97 会談 1
いよいよ、初の外交会議! 緊張する~!
いや、自国の王様と話したことは何度もあるけれど、あれはあくまでも「私と王様」のお話だ。それに対して、これは「国と国との話し合い」だから、重みが全く違う。
……まぁ、話すのは伯爵様で私じゃないし、これは正式な条約会議ではなく、その地均しのための事前会議に過ぎないんだけどね。
場所を会議室に移し、ダリスソン王国側も出席者を主要人物のみとしての、実務協議の始まりである。むこうのトップは、勿論王女様。国としての重要な決断を迫られる会議なのだから、当たり前だ。他は、宰相とか大臣とか軍のお偉いさんとかだろう。ひとりひとりの肩書きは知らないけれど。
「では、早速本題に入らせて戴きます」
そして最初の挨拶と軽い前振りを済ませた伯爵様が、いよいよ本題を切り出した。
「既に御存じのことと思いますが、この度の我が国への他の大陸からの侵略艦隊来襲の件です。
お聞き及びの通り、我々の知らぬ強力な兵器、『大砲』と『銃』を持ち、数百人が乗る巨大な戦闘用の船3隻による一方的な攻撃を受け、国の支配権と財宝、そして国民を奴隷として差し出すよう要求されました」
伯爵様が語った、そのあまりに酷い侵略者の要求に、会議室がざわめいた。
敵艦隊来襲の事実はともかく、具体的な交渉内容は私と王宮関係者以外は知らないため情報が漏れておらず、いくら何でもそこまで酷い要求だとは思わなかったのであろう。
「まぁ、幸いにも、ほとんど被害を出すことなく全ての戦闘艦を拿捕できたわけですが……」
伯爵様がそう言われると、室内に失笑が広がった。
それはそうである。巨大戦闘艦とか強力な新兵器とか言って脅かしておきながら、被害なしで勝った、と言うのだから。
しかし、それくらいのことは、ここにいる者達は当然皆事前に知っている筈である。知らないのは、相手の武器の威力だけだ。
「つまり、敵国恐るるに足らず、というわけですかな? 我が国も、そう心配することはない、と?」
大臣らしき人達のうちのひとりが、皆の思いを代弁するかのようにそう言った。皆も頷いている。
でも、そう思われては、話が続かない。伯爵様が言葉を続けた。
「ええ、もしこの国が本格的な攻撃を受けた時にも、たまたま『女神の御加護』があれば、の話ですがね。
もし女神の御加護が無ければ、今頃我が国は財宝と多くの国民を奴隷として連れ去られ、属国として支配国からの総督が着任されるのをぶるぶると震えながら待っているところだったでしょうな」
「「「「「な……」」」」」
驚愕の声が会議室に広がった。
それはそうであろう。それは、先日の帝国からの総攻撃を僅かな被害で撥ね返し、更に2頭の古竜を倒し1頭を追い払ったという精強な軍を持つ国の使者が口にするとは思えない言葉であった。あの件は、当然かなり詳細に情報を掴んでいる筈である。おそらくは、あの兵士達の正体を除いて。
その軍を持っていながら、僅か3隻の船に敵わないというのは、些か信じがたい話だろう。
勿論、これは伯爵様が話を盛っている。
3隻の船の乗員だけでは国全体を占領することはできないし、数マイルしか飛ばない砲では王都を脅かすことはできない。
でも、その武器の威力と母国の国力を背景として国を脅し、一方的な条約を結ばせるくらいのことはできたかも知れない。そして、次に来る艦隊には、多くの兵士達と「植民地を指導するための総督閣下」が乗っていたかも知れないのだ。決して、大法螺というわけでもない。少し時系列を圧縮して説明しただけの話である。
「そこで、次の敵艦隊の来襲に備えて、このあたりの国で同盟を結びたい、というのが、我が国の考えなのです。今回は、その会談の前に国内の意見を纏めて戴くべく、事前の御説明に参った次第です」
伯爵がいったん言葉を句切ると、すぐに揶揄を込めた質問が飛んだ。
「それで、発起人である貴国がその纏め役を、というわけですかな?」
確かに、発起人が纏め役を引き受けるのはおかしくない。しかし、纏め役となれば色々な利得が得られるため、大国が黙ってはいないだろう。そして、ここ、ダリスソン王国も。
