第五十六話 溢れる寸前
賑やかで華やかなクリスマスが過ぎると
世間はまるで昨日までのことを忘れたかのように一気におごそかな雰囲気に包まれる。
12月31日
あの日の出来事からはや一週間が経とうとしている。
"そうか"と小さな声を聞いたのが最後
私から連絡はしなかった。慶くんの心の整理がついたら…と思っていたから。
そして今日、カウントダウンへ向う大晦日の午後一通のメールが届いた。
『カウントダウン終わったあと時間あるか?
聞きたいことも話したいこともある。』
たった2行の言葉。
それだけなのに。なぜだかぎゅっと胸が締め付けられる。
あるよ。私もある。
『わかった』
この4文字を打つことに、こんなに時間をかけたのはきっと初めてだ。
「やっぱりね寒いね。でも何か耐えられそう」
待ち合わせ場所では沙希は嬉しそうにはぁ、と白い息を吐きながら待ってくれていた。
すでに夜の10時だというのに、周りはたくさんの人。
いつもなら日付が変わる頃に終わってしまう電車も、今日だけは朝まで運行されている。
"そうだね"と答える私に、はやる気持ちを抑えられず初詣の着物の話をしている。
こんな顔されちゃ、行けないかもしれない、なんて言えないよね…
慶くんとの話が、どういうものになるのかわからない。
話を聞いて私自身がどういう気持ちになるかもわからない。
だけどこんなに楽しそうな沙希に気を使わせるようなことはしたくない。
「よ」
聞き覚えのある声。それだけでわかる。
声を聞くだけで胸をトクンと動かされるのは、今の私にはきっとこの人だけだ。
「あ、恭介くん。コンバンワ」
沙希の声と同時に私は振り返る。そこには間違えようもないアイツの姿があった。
と同時に一緒にいる2人の姿も目に映る。
私は自分でも気がつかないうちにコートをぎゅっと握っていた。
「立花さんも寒くない?」
彰くんの言葉ではっとする。思うよりも心は緊張しているらしい。
"大丈夫"とだけ答えると、にこっと笑い沙希に視線を向けた彰くんにほっとした。
多分…今凝視されるときっとボロが出てしまう…
わざとみんなの輪から視線を外した。落ち着かなきゃいけない。
今の空気を壊すことなんて出来ないか…ら…
え…?
気が付けば私はアイツに腕をとれられていた。
他の3人の姿が少し先の方に見える。
「お前何か今日変じゃないか?」
…!?
「な…何で?別にいつもと同じだけど…っ」
私は嫌じゃないのに。それなのにパッと腕を払おうとした。
駄目だよ。その目を見ると全て見透かされている気がして…
だけどアイツは簡単には離してくれなくて。さらにぎゅっと力が込められる。
お願いだから離して…っ
すると今までの力が嘘のようにすっと腕が解放された。
望んでたはずなのに。急に見放された気がして…空気が冷たく感じてしまう。
「風邪じゃないならいい。けど無理すんなよ」
思いもよらない言葉に私は顔をあげる。目に映るのはアイツだけだ。
「で、何かあったら言うこと。以上。行くぞ」
ゆっくりと進むアイツの背中。私に歩幅を合わせているのが見ていてわかった。
もうこれ以上ないってくらいに、気持ちは溢れる寸前まで来ている。
涙を見せないのがやっとだ。
思わず出てしまいそうになる言葉を抑えて
私は全てを知る覚悟と、この気持ちを伝えることを心に決めた。




