484 狼は狼を呼ぶ 17
私達『ソロリティ』の活動に、王都民や商人達は概ね好意的だった。
子供達が工場で作る商品は、競合相手がいないものを中心としているし、いくら人件費が安いとはいえ、そんなに極端な安値にしているわけじゃない。
競合相手がいない独自の商品が主力とはいえ、あまり安くすると他の業者に迷惑が掛かるので、そこそこの価格にする必要があるし、利益で宿舎や工場を維持しなきゃならないのだ。
いつまでも寄付金で回すのではなく、ちゃんと独立採算でやっていけるようにしないと意味がないし、長続きしない。
なので子供達に十分な給金が払え、利益もかなり出るだけの価格設定にしてあるのだ。
アレだ、アレ!
年金で暮らせるお年寄りが、趣味と交流のために採算度外視で激安食堂をやっている、みたいなの。
ああいうのは、本人とお客さんはいいけれど、近隣の他の食堂にとっちゃあ、堪ったもんじゃない。
周辺に合わせる。
……これ、大事!
と、まあ、そのあたりの配慮は忘れていないし、うちの事業は孤児達の自立のため、ということを周知してあるから、それを妨害しようとする者はいないのだ。悪党以外は……。
その悪党達にも、うちに手を出せばどうなるか、ということを思い知らせたしね。
そもそも、第三王女殿下と大聖女様と雷の姫巫女、そして大勢の有力貴族や大店の御令嬢相手に喧嘩を売ろうと考える者は、あまりいないよね。悪党も、貴族も、商家の者も……。
だから、この事業のバックが何者かという話が十分に広まれば、危険は急激に低下するのだ。
……でも、危険は低下しても、孤児達がお金を生むようになれば、今まで何もしなかった連中が、笑顔で擦り寄って来そうだな……。
そう。特に、神官とか、神官とか、神官とかが……。
面倒を見てやる、とか言って、稼ぎの大半を中抜きしようとか、孤児救済の手柄を自分達のものにしようとか考えて……。
宿舎や工場を、自分達のものにしようとか企む可能性もあるかな。
いや、神殿勢力の全員が腹黒い連中だというわけじゃないよ。中には、本当に女神への信仰心を忘れていない、大司教様のような良い人もいる。
……でも、大司教様はちょっと信仰心が強すぎて、ベアトリスちゃんを御使い様として祭り上げようと必死だから、ベアトリスちゃんは苦手そうに逃げ回っているんだけどね。
本当に、良い人ではあるんだよ。間違いなく……。
ちょっと、デビュタント・ボールでの花火がインパクト大きすぎただけなんだよ、多分……。
まあ、神殿の連中も、大聖女様の不興を買うような真似はできないだろう。
いくらお金に執着していても、さすがに女神の愛し子に喧嘩を売ったりはしないよね、仮にも聖職者なんだから……。
* *
『ソロリティ』の名が、かなり広まってきた。
貴族の間だけではなく、商人、一般人、……そしてチンピラ業界にも……。
噂の内容は、ほぼ『孤児達を救済する、心優しき少女達の集まり』という、とても好意的なものだ。
貴族ではない、金持ちの息女や知識人の娘等もいるためか、『貴族の息女』ではなく、ただの『少女達の集まり』と言われているのが、平民達にも受けが良い理由のひとつだろう。
そして、どのような職種にも、孤児から成り上がった者がいる。勿論、チンピラやゴロツキ達の中にも……。
なので、金儲けのための餌、踏み台として利用してやろうと考える、ごく一部の者達を除いて、孤児に援助の手を伸ばそうとする者の邪魔をする者は少ない。
もしいたとしても、周りの者達から総攻撃を受けるのを恐れて、おかしな真似はできない。
何しろ、もし自分が多くの敵を作ってしまい破滅した時、孤児となった我が子を助けてくれるかもしれないのは、そこだけなのだから……。
