↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
298/522

298 帝国の受難 3

「馬鹿な……。ジェラリスが、ジェラリスが……、死ん、だ……」

 自分の幼馴染みであり、優れた知恵と判断力を持つ、自分の右腕である侯爵家の跡取り、ジェラリス。

 それが、死んだ。

 ……いや、殺した。この、自分が……。


 焦り、苛立ち、普段であれば決して溢すことのない不用意な言葉。

 そして、皇帝として吐いた言葉の重さ。

「ああ。

 ああ。

 あああああああああ……」

 皇帝は、がっくりとその場に膝をついた。

 そこには、領土拡大を目指すアルダー帝国の野心的な皇帝陛下ではなく、ただの萎れた中年男性の背中があった……。


     *     *


『降伏します。アルダー帝国皇帝、シュルトラーク3世』


 あ~、オチたか……。

 もう少し粘ると思ったんだけどな……。

 何かあったのかな、信頼している部下が必死で上申したとか、貴族達が謀反を起こしそうになってるとか……。

 まあ、『降伏』とは言っても、別に降伏する相手は他の国だというわけじゃない。

 御使い様相手に領土を割譲したり賠償金を払ったりするわけじゃないし、国民が奴隷として連れ去られることもない。ただ謝って、面子が潰れるだけで済む。

 ……とか考えているんだろうなぁ、多分……。

 だからこその、簡単な降伏だ。

 これが他国に対してであれば、こんなに簡単に無条件降伏なんかできるわけがない。

 相手が御使い様ならば、謝罪以外の要求はされまい。そう安易に考えての降伏だろうなぁ……。


 ……でも、世の中、そんなに甘くはないよ。

 そして、私も……。

 よし、すぐに日本に戻って、印刷だ!

 ……コンビニでのコピーは面倒だし、日本語でも英語でもない怪しい文書を大量にコピーしているのを見られたら以後行きづらくなるから、自宅のプリンター兼スキャナー兼コピー機でコピーするのだ。

 タンク式でインク代が安くつく、EPSONの頼れる複合機、サイコー!


     *     *


 そして、2時間後には帝都上空に。

 200枚のチラシをぶちまけた。

 かなり低空だし、風は弱いから、8割以上は帝都内に落ちるだろう。

 文字だけだから、絵と違ってインクの消耗はあまり多くなかった。

 カラーじゃなくて、グレースケールでコピーしたしね。


 チラシを撒いた後は、直ちに転移で撤退。

 チラシは、別に弾着確認の必要はないからね。

 それに、今回は低高度だから、急がないとすぐに地面にブチ当たる。

 チラシはあまり高い高度で撒くと、帝都内に落ちずにどこかへ飛んでっちゃうからねえ。


 とにかく、これだけ撒けば皇帝の手にも渡るだろうし、帝都の住民や、帝都に滞在する他国の者達にも充分伝わるだろう。

 皇帝が、御使い様に対して何をしでかしたか。

 怒った御使い様が、皇帝に何を要求したか。

 そして、それに対して皇帝がどう答えたかが。

 そう、皇帝が御使い様に何を約束したかが、大陸中の国々に知れ渡る、ってことだ。


 御使い様と何を約束したかを知っているのが皇帝だけであれば、後になって約束を守らなかったり、誤魔化されたりする恐れがある。

 しかし、国民全て、周辺国の全てがその内容を知っているとなると、その約束を破った場合、『帝国は御使い様との約束さえ平気で破る。ならば、他国との条約や協定も平気で破るに違いない』、『帝国とは、どのような約束をしても無意味』、『向こうが守る気皆無の条約を結んで、自分達だけが馬鹿正直に守るなど、愚の骨頂。馬鹿馬鹿しい』ということになって、国家としての信用が皆無となるだろう。


