夢見たのは、きっとそんな世界だ。④
「それじゃあ質問を変えるけどさ、澪ちゃんはこのクレインも好きなの?」
「好きですよ!」
「だったらやっぱり、透と話すクレインも同じクレインってことになるんじゃないかな」
「それは違いますね。だって私が好きなのはクレインその人っていうより、クレインって名付けられている対象ですから」
「……対象?」
「はい。少し体感時間が人と違って、空の色がどうなんてことを口走って、夢見がちで、だけど誰よりも現実に敏感な……そういう個性が好きなんです」
「その個性っていうのはクレインがもつものだろう? それなら澪ちゃんはクレインが好きということじゃないのかい?」
「うーん……、ちょっと違うんですよね」
説明に窮した澪の表情は思いのほか可愛げがあった。その顔を見つめるのも束の間、祐は、今日に至っては澪と会ってから一度も時計を見ていないことに気が付いた。人と会えば兎角時刻を気にする性質なのである。別に人と会うのに意味を見出さないわけではないのだが、あとどれだけ顔を合わせているべきか、そんなことを考える時間が毎度、それも早急に訪れるのが篠原祐なのであった。
「あれ? 篠原さん、腕時計変えました? 前のよりそっちの方が好きです!」
「えっ」
まさか考えを読み取られたことはないにしろ、あまりの不意打ちに祐の口から動揺の声が発された。澪はさながら子供のいたずらの現場を差し押さえたかのように屈託のない表情で笑いかけ、あっそれですよ!とまた彼女独特の時間の読めないひらめきを得たようだった。
「例えば、その腕時計。私はその腕時計が好きです。だからその時計をつけた篠原さんも好きです。でも、腕時計は身につけられてこそのものだし、その腕時計をつけていない篠原さんにはそれほどの好感をもちません」
「……澪ちゃんって、前から思っていたけど言葉がまっすぐだね」
「えっ! あっ、別に篠原さんが嫌いってわけじゃないですよ!」
「わかってる、わかってる」
「あの、遠回しな告白とかそういうわけでもありませんよ!?」
「うん、大丈夫。話を続けて?」
「何で篠原さんってこういうとき笑顔なんですか……。えっと、それで。篠原さんのいうクレインっていうのは、あくまでもクレインの要素の一つなんです」
「うん、それはそうだ」
「仮にクレインが実在したとして、私たちが彼の印象からクレインの要素を100パーセント完璧に構築するのは不可能です」
言葉がまっすぐというより、否定的な言葉を使っているだけか……と祐は声には出さずして思った。好感をもたない。不可能である。人を見かけで判断するわけにはいかないが、彼女の無邪気な笑顔の裏には夢で塗りつぶされることのない現実主義が根付いているのかもしれない。必然性を強調する人間に限って、見えない部分で涙ぐましい努力をしているものだ。本当に運命なるものが存在するのならば、理由やこじつけに捕らわれない事実をもって運命としたいものだ。運命に意味はいらない。それが一人の世界で収まる限りは、意味などあるわけがない。もし意味が生じるとすれば、それは他人が関わってくるときの話である。
「つまり、澪ちゃんが好きなのはクレインの要素のほんの一部分で、クレインその人というほどにはクレインの要素を知らないって、そう言いたいのかな?」
「そう……だったはずなんですけど、どうしてだろう……。自分で言っているうちに何だか違うことを話しているような気になってきました……」
「これは僕の好奇心からなんだけど、一つ聞いていい?」
「あっ、はい!」
「澪ちゃんは、クレインは実在すると思う? 澪ちゃんも知っている通り、クレインにはモデルがいるけど、ほとんどの要素はあくまで僕が作り出した架空の人間だ」