63 海からの来訪者 3
今回の武装は、腋と腿のワルサーPPSのみ。護衛が大勢ついているし、貴族のお嬢様を演じるためには目立つ武装はまずいだろう。
それに、武器を使おうとすれば攻撃を受ける可能性が高い。多分すごく旧式だとは思うけれど、相手にも銃があるかも知れないのだから注意は必要だ。もしかすると拳銃も持っているかも知れない。マッチロック式とかフリントロック式とかの。
一応、隙を見て対処するつもりではあるけれど、安全にはいくら配慮してもし過ぎということはないからね。
武装の他には、IC録音機を2台、懐に。
いや、証拠は大事だからね。
他にも証拠保全のため、アデレートちゃんのデビュタントの時のように、使用人にムービーと静止画の撮影法を教え込んである。目立たないように兵の影から撮影する予定。あまり近くからだと怪しまれるからね。武器を構えていると思われて攻撃されたら大変だ。
でも、最近のは倍率や明度が凄いから、問題なく良い画が撮れるだろう、多分。
そして、肩に提げた、VHF帯ハンディタイプ無線機。
うん、子爵邸の中で、アントンさんがHF固定機とVHF固定機を向き合わせて送信スイッチを押してくれる手筈。
これは武器には見えないだろうから、奴らの警戒心や危険を招くことはないだろう。
子爵邸の外に出ると、皆はもう整列済み。
奴らの短艇は船を離れて真っ直ぐこちらへと向かっている。1隻から1艘ずつ、計3艘。1艘当たり20人くらい乗ってるなぁ。うち半数くらいが漕ぎ手だけど、彼らも勿論戦闘要員だろう。合計60人か。
まぁ、言葉が通じるかも分からない未開の地に上陸するのだから、妥当な人数かな。充分な戦力であり、失っても船の航行には支障ない人数、ってところか。
私の帆船や搭載武器、人々の考え方等、このレベルの文明に関する知識は、中学生の時に読んだホーンブロワーシリーズや海賊物の小説、海洋冒険物等によるものが殆どだ。全て、フィクションであるそれらの作品の記述からの推測に過ぎない。だから大外れの可能性が結構高いけど、もしもの時には転移能力があるから大丈夫だろう。……多分。
さぁ、海岸へと向かうか。
態度が良ければ、子爵邸に招いてあげよう。
もし態度が悪ければ、ここが彼らの旅の終着地になるだけだ。
ヤマノ子爵領唯一の漁村、その砂浜。
腕を組んで仁王立ちする、若き領主ミツハ。
その後ろに整列した36名の兵士と、その左右端のうしろにこっそり立つ士官と撮影要員の使用人達。
本人の強い反対を押し切って、ミツハはヴィレムも後ろに下げていた。『トップふたりが並んで立っていて、いきなり攻撃されて両方が倒されたらどうするの?』とのミツハの指摘に、ヴィレムが反論出来なかったためである。
そのヴィレムは、『もし私の身体がブレて見えたら、その後は向こうの攻撃は気にしなくていいから、早まらないでね』とのミツハの言葉に、頭を捻っていた。
3隻の短艇がしだいに近付いて来た。
双眼鏡で良く見てみると……。
やはり銃を持っている。そして腰には剣を差している。
銃は、恐らく前装式滑腔小銃、俗に言うところのマスケット銃だろう。ライフリングが刻んでなくて、弾が球型のやつ。
撃発装置はマッチロック式かフリントロック式か……。
どうやら、最後尾の短艇に指揮官が乗っているみたいだ。指揮官先頭、じゃないんだ…。
まぁ、それが普通なんだけど。
兵は比較的簡単に養成できるけど、指揮官を養成するには時間もお金もかかるし、良い人材は少ないからね。
但し、じゃあ指揮官はみんな良い人材かと言うと、そんなことは無いんだなぁ、これが。難しいね、世の中は……。
それに、地球の例で行くと、指揮官は正規の軍人じゃないかも知れない。王に取り入って資金援助とか船、乗員等を借り受けたりしただけの、ただの遣り手の船乗りか商人とかかも。乗員にしても、国の兵士なのか、ただカネで雇われただけの水夫なのか、強制的に徴募された一般人や特赦を餌にした囚人達なのか……。
どうやら、向こうからもこちらの細部が確認できたらしく、こっちが銃を持っていないことに安堵とも馬鹿にしているともつかぬ微妙な表情をしている。そして、先頭に私がいることに少し驚いた様子だ。
ようやく砂浜に乗り上げた1艘目、2艘目から兵士がばらばらと飛び降り、前方に人の壁を作った後、3艘目が乗り上げた。そして3艘目に乗っていた兵士のひとりがすぐに飛び降り、踏み台となって指揮官が降りるのを助けた。
その指揮官らしき男は左右を兵士に護らせて私の前に歩み寄り、いやらしいにやにや笑いを浮かべながら言った。
「ほほう、小娘のお出迎えか。少し幼いが、爺に出迎えられるよりはマシか。少しは気が利くではないか」
ははぁ、言葉が通じないと思っているのかな?