そういうわけで、『ソロリティ』のメンバー達の承認欲求はある程度満たされ……というか、孤児救済活動の途中から、みんな、もうそんなことはどうでもいい、というような顔をしていたんだよね。
そしてそれは、活動が軌道に乗って一段落したあの日のお茶会での、みんなの号泣が物語っている。
だからなのか、あの日以来、みんなは憑き物が落ちたかのような落ち着いた様子であり、穏やかな顔をしている。
みんなの中で一番焦りの色が濃かったティーテリーザちゃんとラステナちゃんも、すっかり落ち着いて、優しく微笑んでいる。
そして、穏やかで優しい雰囲気を纏うようになったからか、それとも孤児達のために尽力し、危機に際しては下級使用人が命を懸けて守り抜くという慕われように感心したからか、貴族の間でも平民の間でも、『ソロリティ』の少女達の評判は急上昇しているらしい。
そりゃ、新大陸のヴァネル王国やその周辺国における『ソサエティー』のような、メンバー全員が聖女様扱いのとんでもない状態には及ばないけれど、貴族家息女としては文句のない名声だ。
……それに、私が売っている化粧品の効果もある。
みんな、自分達で研究して、かなり化粧の腕を上げてきているんだよねえ……。
そりゃ、貴族の少女が、圧倒的な威力を誇る武器を手に入れて、何もしないわけがないよね。
最強の神剣を手に入れたなら、そりゃ出掛けるよね、ドラゴン退治に……。
まあ、頑張れ!
そして、私に襲い掛かる縁談攻撃の盾となるのだ! わはははは!!
……計画通り……。
* *
「……え? 今、何て……」
「だから、ベアトリスちゃんが大聖女に任じられる……というか、その称号が与えられることが決定したんだよ!」
サビーネちゃんが『雑貨屋ミツハ』にやって来て、いきなりそんなことを言ってきた。
いや、まだ正式には認められていなかったけれど、国民みんながとっくにベアトリスちゃんのことを御使い様、大聖女様と呼んでいるから、今更感はあるんだけど……。
「そうか。そういえば、確かに『大聖女様(未公認)』だったよね、ベアトリスちゃん……。
でも、とっくにそういう扱いだったから、あんまり変わらないよね。『未公認』が、『公認』になるだけで……」
「大違いよっ!!」
私の軽い返事に、声を荒らげるサビーネちゃん。
「みんなが尊敬の念を込めて、勝手に『聖女様』と呼んでいるだけの場合と、神殿が正式に聖女と認定して称号を授与、国がそれを認めた場合とじゃ、全然違うよ!
しかも、聖女どころか、大聖女だよ、大聖女!
大聖女には、神殿兵への命令権とか、聖戦の宣言権とか、シャレにならないものがあるんだよ。しかも、それを国が認めているんだよ……」
「うわぁ!!」
聖戦の宣言権はアカン、聖戦の宣言権は……。
「……まぁ、あんまり無茶をやろうとすれば、大聖女様が急病になられるけどね……」
「あ、ちゃんと安全機構はあるんだ……」
いや、まあ、ベアトリスちゃんはそんなことは絶対にしないだろうし、そもそも、おかしなことを考えるような者は大聖女には選ばれないのだろうけど……。
「普通は、余程のことがあっても、聖女止まりなんだよ。大聖女なんて、普通は死んだ人に与えられる称号であって、生きている者に与えられるようなものじゃないんだよ。
それこそ、女神が降臨されて大勢の前で指名されるとか、万人が認める大奇跡でも起こさない限り……」
「え? じゃあ、ベアトリスちゃんは……」
「デビュタント・ボールでの、花火……」
「あ」
サビーネちゃんから、痛恨の一撃を喰らった!
私のせいかああああぁ〜〜!!
……確かに、あの時、ボーゼス侯爵様が言っていたよなぁ……。『大司教は、先頭に立って「女神の奇跡です!」とか「聖女の誕生です!」とか叫びまくっておるわっ!!』って……。
でも、あの時点では、『大聖女』じゃなくて『聖女』だったじゃん……。




