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義兄妹の曖昧な関係

偽りだらけの箱庭で

作者: みあ

「義兄妹の曖昧な関係」(http://ncode.syosetu.com/n4182cz/)の兄視点です。

前作をお読みいただかなくてもおそらく大丈夫だと思いますが、お読みいただけるとより楽しめると思います。

キーワードは片思いを設定してますが、両方合わせると両片思い仕様です。

 ヴィクトには自覚がある。自分がとても悪い男であるという自覚が。

 世間知らずの少女を囲い込む男が悪でないわけがない。

 取り繕った美談で周囲を煙に巻き、少女をあらゆるものから守る体で好意を得て。幾重にも偽りを重ねて。

 だが、この穏やかな日々もそう長くは続けられないと理解していた。




 ヴィクトの朝は、騒々しく叩かれる扉の音で始まる。朝から跳ねるように元気な義妹が自室の扉を叩く音だ。

「おにーちゃーん。朝だよー。おっきろー」

 ヴィクトはその声で緩やかに覚醒し一応返事をする。

 我ながら間の抜けた声だと自覚しつつ、少しの間ぼうっとしてから身を起こした。

 寝るためだけの部屋にはほとんど物がない。ベッドを降りるとヴィクトは一直線に扉に向かった。


 ノブを引くと、今日も妹はそこにいた。こらえきれない眠気にあくびをしつつ、ヴィクトは思わず笑みを漏らす。

 妹は――セリィは、今日も何か期待に満ちたような顔でこちらを見上げている。

「おはよー、セリィ」

「おはよーおにーちゃん」

 とても丁寧に日々を生きている娘だ。家主である血のつながらぬ兄にまずはきちんと挨拶すべきだと思い定めているのだろう。

 にっこり微笑む少女を見れば、つい手を出さずにはいられない。ヴィクトはポンと彼女の頭に手を置いて、柔らかな髪の毛を堪能した。


 いつも通り朝食の用意ができているとセリィは言う。

 この家に住み始めた当初からは比べものにならないくらい、ちゃんとしたまともな朝食がテーブルの上に並んでいた。

「ありがとー」

 ヴィクトはそれを見るといつも心が温まるような幸福を感じ、同時に罪悪感が頭をもたげてしまうように思っていた。

 だって本当は、彼女がそんなことをする必要など一つもないのだから。

 文句一つ言わないセリィがヴィクトに抱いているのは感謝と親愛の情――本当はそんな必要もないのに、無邪気に自分を慕う少女が愛おしくてたまらなかった。




 ヴィクトは――ヴィクト・マードラーは、ロウァーレンの歴史に古くから名を刻む、由緒正しき公爵家の嫡子だ。

 それなりの才能を持ち、また立場から確実な未来を幼くして約束されていた。

 幼少時より何でもそつなくこなしそこそこの成果を上げたため、かつてはプライドの高い鼻っ柱の強い少年だった。

 最初にどこかで躓いていればよかったのだろう――何もかもうまくやった結果周囲の期待だけがふくれあがり、それが彼のプライドを築き上げた。

 彼を彼たらしめていたのは、そのプライドであった。


 だけど、求められるものは年々大きくなるばかりでそのうちに限界が訪れた。