「こっちは、来たのがカッコいい若い男じゃなくてガッカリですけどね」
「なっ……」
男の顔に、さっと朱が差した。怒ったのか、言葉が分からないだろうと思って口にした言葉を返されて動揺したのか…。
「わ、我が国の言葉を……?」
「ええ、軍を率いる者は、何かあった場合に備えて未開地の言葉くらい覚えておくものでしょう?」
「ぐ、軍を率いる?」
ありゃ、インパクトが大きかったのか、自分の国が未開地呼ばわりされたことをスルーしちゃったよ、この人…。
「ええ、私が、国王からこの子爵領の管理と防衛を任され、軍事と対外交渉の全権を委任された、ヤマノ子爵です。
それで、この国の代表として質問します。
何の事前連絡も無く、許可も得ず無断で我が国に侵入した理由は何ですか? 直ちに説明を要求します」
「あ? 何を言っている。ここは我々が発見した大陸だから、私のものだ。原住民は今から私の支配下にはいる。まずは、あるだけの財宝を差し出して貰おうか。それと、食料と水の補給だ!」
ああ、やっぱりこのタイプか。
一時は動揺した様子だったけど、私が子供と思って侮ったのか、こりゃまた強い態度に出たもんだねぇ。ちゃんとした国家がある、って言ってるのに。
未開の地を占拠し財宝と奴隷を手に入れようとしたのに、国としての正式な交渉などという話になっては強奪が出来なくなるから、どうせ本国に話が伝わるわけではないのだ、奪えば良いのだ、とでも考えたのかな。
多分、こちらには銃や砲が無いから一方的に脅せるとでも思っているのだろうな……。
「それは、我が国を侵略する、ということですか? 宣戦布告と受け取って構いませんね? それはあなたが率いる船団のみのお話ですか、それともあなたの国全体が、でしょうか?」
強気に出たのに私が全く怯まずに淡々と対応するのが気に入らないのか、男はしだいに声を荒げ始めた。
「私はヴァネル王国の総督だ! 私の言葉は、王国の言葉だ!」
はいはい、『新領土を獲得したなら、そこの総督にしてやる』という約束でもして貰ったのかな、地球のコロンブスのように…。
だから、別にその何とかいう王国自体の総督っていうわけじゃないよね。そんな人が3隻の船を率いて危険な旅に出たりしないよね~。
それに、まだ新領土を獲得したわけじゃないから、今は総督じゃないのでは?
まぁ、そんなことはどうでもいい。その何とか王国の代表として、我が国に侵略戦争を吹っ掛けた、という言質が取れたから、目的は充分果たせたよ。
「たかだか船3隻の人数で我が国を支配しようと? お笑いですね」
男は鼻で笑った私を睨み付け、しかしすぐに薄笑いを浮かべて兵士のひとりに命じた。
「あそこの山羊を撃て」
ええ~、うちの大事な家畜を……。
でもまぁ、仕方ないか。ごめん、山羊27号……。
しかし、どうして私は人の顔はなかなか覚えられないのに、山羊とか馬とかはすぐに覚えるんだろうか……。
とか考えているうちに、何やらごそごそしていた兵士さんが山羊27号に向けて狙いを付けてる……。
あ、近付いて来た時に臭いで判ったんだけど、撃発装置はマッチロック式、日本で言うところの火縄銃だったよ。
パァン!
少し軽い音と共に、倒れる山羊27号。
ドヤ顔の男。
私は冷静な顔をして言った。
「山羊1匹、金貨1枚戴きます」
「「「「え?」」」」
指揮官らしい男だけでなく、敵の兵士もあっけに取られた声を漏らした。
いや、今更そんなショボい発砲音で驚かないよ。
「山羊1匹、金貨1枚戴きます」
「いや、今、見ただろう! お前達の知らない、この強力な武器の威力を!
これで殺されたくなければおとなしく……」
「山羊1匹、金貨1枚戴きます」
「いや、もし我々と戦えばお前達があの山羊のように……」
「山羊1匹、金貨1枚戴きます」
「いや、だから」
「山羊1匹、金貨1枚戴きます」
「聞けよ!!!」
「山羊1匹、金貨1枚戴きます」
このままでは話が進まないと思ったのか、男は渋々財布から金貨を取り出して私に渡してきた。
……よし、勝った!