 いくら強気の帝国であっても、周辺国全てから完全に信用を失うのは困るだろう。

 あまり国際的な関係が思わしくなくても、商取引、つまり輸出入はやっているはずである。

 それらが途絶えるのは、さすがにマズいはず。

 そして帝国は、うちの国に侵攻した時と、ゲゲゲ姫の国に侵攻した時の、2度に渡って大被害を出している。財政的にも、人材的にも、かなりの痛手だったはずだ。

 ……特に、大量の熟練兵士を失った、という点において……。


 そう、わざと狙ったからね、指揮官、士官、下士官あたりの、軍を支える大事な人材を。

 農民達を掻き集めた、臨時の強制徴募兵ではなく、養成するのに長い年月と予算が必要な、士官や熟練兵士達を……。

 なので今の帝国は、かなり弱体化している。

 軍事力も、財政力も、国民の求心力も、……そして貴族や軍部の団結力も。


 当たり前だ。

 無謀な出兵と、二度に亘る大敗。

 健闘しての惜敗ならばともかく、あまりにも惨めな、一方的な敗北。

 無駄死に。犬死に。得られた領土も、奴隷も、財貨もなし。

 それで、大事な家族を失った国民が。

 大切な跡取り息子を失った貴族が。

 部下を失い、手足を失った軍人達が。

 皇帝に対して、変わらぬ忠誠を誓うかどうか……。

 そして今、三度目の完敗を喫し、チラシによって私から突き付けられた条件が……。


『暗殺未遂の被害者である9歳の少女の医療費と慰謝料、賠償金等、金貨300枚』

『御使いである姫巫女に対する慰謝料(神力の使用料含む)、金貨2000枚』

『暗殺未遂という大罪に対する処罰として、現皇帝は退位。後継者は現皇帝の直系卑属ではなく、傍系卑属、もしくは他の貴族家からの選出とする』


 うん、甘々だ。

 関係者一同の首を差し出せ、と言っても良かったんだけど、まあ、無駄な血を流すこともない。

 一時は『一族郎党、皆殺しだ~!!』とか言ってたけど、別に本気だったわけじゃ……、いや、あの時点では、頭に血が上って本気で口走っていたけど、冷静になったら、そこまでやるつもりじゃなかった。

 ……勿論、コレットちゃんに後遺症が残るとかいうことになっていれば、話は違う。

 その場合には、帝国は地図からその名を消していたと思う。……多分。


 そしてあまり大きな要求をしなかったのは、その要求に応えるための負担の行き先が、帝国の一般民衆だからだ。

 一度目の、うちの国への侵略はともかく、二度目のゲゲゲ姫の国への侵略は、『国の状況が悪化したから』だ。


 うちの国との戦いで多くの死者を出し、大量の戦費を費やした。

 お金も食料も、その他の物資も大量に……。

 そして、湧き上がる貴族や軍部、そして民衆からの不満。

 その窮状を何とかしようと、ヤケクソのような無茶な行動に出たのが、二度目の侵攻だ。

 軍部は戦わせておけば。貴族は戦利品として領土と奴隷と賠償金が手に入れば。そして一般民衆は『強い祖国』の姿を見せてやれば、満足する。

 そして再び賭けに負けて、更に状況は悪化した。

 そんな状態の帝国に過度の要求をすれば、下手をすると餓死者が出る。


 ……だから、『形のあるもの』として要求したのは、2300枚の金貨だけだ。

 これくらいなら、平民にとっては大金だけど、貴族や王族から見れば端金はしたがねだ。

 ここの金銭感覚では、日本での2億3000万円くらいにしかならない。

 金貨を、ドルを経由して日本円に換金すると6000万弱にしかならないけれど……。


 これくらいは貰わないと、大赤字だ。

 砲弾や爆弾の代金があるし、コレットちゃんの病院代が怖い。

 日本人旅行者が外国で盲腸になったり、早産で予定外の海外出産になったりした場合、請求額が500万だとか1000万だとかいうのは、よく聞く話だ。

 健康保険が完備されている日本とは違うのだ。だから、海外旅行の時には、その手の保険に入るのは必須事項だ。


 ……なので、コレットちゃんの病院代も、数百万から、下手をすると1000万超えになるかもしれない。

 すぐには退院できないだろうし、場合によっては再手術とかもあり得る。傷痕を小さくするための手術とかが可能であれば、勿論受けさせたいし……。

 とにかく、金貨2300枚というのは儲けなしの実費のみ、赤字スレスレというか、下手すると大幅な持ち出しになる可能性すらあるのだ。

 ウルフファングが他の傭兵団から仕入れるのに、こっちが急いでいるからと足元を見られてボられたかどうか。武器商人が不良在庫の一掃で値引いてくれたか、逆に吹っ掛けられたか。

 ……うん、事前に予算を提示しておかなかった、私が悪い。


 とにかく、帝国にとっては端金である金貨2300枚は問題ないだろう。

 あとは、皇帝とやらが地位にしがみつくかどうかだけど、本人の意志には拘らず、貴族やら傍系の皇族やらが引きずり下ろすだろう。

 そして後継者争いが勃発ぼっぱつして、上層部がボロボロになればいい。

 そのために、わざわざ『現皇帝の傍系卑属、もしくは他の貴族家からの選出とする』と書いたのだ。

 既定路線である『皇帝の息子』を対象外にして、対象となる者の範囲を広げる。

 現皇帝の甥や姪、その子供、そして上級貴族達。

 更に、後継者にはなれないけれど、現皇帝の子供達も何とか権力を握ろうとして暗躍するだろう。

 ……いや、御使い様との徹底抗戦を主張する可能性もあるな。直系卑属にとっては、それ以外に自分が皇帝になれる道はないのだから……。

 とにかく、当分は他国への侵略どころではなくなるだろう。


 ま、あとはチラシの文面への返事を待とう。楽しみに……。

 あ、勿論、海水を撒くのは中止。

 元々、本当に撒くつもりはなかったけどね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
相手にとっては端金だけどこちらは赤字になるかもしれない じゃあもっと吹っ掛ければいいのでは?ギリギリにしてやる理由がわからない
帝都の一般人「うほ~~また高級紙が降って来た~~集めてうるじぇ~~~」っとなったに違いない。
目論見通りにならなそうだけどご都合でその通りになるんだろうなースッキリ全くしない
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。