 何でもそこそここなせたのは、代々優秀な血を入れてきた血筋に加え、期待に応えるべくした努力のなせる技だったのだろう。しかしある時、自身の限界をヴィクトは悟った。

 周囲に与えられてきた何もかもを、彼は何でも身につけてきた。何でも、そつなく、それなりに――だ。しかし自分は深くは何も出来ない。


 剣術も、兵術も、魔術も、歴史や政治に関してもそれなりに身につけているけれど、それはどれも深いものでなく突出したものが何もないのではないかと気付いてしまったのだ。

 与えられた何かを与えられた以上にできそうにないのだと気付かなければ、そのまま迷いなく突き進めたのだろう。

 だけれど気付いてしまった。よりによって、戦のその時に。

 三年前、十七にしてヴィクトは初陣を踏んだ。軍の小隊を率いる隊長として。いずれ公爵位を次ぐ軍門の若君としては順当かもしれないが、年若い少年には過ぎた地位であった。

 当然ながら、周囲は老練な兵士たちで固められていた。


 グラスファイドの悲劇と今では呼び習わされる戦いは、隣国の横暴が引き起こした。突如、東隣の国が国境を侵しロウァーレンにその刃を剥いた。

 隣り合ってはいても、戴く神の違いから仲睦まじいとは言えない関係であり、いつかはありえると言われてはいた。

 しかし、それはいつかであり今ではないはずだった。先々代王の時代に休戦協定が結ばれ、以降は小康状態を保っていたのだ。あえて戦端を開くほどの何かが近年起こったとも認識していない。

 だというのに唐突に行われた侵攻だった。


 国境を守る辺境伯はそれでも善戦したようだが、領地内にいつの間にか紛れ込んでいたらしい隣国の者に後方を突かれたこともあり苦戦し、多くの命が散った。

 辺境伯をはじめたくさんの軍人が。そして、勇猛なる辺境軍に守られていたはずの民間人も、侵入者たちによって。


 知らせを聞いて駆けつけた王国軍の内にいたヴィクトは、そこで周囲の優秀さに打ちのめされた。

 公爵家の嫡子の周囲には一際秀でたものが配置されており、彼らの見せる様々な技術に自分は到底及ばないと悟ってしまったのだ。まるで足手まといのように、ヴィクトの力など期待されなかった。

 それはまだ大人になりきれない経験の浅い若者が打ちのめされるのも当然であったと、今でも思う。しかし、いくらか年を重ねた今ではそうされた理由を理解したつもりだ。

 嫡男の無事を願った父公爵の意図もそこにあったのだろうと――ヴィクトは確かに今でも突出した才は見いだせなかったが、お荷物扱いされるほどには無能ではないのだから。


 ヴィクトは守られる立場ではあったが、それは前途ある若き未来の将への配慮でもあった。上の立場のものは率先して打って出ずに、全体を俯瞰して戦況を把握すべきだと言葉でなく態度で彼らは教えたのだ。

 だけど、当時のプライドばかりが肥大した少年に、そんなことがわかろうはずもなかった。

 見せつけられる自分以上の技術に圧倒され、無能の烙印を押された気がしたのだ。


 ヴィクトにとって、それは初めて挫折であった。すぐには事実が飲み込めず、納得がいかなかった。

 そこで周囲の換言を無視して姿を偽って飛び出し、隣国の兵におびえ隠れた民の救出と残党の掃討に一人乗り出したのは、けして誉められた行為ではない。短慮で、浅はかで、するべきではない行動だった。

