61 海からの来訪者 1
「ミツハ様、大変です!」
夕方、執務室でのんびりとお茶を飲みながら書類のチェックをしていると、山村出身のメイド、ポーレットが血相を変えて飛び込んで来た。
あ、『夕方』と言うと日暮れ頃みたいだけど、私は15~18時くらいをこう呼ぶ。お母さんの影響を受けて気象予報士の勉強をした事があって、気象予報用の定義が染みついちゃったんだよ。
ポーレットが大騒ぎするのはいつものことなので、あまり驚くこともなく、言葉の続きを待つ。
「漁村の者が知らせに! 海に、海に、フネが!」
いや、海にフネがあるのは普通でしょ。山にフネがあったら驚こうよ。
「と、とにかく外に、外に出て下さい!」
何か、今回は本当に大変そうなので、仕方なく外に出て海の方を見てみると……。
うわぁ、確かに、海にフネが。
…3隻の木造帆船。帆船の大きさなんて見ただけでは分からないけど、200~300トンくらいかなぁ。
確か、コロンブスが乗ってたのが100トンちょい、フランシス・ドレークが乗ってたゴールデン・ハインド号が300トンくらいのガレオン船だったはずだから、そんなもんか……。
船の方面はあまり発達していないらしいこの国の者からすれば、巨大船、なんだろうねぇ。
「緊急呼集! 領主軍、全員を呼集!」
私の指示に、付近にいた使用人達が一斉に駆け出した。
いったん私室に戻り双眼鏡を取って来て、じっくりと観察したところ、どうも錨を打って錨泊しているだけで、陸地に向かって短艇を出すような素振りはないようだ。あと2時間弱で日没だから、未知の土地で夜を迎えることを避けるのは当たり前。上陸は明日の朝か……。
そのまま錨をあげて立ち去る?
そんなつもりなら、錨泊したりせずに夜間も航行を続けるに決まってる。
伯爵様や他の人からも、今まで船で他所から来た者はいないと聞いている。と言うか、そもそもそのような船は見たことがない、と。
つまり、初めての客、というわけだ。
水や食料の補給、その他の目的があるだろうから、上陸するに決まってる。
この、『その他の目的』というのが問題なんだよねぇ。
友好的であればいいけど、この文明レベルで帆船で他の大陸を求めて旅に出る者って、地球の歴史上で言うと、アレなんだよねぇ……。
国王の援助を受けて莫大な成功報酬と引き替えに危険な航海に出る。目的は、発見した土地の収奪、財宝の略奪、奴隷の捕獲。そして退屈凌ぎに原住民をゲーム感覚で大量虐殺。
うん、地球で、コロンブスがやったことだね。
命を賭けた大博打を打つような人間が、まともで心優しい善人のはずがないよね、常識で考えて。
あ、南極探検とかは違うよ。別に財宝の略奪や奴隷を狩りに行ったわけじゃないし、カネ目当ての博打、ってわけでもないからね。
しかし、海岸線の長さではボーゼス伯爵領の方がずっと長いのに、どうしてわざわざうちの沖合に…、って、理由は簡単か。
伯爵領の漁村もショボさではうちと同等。しかも湾になっているから外洋からは村が見えない。領都はかなり内陸寄りだから、これまた全く見えない。
それに対して、うちは漁村も見えるし、町も海岸からそう離れていない上に少し高台になっているから、外洋からも建物が見える。領主邸とかもよく見えるだろう。何も無いところよりは、収奪できる人間が住んでいるところの方が便利だからね。
更に、船がボーゼス領とは逆側から海岸沿いに来た場合や、たまたま真っ直ぐ陸地に向かっていたらここに着いたとか、上陸地点としてここに目を付けた理由はいくらでも思い付く。
伯爵様に伝令を出すか?
最悪の場合、自重無しでやる必要がある。それを全部見られるのはまずい。しかし、伝令が行くのに1日、伯爵様が兵の準備をするのに半日、来るのに1日。最悪の場合なら、もう終わった後か。
それに、捕らえた敵の扱いにも困るよなぁ、うちの全領民数の半分以上もの捕虜を捕まえても……。
よし、捕虜ができた場合、伯爵様に丸投げ!
平和的に話が進んだ場合、伯爵様に丸投げ!
