494 健康ランド 2
「まず、こちらでお湯を浴びて、身体を軽く洗ってください。
邸の浴室とは違い、ここでは皆が同じ湯船に一緒につかりますので……。
また、いきなり湯船に入ると急激な温度変化があるので、身体に良くありませんし」
まずは、イリス様に掛け湯を使ってもらう。
侯爵邸には勿論お風呂があるけれど、他人と一緒に湯船につかることなんかないだろうから、念の為に説明したけれど……。
「ふむ。マナーとして当然のことですね」
それくらいのことは、ご存じだったか。
サビーネちゃん達は、既に掛け湯を使っている。
温泉旅館や健康ランドに連れていったから、3人共、そのあたりは学習済みだ。
そして勿論、イリス様は御自分で掛け湯を使うことなく、カテロレコンビがさっと進み出て、手桶でイリス様にお湯を掛ける。
仮にも子爵家のメイドなんだ、指示されなくても、それくらいの判断はできる。
本当はボーゼス侯爵家のメイドがやるべきことだけど、今日は世話役のメイドや侍女は付いていないので……。
いや、ボーゼス家のメイドも、お客さん役として一部の者……おそらくくじ引きか何かで権利を勝ち取った者達……が来ているのだけれど、イリス様がそれらの者達には『今日は私には構わず、普通の客として振る舞うように。でないと、不具合事項を洗い出すための試験営業の意味がありませんから』と言って、遠ざけたんだよ。
今日は、お付きの者なしで、御自分も自由に動きたかったのかな。
今のカテロレコンビは護衛役だし、ヤマノ家の者なので、イリス様も邪険にされることはないだろう。
湯浴みをお手伝いするのは、多分掛け湯だけだろうしね。
背中を流したり、垢すり、人力のジェットバスもどき等は、ここの従業員の仕事だ。
……そして、大事なチップの獲得手段なので、貴族家のメイドなんかに邪魔をさせるわけがない。
今日は、試験営業でありお客さんはみんな招待客だから、入湯料と入湯税は無料にしているのだけど、付加サービス……垢すり、ジェットバスもどき、マッサージ、飲食等……は、自腹で払ってもらうことになってる。
そうしないと問題点が洗い出せないから、と適当な理由を付けて……。
ボーゼス家は今日の収入がなくても構わないだろうけど、従業員には、今日の自分の働きと、それに対する対価……収入というものを得させ、実感させたいからね。
それに、お客さんも従業員も、自腹での支払い、そしてお客さんの懐から出たお金を受け取らないと、お金とサービスの感覚が実感できないから、そのあたりでの不満や問題点が把握しにくくなるからね。
だから、お客さんは首から小さな袋を下げていて、その中には両替した代用貨幣が入っているのだ。
付加サービスを受ける時にはそれを渡すし、勿論、チップにも使える。
そしてこの代用貨幣、一番少額なのが小銀貨相当のものであって、銅貨相当のものはないのである!
……そう。チップも含め、最低価格が小銀貨単位になるため、支払い額が何となく高額になるのである! ふはははは!!
「ささ、イリス様、まずは湯船に入って温まりましょう! 各種付加サービスは、その後で、ゆっくりと……」
「そうですね。今日はここの設備に詳しいミツハの案内に従うことにしましょう」
そしてゾロゾロと連なって移動する私達……私、イリス様、ベアトリスちゃん、サビーネちゃんと、護衛位置についているカテロレコンビと、コレットちゃん。
今日はコレットちゃんもお客さんのひとりだと言っておいたのに、仲良しのカテロレコンビが護衛役だからか、自分もそっち側になっちゃってるよ……。
まあ、和気あいあいの我が家とは違い、イリス様はコレットちゃんから見れば雲上人である、故郷の領主夫人だものねぇ……。
見た目も、何人か殺していそうな迫力があって、何か怖いし……。
「……ミツハ、何やら失礼なことを考えていませんか?」
「い、いえいえ、とんでもゴザイマセン!!」
ヤバいヤバい! イリス様、勘がいいんだよね、こういうコトには……。
……って、あれ?
イリス様が、コレットちゃんを注視している。
それも、顔じゃなくて、もっと下の方を……。
あ!
「良き働きでした。引き続き、励みなさい……」
イリス様が、コレットちゃんに声をお掛けになった!!
侯爵夫人が他家の使用人にお声掛けを、しかも称讃の言葉を掛けるなど、滅多にないこと……なんだけど、まあ、この場合は不思議でも何でもないか。
……だって、イリス様の視線の先は、コレットちゃんが暗殺者から私を護ってくれた時の傷痕だったから……。
「は、はいっ!」
嬉しそうだな、コレットちゃん……。
まあ、一生自慢できる勲章だ、って言っていたからなぁ。
……でも、それを見せられる私の気持ちも、少しは察してよ……。
* *
湯船で温まっていただいた後、イリス様を次々と御案内。
代用貨幣を渡して、人力によるジェットバスもどきを体験。
薬湯が入った壺風呂、打たせ湯、蒸し風呂、その他諸々……。
あ、蒸し風呂は、サウナとはちょっと違うよ。
サウナが高温低湿度なのに対して、蒸し風呂は中温高湿度。
サウナみたいな高温じゃないから、心臓の負担が少ないし、設備に必要な技術力や費用的にも、かなり楽だし。
蒸し風呂は、紀元前からある技術だから、ここの技術力だけでも十分作れるんだよね。
そこに、地球製の設計図を渡せば、私がいなくても維持し続けられるものが出来上がるわけだ。
「では、『垢すり』というのをやってみましょうかね」
「はい、では、こちらにどうぞ!」
垢すりは、専用の小部屋で行われる。
専用のタオルを使って皮膚の表面をこすり、石鹸では落ちにくい古い角質や皮脂などの老廃物を取り除くのだけど、毛穴の汚れとかが取れる一方、あまり擦りすぎると皮膚に傷が付いたり、身体に必要な角質まで剥がしてしまい、肌の防御機能を低下させてしまうらしい。
そうなっちゃうと、美容や衛生面で、却って逆効果だ。
だから、垢すり担当員には、お肌は優しく扱うよう教育してある。
垢すりやマッサージは、イリス様が体験されるまでは常にひとり分の席を空けておくよう事前に指示してあるから、お待たせすることなくすぐに始められる。
サビコレベアートリオは、ついて来ずに、別行動。
お子様にはマッサージの必要はないし、垢すりは子供のお肌には良くないかと思い、それらには年齢制限を付けているのだ。
カテロレコンビは、私達ではなく、お子様トリオの方の護衛に就いている。
専用の小部屋が並んでいるところには女性の警備員がいるし、そもそも、武器を持っていない、文字通りの丸裸の者に対し、イリス様が後れを取るとは思えないよね。
いくら自分も丸裸だといっても……。