 それは間違いないけれど、そこでヴィクトは出会うべくして出会ったのだ――セリィと。

 彼の心を救う少女と。




 無謀に飛び出した若造と、一人町の片隅で震えていた少女が出会ったのはただの偶然であり、必然ではない。

 それが自分を頼りにする誰かであればセリィで良かったのだ。挫折することなく高くなるだけなったプライドを慰めるような、頼りない誰かであれば、どんな人間だって。

 だけどヴィクトはそれは運命的な出会いであったと、今では思っている。彼女でなくてはいけなかったのだと。


 ひとり敵の残党や自国の生存者を捜していたヴィクトが路地の片隅で見つけだした少女は、どれくらいの長さをひとりで怯え隠れていたのだろうか――薄汚れ憔悴していた。

「大丈夫か?」

 問いかけにもろくに答えず震えている小娘は、ヴィクトが少し近づけばその倍は離れるほどに怯えていた。


「俺は王国軍の者だ。お前に危害は加えないから安心しろ」

 家を逆立てた猫のように警戒を露わにする少女に知らずため息が漏れたが、それが余計に警戒を煽ってしまうという悪循環。

 ヴィクトはそれを面倒くさく思いながらも周囲にも注意を払い、こちらを害しそうな誰の気配もないことを確認してから腰の剣を横に放った。

 もし横から何か飛び出してきても、いざとなれば魔術でなんとでもなると算段を踏みながら何もしないと両の手を上げて、意識して笑みを浮かべる。


「わかるかな? 王国の兵だよ」

 自分の見てくれが整っていることを、ヴィクトは当時より自覚していた。それも凛々しいというよりは線の細い、少女めいた容貌だ。

 当然鎧姿ではあるが得物を放り出して、普段は出さないような優しい声を心がければ線の細い印象を強めるに違いない。姿を偽るためにかけた伊達眼鏡もそれを強調するだろうとヴィクトは思った。


「君に危害は加えない。助けにきたんだ」

 本音を言えば、一人の少女を保護するためだけに面倒な手間を踏んでいるような気がしていた。

 抵抗されても強引に保護して連れて行けばよいのだと。

 だけど、この少女のように他に潜んでいる人間がいて、騒ぎを聞きつけたその人間がもし隣国の手の者ならば、さらに面倒なことになると考えていた。


 無理に近づこうとせず、ヴィクトは時を待った。もういっそ声を張り上げて誰かを呼ぼうかと考えるくらいに、その時は長く感じた。

 せめてなにかの成果を上げるのだと人目を忍ぶように周りの目を振り切って出てきていたという事実が、そうするのを堪えさせた。

 やがて耐えきれなくなってゆっくりと歩を進める。瞬きもせずにそれを見る少女は、少しは警戒を解いたのか今度は後ずさらなかったのが幸いだった。


「怖かったね」

 近寄ってみれば薄汚れてはいるが、整った顔立ちの娘だった。

 少女はヴィクトよりいくつか年下だと思えた。将来、美しく華開きそうな片鱗を感じもするが、まだ幼さの方が先立っている。

 未だ震えている少女を、ヴィクトは思わず抱きしめてやった。


「もう大丈夫だよ」

 小柄な少女はヴィクトより頭一つ小さい。その頭を胸元に抱え込んで、やさしくなぜてやる。

 疲れ切った少女の髪はぼさぼさだったが、元々はよく手入れが行き届いていそうな美しい茶髪だ。こんな時でなければ、とふと思った自分に驚いた。

 しばらく固まっていた少女は、優しく宥めるヴィクトにようやく安心したらしい。見も知らない男だというのにぎゅうっと抱きついてきた。


「こわっ、かったよおおおお!」

 少女は声を上げて泣きヴィクトにすがりついたが、顔面に当たる胸当ての堅さに驚いたように顔を上げた。

 至近距離で、髪と同じ色の瞳から大粒の涙がぽろりとこぼれるのを認めたときには、その時まで覚えていた面倒くささがヴィクトの中から何故かすっかり消えていた。

 その後嘘のように警戒を解いて雛鳥のように自分についてきた少女の存在が、折れたプライドをほんの少し建て直してくれていたのだ。


 飛び抜けた才はなくても、一人怯える少女を守るくらいの力が自分にあると、頼り切った眼差しに力を受けて。




 そして。

 補修されたとはいえ傷だらけのプライドを守るために、ヴィクトはセリィと名乗った少女を囲い込んだ。

 彼女が他に頼るべき人はいくらでもいると知っていながら。

 いくつも年の離れていない男にセリィが引き取られる必要などかけらもないのに、偽りに偽りを重ねて彼女に否を口にさせなかった。

 その時、自分が価値あるものだと思うためには、セリィが必要だった。様々なことにショックを覚えていた彼女が落ち着いて何か言い出しそうになった時には、先回りしてその口を塞ぐことに専念した。


