51 ポップコーン販売開始!
終わった!
何とか、生まれて初めての『貴族のパーティー』を乗り切った。
いや、そう悪くなかったよ。久し振りにアデレートちゃんと会えたし、歳の近い者同士でわいわいやるのは楽しかった。なんか、最近はおじさんと小さな女の子としか話していないような気がするからなぁ…。
確かに、なんか下心満載、というような人もいたけれど、貴族なんだから仕方ないよね、それは。みんな、自分の領地を少しでも発展させたいと必死なんだから、利用出来そうな者とは繋ぎを取りたい、と思うのは当たり前。
私は、深夜の珍走族のバイクの騒音は腹が立つけど、救急車や消防車の音で目を覚まさせられても全然腹は立たない。みんなが必死で自分の義務を果たそうとしている結果だからね。それに、私だって、近々王都で売る予定の物を色々と宣伝したし、うちの領地と王都までの間にある領の領主さんには色々とお願いしたしね。
……効果あったかなぁ、サビーネちゃんに教わった、私の『必殺! 上目遣いのお願い攻撃!!』は。
いや、流石に、『おじさま、お願い!』とは言わなかったよ。まだ、失いたくないモノが残ってるんで、私には。
でも、何か、伯爵様とアレクシス様がどんよりしてたなぁ、帰る前にお礼言った時。私のせいで予定外のパーティーに出ることになったから、機嫌損ねちゃったかなぁ。今度、何か埋め合わせしなきゃ……。
パーティーまでの2日間で、爆裂種のコーンを通販で買った。勿論、乾燥済みのやつ。
鍋も買った。アルミ製の、適度な大きさのやつ。いや、モノがポップコーンだから、丈夫さとか熱伝導とか細かいことはどうでもいい。ステンレスだとかチタンだとか多層構造だとかホーローだとかは必要ない。ただ、子供の力で揺するのが楽ちんな、軽くて安いやつでいい。焦げ付いたり穴が開いたりしたら買い換えればいいんだから。
そういえば、以前、靴屋さんで『靴は、高くても良いものを買った方が結果的にお得ですよ。安物の数倍長持ちしますから』って言われたんだけど、3年履ける3万円の靴を1足買うより、1年履ける3千円の靴を10足買った方がお得なんじゃないかと思うんだよねぇ。服に合わせて色々と替えられるし、泥に突っ込んだり傷が付いたりしても、10分の1が駄目になるだけで、1分の1が駄目になるわけじゃないし。
いや、勿論、良い物は良い、ってのは解ってるよ。私はパソコンやレコーダーは国産の良いやつしか買わないし、靴も、良い物は安物とは違う、ってことも解ってる。高級ホテルでは、ホテルマンは靴を見て客を判断する、とか言う話も聞くし。
……でも、靴の良し悪しで客を品定めして態度を変えるホテルなんかには行きたくないよ、絶対! 裕福じゃないのに少し無理をしてまでうちに来てくれた客、ってことで、感謝すべきじゃないの、そういうお客さんには!
……って、鍋と靴は関係ないか。話が随分ずれちゃったよ。
そして、販売用の紙袋も、ポテト用の袋や食品販売用の耐油袋が単価4円前後で色々売ってたから、購入済み。カセットコンロ2台と燃料、その他の小物も準備完了。
屋台の方も、一応は完成していたみたいで、本当に僅かな最終確認だけだったらしく、それも既に終わっている。
そしてパーティーの翌日である今日、いよいよ広場での試験販売だ。
私が孤児院に着くと、既に屋台は準備万端、昨日のうちに運んでおいた機材や材料も搭載済み。早速、私以外の3人で屋台を動かし始める。
ロイク君がいくら天才とは言え、所詮は子供が廃材から作ったもの、あまり力をかけるわけには行かない。気を付けながら、ゆっくりと、一人は引いて、あとの二人は押して、広場へと向かう。
初日である今日、売り子は、屋台の不具合に備えて、設計・製作を担当したロイク君、マノンちゃんと、孤児の中では年長の、14歳のフィリップ君。あまり小さい子ばかりだと絡まれやすいからね。大人もだけど、タチの悪い不良連中に。
勿論、初日は私も屋台の後ろで見守る予定。
材料の塩と植物油は、転移で領地に戻って持ってきた。
鍋や紙袋は日本から持って来たけど、ここは領地産に拘りたかった。
そういえば、鍋は、私がいなくなっても、多少重くて使いづらくはなるけれど王都で普通に買えるからいいけど、販売用の紙袋かその代用品は、なんとか自力で用意できるようにしなきゃなぁ。
私が事故や病気で急にしばらく来られなくなった場合に備えて、プラスチック容器を何百個か用意しておいて、お金払って回収して再利用、ってのも考えたけど、多分うまく行かない。
実は、プラスチック容器がゴミとして捨てられて、環境を汚染したり、未来の考古学者が発掘現場で倒れたりしないようにと、お店で売る一部の品物には容器等の買い取りを告知してある。しかし、平民の人々の一部はシャンプー容器とかを持って来てくれるけど、多くの平民、そして貴族はまず持ってこない。
調べてみると、みんな、空き容器を棚に並べて飾ったり、石けん水とかを入れて再利用していた。それに、うちの引き取り額よりかなり高値で転売もされていた。更に、ラーメンの袋とか、装飾品になってたよ……。
まぁ、捨てないならいいんだけど、他の包装材とかも含めて、最終的にゴミにならないようにそのうち何か考えなきゃならないかなぁ。
で、ポップコーンの場合も、小銀貨2~3枚で売る商品の容器にそんな大した値段を付けられるはずもなく、そんな安い買い戻し値段なら、みんな絶対に持って来ない。軽くて水漏れしない便利な入れ物として使うに決まってる。下手をすると、ポップコーンではなく容器目当てに買い占める者が出る可能性すらある。
このままでは、日本からの補給が途絶えた途端、材料も調理器具も全て現地で揃うのに売り物を入れる容器が無くて販売不能、っていう馬鹿な事態に陥ってしまう。
客に自宅から鍋やお椀等の容器持参で来させる? いやいや、そんな面倒なことが必要となると、売り上げ激減だろう。領地での紙の開発を急ぐか? う~ん……。
考えながら歩いていると、いつの間にか広場に着いていた。ロイク君達は適当な場所に屋台を駐めると、手早くカウンター部分を展張し、機材を並べ始めた。う~ん、手際がいいなぁ…。
と、何やら看板らしきものを2つ立てている。どこまで用意がいいんだか…。
何を書いてあるのかな、と思って見てみると…。
な、何じゃこりゃ~~!