しかし、そのためにいるのが、私である。
「そう考えております。しかしそれは、決して発起人だからという理由だけではありませぬ。
敵の戦闘艦、搭載されている大砲、そして銃。これらの現物を持っており、また、元敵国兵達の帰化を受け入れ自国民とし、それらの製造や運用方法を知る者を擁しているのが我が国だけであり、その複製を作成するための技術開発を行えるのもまた、我が国だけだからです」
「「「「「…………」」」」」
伯爵様の言葉に、誰も反論できない。こう言われれば、他の国が纏め役の座に就けようはずもない。
また、他の国が纏め役になるならば、多くの国が名乗りをあげて、収拾がつかなくなるのが目に見えている。無用な争いや混乱を避けるためにも、渋々ではあっても皆が納得できる理由がある我が国が纏め役を引き受けるのが最も妥当な判断だろう。
「しかし、その武器とやらは、本当にそのように強力なものなのか? 貴国の兵士達に簡単に敗北したのであろう?」
「いえ、まともに戦ったのであれば、勝負にならなかったでしょうな。まぁ、相手の人数の少なさと補給の問題はあったでしょうが、大被害を受けて為す術もなく、向こうが物資切れで引き揚げるのをただ待つのみ、といったところだったでしょうな。
そしてこの大陸の存在を知った向こうは、奴隷と財宝を奪い放題の狩り場を見つけたとばかりに、今度は充分な数の船と兵士を揃えてやって来る、ということに……」
「「「「「……」」」」」
「で、その武器の威力とやら、見せて戴けるのですね?」
いままで黙って聞いていた国王代行、レミア王女殿下が突然口を開かれた。
「そのための、その包み、なのでしょう?」
そう言って、私が背負っている長物を指差す王女殿下。
うむむ、切れる! ぷっつん、じゃない方。
ここで私の出番かな?
「はい、その通りでございます」
「……あなたは?」
「は、ミツハ・フォン・ヤマノ子爵、この使節団の技術顧問でございます」
「え? あなたが、あの……」
驚いた顔の王女殿下。他の者達の間にも、ざわめきが起こっている。
う~ん、どこまで私のことが知られているのかな……。王宮の正式発表の通りの、ただの勇敢な貴族家の娘? それとも王都では公然の秘密の、ちょっと女神様にコネがある異能持ちの異国の王女?
「あの、が何を意味するのかは分かりませんが、多分、その、ヤマノ子爵です」
「……」
きらきらと眼を輝かせる王女様。いったい何を考えているのやら……。
しかし、様になってるなぁ、レミア王女殿下。美人で凜々しく、清楚で可愛らしい。まさに王女の中の王女! サビーネちゃんとは大違……、げふんげふん!
「とにかく、その新式の武器とやらがどの程度のものなのか見せて戴かないことには、交渉も何もないでしょう。話は、それからですね」
至極尤もな王女殿下のお言葉に、会議はいったん中断し、先に銃の実演を行うことになった。まぁ、当初から想定していた通りなので何の問題もない。
そして先導役の者に案内されて、ぞろぞろと移動する会議室の一団。
目的地は、中庭にある闘技場。
闘技場とは言っても、本格的なやつではない。園遊会とかの時に余興として行われる、腕自慢同士のお遊びの試合に使われるようなやつであり、小学校の教室程度の広さの草地があるだけで、別に、建物や観客席があるわけではないらしい。そこに、木で作られた人形に鎧を着せたものが用意されているという。
手回しの良いことで……。
中庭に到着すると、既に観客達が待っていた。
あまり大っぴらにするものではないが、やはり新式の武器の威力を目にする唯一の機会であるため、王宮や軍の上層部を集めておいたらしい。これから先の戦いの形を変えるかも知れないのだ、当然のことだろう。
そして、闘技場という名の小さな草地の外縁部で停止する、王女殿下達と伯爵様達。
私達3人は、そのまま闘技場の左端へと進み、反対側に立てられた鎧を着た木製の人形に対峙した。
距離、約6ヤード。5メートルちょいである。
「あの~、ちょっと近過ぎるんですけど……」
これでは、拳銃の距離である。