 周囲には、悲劇の娘を守るためのことだと言い訳した。

 特徴から彼女が辺境伯の娘だとはすぐ知れた。国境を守る任を得ながらそれを果たしきれなかった彼女の父の名誉は地に落ちていて、素性を明かせばただでさえ傷ついた少女を中傷にさらすと、親族に引き渡すことを拒否した。

 それでもどうしてもと声を上げなかった親族の方も、面倒を避けたいようだったのが幸いだった。


 君のために軍を辞めたと嘘を告げたのが彼女の罪悪感を刺激したのか、セリィは自分の素性を明かすことをしなかった。

「君を守ることが僕の幸せだ」

 口調は彼女の前限定の偽りのものだけど、その言葉は真実だった。


 


「お仕事がんばってね! おにーちゃん、大好きだよ!」

 ぎゅっと自分の手を握りしめて上目遣いに告げてくるセリィの愛らしさの前にすると、ふとすると湧きそうになる自らの罪悪感などすぐに吹き飛んでしまう。

 仕事にでる日は毎朝彼女はそう口にするのだから、こんなに愛らしい娘を手放せるわけがないと、迫り来る現実から目をそらしたくなるのだ。


「うん、兄はセリィの為に頑張ってくる!」

 近頃では自分は兄だと言い聞かせなければ、愛しさのあまりたかがはずれそうなくらいになってきている。

 抱きしめたいのは山々だがそのかわりにぐしゃぐしゃと妹の頭をなでて髪をかき乱してやる。そうするとせっかく整えたのにと言わんばかりに頬を膨らませる様まで、ヴィクトの何かを刺激する。

 それを振り切って、セリィに背を向けた。


 彼女には適当に「さる貴族の屋敷で護衛のようなことをしている」というようなことを言ってはあるが、実のところヴィクトは未だ軍属だ。

 鬼神とも例えられたほどの王弟を祖とするマードラー家をいずれ継ぐ者として、職を辞すことなど許されなかった。


 朝はまず実家に顔を出し、軍服に着替えてから出勤する。初陣でろくな戦果をあげることが出来なかったヴィクトではあったが、今では地位をいくつか上げていた。

 それは生まれた立場による優遇も少しはあるが、それだけではないと今では彼も信じている。

 セリィとのわずかなふれあいと彼女の信頼に満ちた眼差しに日々癒されながら、彼は時をかけてあらゆることを整えてきたのだから。


 それは自らのプライドを立て直すことであり、彼女の父――亡き前辺境伯の名誉を取り戻すことでもあった。

 小康状態を保ってはいても緊張状態にあった国境を任された有能な伯が何故領内に隣国の人間を入れてしまうことになったのか――それを調べ上げ、国に徒なす輩を捕らえた功績によって階級を上げたのだ。

 いずれ公爵家を継ぐものとして、人を使うことを覚えた一件だった。


 特別秀でたものは相変わらず見いだせないが、ヴィクトは何でも満遍なくそれなりにこなせる自分は優秀であろうと思えるくらいの自信は取り戻した。

 そのきっかけとなった彼女を、永遠に手放せるとは思えない。

 できれば今のようにずっと彼女と二人きりで過ごしていければいいのだけど――自分の立場がそれを許さない。


 であれば保護していた前辺境伯の令嬢を元の場所に戻し、正式に自分のものとすればいい。ヴィーとセリィなどという偽りばかりの兄弟関係を切り捨てて。

 箱庭から彼女を連れ出すのは本音を言えば気が進まないのだけど、どうするにせよいずれ破綻するのは目に見えている。日々成長する彼女を間近にしていつまでも気持ちが抑えきれるものではないのだから。


 歪んだ優しさに包まれていたセリィがほんとうを知ったときの反応が恐ろしくて二の足を踏んでいるけれど、決断の時は近いとヴィクトは感じていた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 二人が出会う直前…あたりでしょうか。 ヴィクトさんの独白というか、回想のところです。  それが自分を頼りにする誰かであればセリィで良かったのだ。 これ、“セリィでなくても”じゃ…
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