493 健康ランド 1
……健康ランドである。
日本のじゃなくて、ボーゼス領の方。
順調に進んでいた建設作業も無事終わり、従業員の確保と教育も終えた。
従業員の募集は、買い手市場、入れ食い状態だったよ。
何しろ募集元が、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの、好景気に沸くボーゼス侯爵領の領主様。
しかも、ボーゼス侯爵様は昔から善政を敷いていたから、平民の間では評判がいい。
そして、施設の企画立案がこの私、雷の姫巫女様だ。
仕事内容が様々で、体力のない者でも務まる作業があるから、寡婦や未成年の子供にもできる仕事がたくさんある。
給金が割といい。
お客さんからチップを貰える可能性があり、実収入は更に増えると思われる。
……そりゃ、応募するだろう。
元々の領民もだけど、生きるために身ひとつでボーゼス領にやって来た者達は、そりゃ食らい付くだろう。
なので、人手不足になることはないし、真面目に働かない者は解雇されると分かっているから、みんな真剣に研修を受けていた。この世界じゃ、従業員の権利なんか無きに等しいからねぇ。
特に、幼い子供を抱えた寡婦や遠くから必死の思いでやって来た孤児達は、怖いほど真剣な顔で研修を受けていた。
……もう、後がない。
生き延びるための、最後のチャンス。
そりゃ、必死にもなるか……。
10歳未満の子供にもできる仕事はある。
垢すりとか、浴場内で飲み物を売り歩くとか、お食事処での注文取りとか……。
垢すりは、強く擦るのではなく、皮膚を傷めないように優しく撫でるように行うのが鉄則だから、あまり力のない者でもいいんだよね。だから、非力な子供がやるくらいが丁度いい。
ちゃんと『強く擦っちゃ駄目』と看板で告知してあるから、もっと強く擦れ、とか言う者はいないだろう。
別料金で、オイルマッサージを追加するコースもある。
勿論、男湯と女湯は分けてあるので、風呂場で働く子供達も男女別に振り分けてある。
地球では、昔は混浴が普通のところが多かったらしいけれど、ここでは混浴は許さん!
サビーネちゃんやベアトリスちゃん、コレットちゃんの肌を、男共に見せたりするもんか!!
……勿論、私のお肌もだけど……。
まあ、そういうわけで、施設には共用部分もあるけれど、浴室部分に関しては男女別、貴族と平民別で、4つに分かれているわけだ。
維持費が嵩むけれど、雇用枠が多くなるのは良いことだからね。
多分、維持費分くらいは稼げるだろうし……。
別に、私は健康ランドで大儲けしたいわけじゃない。
……いや、ボーゼス侯爵様は儲けたいだろうけど……。
私としては、寡婦や子供達の雇用枠ができて、みんなが楽しんでくれて、そして衛生状況が向上して健康になってくれれば、それで十分だ。
それに、これはボーゼス侯爵様とイリス様にせっつかれて作ったものであって、私がゴリ押しして作ったものじゃない。
自分が自由に作るなら、うちの領地に小規模な平民用のを作れば良かったのだから。
貴族は、対象外。
ヤマノ家は、専用の家族風呂を作ればいいし……。
勿論、サウナやジャグジー(人力じゃないやつ)付きのものをね!
ま、結果的にボーゼス領に大規模なやつを作っちゃったので、みんなでここに来ればいいか。
そりゃ、日本の方が設備がいいけれど、ベアトリスちゃんの実家が運営しているのだから、王女様や姫巫女様が御贔屓、って宣伝してあげなきゃね。
お忍びの王女様と会えるかも、って噂になれば、集客効果抜群なんじゃないかな。
コレットちゃんは平民だけど、貴族用の方で問題ないだろう。
私と一緒にいるコレットちゃんに、『お前は平民用の方へ行け!』なんて言うヤツはいないよね。
……もしいたら、ソイツを出禁にしてやる。
命懸けで姫巫女を護った忠臣コレットちゃんのことは有名だから、そんな心配はないと思うけれど……。
そういうわけで、今日は遂にやって来た、テスト営業の日だ。
女湯の方は、私達……勿論、コレットちゃんとベアトリスちゃんだけでなく、サビーネちゃんも……や、イリス様、ボーゼス家やヤマノ家の女性従業員達の一部も来ている。
あ、男湯の方には、勿論男性従業員達が入っている。
ボーゼス家の領地邸執事であるシュテファンさんには、私から直接招待状を送った。
色々とお世話になっているし、健康ランドは年配の方にこそ楽しんでもらいたいからね。
それに、シュテファンさんなら、問題点とかがあれば気付いてアドバイスしてくれるだろうから、そのあたりも期待している。
……さあ、身内や招待客だけでのテスト営業、開始だよ!!