片方はいい。
『ヤマノ子爵領特産 爆裂とうもろこし 小銀貨3枚』
うん、まぁ、そんなもんだろう。
問題は、もうひとつの方。
文字は無く、単純にデザイン化された単色の絵。
軽装甲機動車らしきシルエットの上に立ち、スカートの裾を翻した少女の図案。
「こ、これは……」
「お店の印です。文字が読めない者にもひと目で姫巫女様のお店だと判るようにと、皆で考えました」
しれっと答える、ロイク君。
うあぁ……。せっかく作ったのに、片付けろとは言えないよねぇ…。
仕方ない。屋台の後ろで隠れていよう。
……でも、上手いなぁ、この、デザイン化した絵。誰が描いたんだろう。
とにかく、準備完了! ポップコーンの作り方は、昨日ちゃんと練習した。
さぁ、雑貨屋ミツハ3号店、開店だよ!
出足は好調。順調な売れ行きだ。
いや、だって、卑怯なんだもん。
新しい商品は、とにかく手に取って貰えるかどうか、試して貰えるかどうかが最大のハードルなんだ。いくら良い商品でも、見て貰えず、試しても貰えなければ、売れるはずがない。
いかに興味を引くか。いかに手に取って貰い、試して貰うか。それが最大の難関。試してさえ貰えれば、良いものは売れる。良くないものは売れないけど、それは作り手側のせいだから仕方ない。
同人誌即売会とかで、よく『読むだけでいいですから、見て行って下さい』とか、『立ち読み大歓迎!』とか言ってるのも、そのため。とにかく、手に取って、見て貰わなければ土俵にも立てないのだから。
土俵にさえ立てれば、たとえ敗北、つまり、買って貰えなくても、諦めはつく。だから、買わずに立ち去るお客さんにも、自然と、感謝を込めた『ありがとうございました!』との声が出る。手に取って、パラパラとでも見て貰えただけでもありがたいから。手に取っても貰えず、見ても貰えず終わったのでは悔し過ぎるから。
だから私は、スーパーの試食販売は大抵試す。
食い意地が張ってるんじゃないよ。時々は購入するよ、気に入ったものは。
そういうわけで、ポップコーンを試して貰えるかどうか、なんだけど。
まず、串焼きのように、他に同じものを売っている屋台がたくさんある、ということがない。それどころか、誰も見たことがない新しい食べ物。
それだけでもかなり有利なのに、文字が読めて事情通の人なら分かる、『ヤマノ子爵領特産』イコール、姫巫女様のところのもの、イコール、ヤマノ料理、という繋がり。
そして、図案の看板を見て聞いてきた者に対して答える、『姫巫女様の直営店です』の言葉。
売れるに決まっている。
これを卑怯と呼ばずして何と呼ぶ!
真面目に頑張っている、他の屋台の皆さんに申し訳ないよ、ほんと……。
更に、軽快なコーンの爆裂音が良い客引きになっている。作り方を隠しても、どうせすぐにバレるから意味がない。堂々とお客さんの目の前で作っている。
原料が丸分かりだし、簡単そうだから、多分多くの者が自宅で試してみるだろう。普通のトウモロコシを使って。
ふはははは、そして、絶望に包まれるが良い!
『ヤマノ子爵領特産』の文字は、伊達ではないのだよ!
……売れた。
売れまくった。
交代の子供が来ても、最初の3人は帰ることが出来ず、故障時の予備だった2台目のカセットコンロを使って作り続けた。鍋も予備を用意しておいて良かったよ…。
目標額の金貨1枚分売れたか、って?
用意していた材料が尽きるまで売れたんだから、当たり前でしょ。
『小さい子に無理はさせられない』とか言って一日中鍋を揺すっていた年長のフィリップ君が、材料が尽きる寸前には、両腕をぷるぷるさせながら涙目になってた。
だから、無理はするなとあれほど言ったのに……。




