第三十三話 距離感
私、なんでここにいるんだっけ?
目の前でコーヒーを飲むアイツ。
そして私の前にはいい香りの紅茶。
…なんで?
「ま、台風とかじゃないから適当に動くだろ」
「…そうじゃないと困るよ」
さっきよりは小降りになったみたいだ。
「ねぇ、水嶋恭介も西浦線なの?」
「うぅん…まぁまぁ」
…一緒だったんだ。知らなかった。
「…ツイてないなぁ。真っ直ぐ帰ればよかった」
ふとこぼしてしまった何気ない一言。
「どっか寄ってたん?」
「…ちょっとね」
お決まりのファミレスよりも近いという理由で駅ビルの喫茶店。
洋楽が流れていて落ち着く感じだ。
「お前さ、何かすごい距離を感じるんだけど」
何?
「怒ってる時だけは普通っぽいけど。未だに俺の名前はフルだし」
「…そんなことはないと、思う。名前は言い慣れちゃったからだし」
そんなこと言われるなんて思ってもみなかった。
「俺は、お前は友達の彼女の友達、って遠いと思ってないけど」
え…
思わず真っ直ぐ目を見てしまった。
そうだった。この人は綺麗な色の目をしてたんだっけ。
「"トモダチ"って思うのが普通だろ」
冗談でも大袈裟でもなく、あくまでも自然に言ったアイツ。
第一印象は最悪で…会いたくて会ったわけじゃない。
他人行儀だ、なんて思われてもいいはず…だけど
「チョコレートコスモス」
「は?」
「探してたの。でもやっぱりなかった」
「花?コスモスって今時期だろ?」
「そう。でも常時ある品種じゃないからね」
「ふぅん。で、それがどうしたんだよ?」
「別に。ただ欲しかっただけ…」
…さすがに姉のことは言えない。
「何だそれ、意味わかんねぇ」
フッとアイツは笑った。
こうして見るとやっぱり外国人っぽく見える。
「いいでしょ!アンタが水臭いみたいなこと言うから…」
変な空気だ。
アイツは笑ってる。私も嫌な気分じゃない。
「はいはい、悪かった。杏チャンは水臭くありませんよ」
「…ケンカ売ってんの?元はと言えば第一印象サイアクなアンタが悪い」
「第一印象?あぁ、海か」
忘れてる!?物覚え悪っ!!
「俺は面白いヤツだ、って思ったけどな」
…どこがよ?こっちは全然面白くなかったのに。
「"断って下さい"ってナンパされたの生まれて初めて」
そう言いながらアイツは堪えきれずにまた笑い出す。
「当然でしょ。早く帰ることしか頭になかったんだから」
やばい、ハラ痛い。とさらに笑いが止まらない。
「あのね!そんなに笑うとこじゃ…!!」
「いいわお前。今までにないタイプ」
一瞬。
ほんの一瞬お互い目が合った気がした。
「…世の中の女の子みんながアンタに言い寄ると思ったら大間違…!!」
「お、雨止んだんじゃん?」
話すりかえないでよっ!!って雨止んだ!?
「んじゃ行きますか」
「あっ」
らっと伝票を持っていかれてしまった…
奢られても…困るってば!