* *
今日は招待客だけなので、空いている。
テスト営業の日に満員にしてどうする、ってことだけど、そもそも、そんなに大勢の招待すべき友人がいない。
王都からわざわざ来てもらうわけにはいかないからね。招待したのは、ヤマノ領とボーゼス領、それと近傍の領地の人達だけだ。
まあ、それでも程々の招待客がいるのだけどね。
現在、ここ、女湯で私と一緒に行動しているのは、サビコレベアーと、イリス様。
あと、護衛として、メイドのカティとロレーナが後方についている。
領軍女性士官のグリットさんとイルゼちゃんは、武器なしの素手どころか素っ裸ではまともに戦えず、ごく普通の女性程度の戦闘力しか発揮できないとかで、お風呂での護衛は務まらないとか。
いや、風呂で襲ってくる者はあまりいないとは思うよ?
襲撃者側も裸だと、襲った後に逃げられないじゃん。武器を隠し持つのも難しいし。
それに、今日は招待客しかいないしさ。
カテロレコンビが『護衛の任に就きます!』ってゴリ押ししてきたのって、ただ自分達も健康ランドに来たかっただけ、ってことは……。
テスト営業のお客さん役を選ぶくじ引きに敗北したから、とか……。
……いやいや、使用人を疑ったりしちゃ駄目だ!
きっと、無防備な状態の私が襲われることを心配して……。
「ロレーナ、大きなお風呂、楽しみだね!」
「し~っ! 今日の私達はミツハ様の護衛ですよ。湯船の中まで、しっかりお供しますよ!」
あ~……。
後ろから、何か聞こえてきたよ……。
まあいい。たまには使用人に役得の機会を与えるのも、モチベーションの維持には効果があるかもしれない。
それに、万一の時には、転移能力がある。
……でも、本当は、そんな心配はないのだけどね。
何しろ、今、ここにはイリス様がいる。
イリス様が、武器がないという程度のことで、敵に後れを取るとは思えないよね、うん。
「ミツハ、何をしているのです。早く案内しなさい!」
「は、はいっ!」
イカン、イリス様に怒られた。
他のお客さんには、従業員と、開業後の最初の数日間だけお手伝いに来てもらう予定の臨時支援員のみんなが案内や説明をしてくれているけれど、イリス様は私が専属の案内役として付いているんだよ。
ボーゼス侯爵様とアレクシス様、テオドール様は、ここの副支配人が案内してくれている。
支配人の下に、男女ひとりずつの副支配人がついているのだ。
支配人は男性だから、女性専用エリアで何かあった時に困らないよう、女性専用エリアを任せる者と男性専用エリアを任せる者を副支配人としてつけているわけだ。
そして支配人は、男女共用エリアと、ふたりの副支配人の仕事を統括する。
今日は、何か突発事象が起きた場合に備えて、管理室で待機している。
……まあ、女性専用エリアで何かあった場合は、入ってこれないのだけど……。
その場合は、女性の副支配人と、女性だけで構成された警備員チームに任せるしかない。
今日に限っては、私とイリス様がいるから、問題ないけどね。
共用エリアと男性専用エリアでのことは、任せたよ!
来週と再来週は、年末年始休暇として、お休みをいただきます。
その間、書籍化作業に邁進します。(^^)/
では、皆様、来年も良いお年を!!(^^)/