貿易とか国交とか、国同士の話になったら、海に面した領地を持つ有力貴族であるボーゼス伯爵様と王宮の皆さんに任せるしかないよね。
では、伯爵様への伝令に持たせる手紙を書く前に、まずは国王様に報告するとしよう。
いや、もしかすると他国の船と敵対して戦闘行為をするかも知れないんだから、王様に報告して行動の許可を取らないと駄目でしょう。下手をすると他国と戦争になるかも知れないんだから。
一応、国王様隷下の貴族の一員なんだからね、これでも…。
「チェックメイトキングセブン、チェックメイトキングセブン、こちらホワイトルーク、オーバー」
『あれ、今日は少し早いね。どうしたの、ミツハ姉様』
相変わらず、即座に返るサビーネちゃんからの応答。
毎日、どれだけ早くから無線機の前で待ってるんだか。
「緊急事態よ。渡しておいた封筒のうち、5番を開封して」
『え……、分かった、ちょっと待ってて』
サビーネちゃんは頭の良い子だ。いつもはふざけていたり甘えたりしていても、相手が真剣な時にはちゃんと場を弁える。
30秒くらい経って、無線機のスピーカーから再びサビーネちゃんの声が流れる。
『姉様、これって……』
「うん、遠話の魔法具の使用制限を緩和します。すぐに、それを王様に渡して。会議中だろうが来客中だろうが構わず押し入ってね」
『分かった。任せて!』
サビーネちゃんはすぐに部屋から出て行ったらしい。多分王様はすぐにサビーネちゃんの部屋に来るだろう。
さて、久し振りに、陰謀の時間かな……。
『あ、あ~、これで良いのか?』
『うん、そこから指を離して』
スピーカーから王様とサビーネちゃんの声が流れた。
なかなか早かったね。
「王様、緊急事態です。他の方はおられますか?」
『お、おお、箱の中からミツハの声が! 本当に、子爵領に居るのか? 子爵領のミツハの声が聞こえておるのか?』
ああ、まぁ、普通は信じがたいか。
でも、今はそれどころじゃない。
「王様、急いでいますので、本題にはいります。まず、今そこにいるメンバーを教えて下さい」
『おお、儂とサビーネ、宰相のザール、アイブリンガー侯爵、それと王太子のリオネルだ』
うん、王様と、王様が絶対の信用が置けて秘密が守れると思う者数名、という条件はクリアしていそうだ。では、本題に。
「うちの領地の沖合に、大きな船が3隻停泊しています。恐らく、遠くの国から来たと思われます。うちの方の昔の経験からして、見つけた土地は自国の領土、財宝奪って奴隷を連れ帰る、っていうのが、ああいう輩の相場なんですが、もしそういう輩だった場合、殲滅していいですか?」
あれ? 返事が無いぞ?
『……敵の戦力はどれくらいか分かるか?』
ようやく返事が返ってきた。
「いえ、まだ敵と決まったわけじゃないんですけど…、まぁ、完全に推測なんで自信は無いですけど、3隻合わせて最低で200人、最大で600人くらいかと……」
よく分からないけど、多分1隻当たり最低で70人くらい、最大でも200人までだろうと思う。無補給での航続距離重視で人数少な目か、侵略の武力重視で人数多目かの予想がつかないから、予想の幅が大きくなるのは仕方ない。
『武装は予想出来るか? ミツハの母国と較べて、戦闘力はどんな感じだと思う?』
ああ、そうだなぁ……。地球のを参考にして、完全な想像になっちゃうけど……。
「いいですか、これからは完全な想像なので、大外しするかも知れませんから、それを承知で聞いて下さいよ。あくまでも、そういう可能性がある、という程度ですから」
『分かった、言ってくれ』
「まず、3隻で新規航路の開拓に出るという文明時期と船の大きさから考えて、大砲と銃はあると思います。大砲は、鉄の塊を飛ばす武器で、多分1マイルそこそこしか飛ばないでしょう。沿岸の漁村くらいしか届かないと思います。銃は、まぁ、私の母国のあの神具を真似たものですが、威力は100分の1くらいですかねぇ。1回撃つごとにかなりの手間と時間がかかりますから」
『しかし、剣では勝てぬのだろう?』
「いえいえ、たかが数百人、上陸して来たなら、地の利は我に有り。待ち伏せ、奇襲、夜襲、何でも出来ますからね。いくら銃があっても、木陰や崖の上から一斉に矢を射掛けられたり、火攻めされたりしたらどうしようもないですよ。食料を焼き討ちしたり、水に毒を入れたりするのもいいですしね」
あれ? どうしてまた返事が返って来ないの?




