第五十七話 おめでとう…
言い方は悪いかもしれないけど、沙希に振り回されて園内を駆け回っていると
吹っ切った心はどんどん楽しくなってきて
なるようにしかならない。何てやけに前向きな考えが浮かんでくる。
考えて動けなくなってしまった私を、誰が気づいてくれるだろう?
気付いてくれたとしても、そんな私を誰が好意的に感じるだろう?
ふと後ろを振り返ると、今度はまっすぐに慶くんの姿を見ることが出来る
そして自然に笑顔を向けることが出来る。
「慶くん行くよ!」
私の声に驚いているのがわかる。きっと今日最初の私とは違うはずだ。
ゆっくりと歩みを進める慶くんに私はもう一度声を掛けた。
「改札で別れた後近くのベンチに戻って来て…?ちゃんと話したいから」
私が前に慶くんを待っていたあのベンチ。近くにはそこにしかないからきっとわかるはずだ。
回りの女の子たちの声の方が明らかに大きな声。
だけど小さな"あぁ…"の言葉を私は聞き逃さなかった。
園内には数えられないほどの人達がいて、みんなある一箇所に混在している
今年が終わるまであと5分。誰もがその瞬間を待ちわびていた。
落ち込んだ気持ちのまま、今年最後を迎えられずにいられるのは
私の隣にいる、この人がいるからだ。
冬の寒空の下でアイツの顔を見るのは2度目
一度目はあの雪山で。淡い色の瞳には月が映り込んでいて思わず目が奪われる。
"ありがとう"
心の中で呟いた言葉は聞こえたはずはない。多分私の視線に気が付いたからだろう。
ふとアイツはこっちを見て、怪訝な顔をしながら口を開いた。
「お前…体調悪そうに全然見えないんだけど」
"体調なんて最初から悪くないんだよ"と心の中で答えながらも、顔が綻んでいくのが分かる。
「うん。私今すっごく晴れ晴れしてる」
「ふぅん…なぁ一つ聞いていいか?」
"何?"と言うふうに首を傾けると、アイツの顔が少し強張っているように見えた。
ドキン…
計算されたかのような端整な顔立ちに深い黒色の髪。淡いグレーがかった瞳。
その全てが月に照らされていて。真剣なその顔はまるで私の知らないアイツのようだ。
「慶と何かあった…?」
「…え」
突然の言葉に、否定も肯定しない私の変わりにアイツは続けた。
「今日駅で。慶を見た時、いつもと明らかに違った。
体調のせいかと思ったけど…そうじゃないんだろ?」
…そんなこと…気付いて…?
気付かないうちに少し離れた場所にいる沙希と彰くん、慶くんの姿ある。
だけど私の視界にはアイツだけが存在してるような気がする。
「それとさっき悪いけど聞こえた。"あとで話したい"って」
聞こえてた…の?
顔色を伺うように、アイツの表情を見ようとしたけれど
月が雲に隠されてしまってたらしく…はっきり捕らえることが出来ない
「…聞こえた通りだよ。慶くんと話したいことがあるの」
この人に嘘はつけない。つきたくない。だから私は正直に答えた。
「話の内容は言えない。…私だけの問題じゃないから。」
でも…
「でもね…"友達"としてだよ。それ以上でもそれ以下でもない」
この言葉で私の気持ちが気付かれたとしても、もういいと思った。
そう言い切った私とアイツと視線が絡む。外しちゃいけない。
外すと私の言葉が信じてもらえないような気がしたから。
「さぁみなさん今年も残すところあと10秒となりましたー!!
一緒にカウントダウンしましょう!!9!8!…」
やたらとテンションが高いMCの声がマイクを通して園内全体に広がる。
「5!4!…」
時が止まってしまったようだ。
MCに合わせて沙希はカウントダウンをしていて、彰くんが慶くんの肩を組んで笑っている。
「2!1!」
新しい年を迎えたその瞬間。華やかに彩られた花火が上がる。
一つ。また一つ。
ここにいる全ての人の顔に、色とりどりの光が降り注ぐ。
「明けたね…おめでとう」
人々の熱気の中。かき消されてしまいそうな私の声に
"おめでとう"と返したアイツの声は
しっかりと私の耳に届いた。




