟き、まんざらでもない表情の傍らで圭は澪の肩にかけた手を下ろした。澪の表情からは恥じらいの一つはおろか、躊躇ももどかしさもない。圭は滅多に人を疑うということはしない人間なのだが、このときばかりは澪には何かしらの思惑があるのではないかと少し勘ぐることもしたのだった。率直な話悪い気はしないので、圭は澪の理想を聞くことにした。そうして尋ねる。こんなとき、お前の小説の主人公だったら何と言うのかと。きょとんとするのもわずかの間、澪はすぐに答えを導き出した。
「夢見たのは、きっとそんな世界だ。彼ならそう言います」