280 掃 除 3
深夜に、テレポート……じゃない、転移でやってきたのは、一番怪しい……というか、ここしかないと思われる犯人の最有力候補、競馬のオッズだと1.1、下手をすると1.0の元返しになりそうな超一番人気の大店、エノバ商会だ。
勿論、いきなり店内へ、とかではなく、最初は店の外へ。
深夜に、街灯もない街を出歩く者がいるはずもなく、誰かに見られる可能性はほぼゼロ。
もし見られたら、転移で即座に撤収すれば済むことだ。
そして、店に灯りがないのを確認して、昼間に客として入った店内へ連続転移。
高価な商品は店頭から引き揚げられており、夜間警備の者は倉庫や高額商品の保管場所、金庫室、そして商会主一家の寝所とかを警備しており、ここはノーマークの模様。
赤外線センサーやカメラ、警報器とかがあるわけでなし、店内に鳴子が仕掛けられたりもしていないだろう。
ま、もしもの時は緊急転移すれば、「チッ、ネズミか……」とかで済むだろう。
私がこんなに暢気に侵入できるのは、この、いつでも一瞬の内に自宅に戻れる、っていう安心感のおかげなんだよねぇ。
もしこの完全無欠の逃走方法がなかったら、敵地への侵入なんかできるはずがない。
私は転移能力以外は、この世界の子供以下の非力な女の子に過ぎないのだから……。
売り場で秘密の話をする馬鹿はいないだろうから、ここには録音器は仕掛けない。
そして、忍び足で奥へと進む。
勿論、ヘッドマウント式暗視スコープは装着済み。
服が普通の軍用迷彩服じゃないのは、ここが戦場や森の中じゃないから。
音を立てず、家具や調度品に引っ掛けたりすることなくスルリと忍び込むには、ごわついた服じゃなくて、スリムで身体にピッタリなレオタードの方がいいと思ったんだ。
私の身体は凹凸がないから、狭い隙間でも安心……、って、うるさいわっ!
私は、形から入るタイプなんだよ!
別に、猫目三姉妹をリスペクトしているわけじゃないよ。
色は、真っ黒だと却って目立つから、濃い土埃色のやつ。柿色とは違うよ。
それと、レオタード姿だと、ひと目でこっちが非武装だということと小娘だということが分かるから、もし見つかったとしても、いきなり問答無用で斬り掛かられることがないだろうという甘い期待もある。
向こうはなるべく捕らえて情報を吐かせたいだろうし、こっちは不意打ちの一撃さえ喰らわなければ逃げられる。
うん、ノーガード戦法は、私の安全に大きく寄与してくれると思うんだな。
まあ、見つかることはないだろうと思っているから、こんな恰好をしているんだけどね。
さすがに、人目に触れることが前提だと、この恰好はちょっと恥ずかしい。
地球でさえ恥ずかしいというのに、この世界だと、完全に痴女扱いだろうからなぁ、これじゃあ。
商談用の小部屋も、スルー。
こんなところで犯罪行為の打合せをするような馬鹿はいないだろうからね。
応接室……というか、上得意用の部屋か。ここに、録音器をひとつ設置。
超小型なので、テーブルの裏にでも貼り付けとくか。
内蔵マイク、全方位360度録音、って言うと聞こえがいいけど、単に無指向性なだけだよね。
設定は、音を感知した時だけ作動するように。
いや、録音可能時間的には作動しっ放しでも問題ないんだけど、それだと後で内容を確認するのが大変だからねぇ……。何せ、10個も持ってきたからね、録音器……。
今回は、録音がぶつ切りになると法廷での証拠能力が、なんて心配はないから、楽ちんなので行こう。
転移能力を利用すれば、金庫の中身も簡単に確保できるけれど、普通の悪事に関する書類……裏帳簿とか、偽造書類とか……はあっても、他の商店を襲うことに関する書類なんかあるはずがないから、今回はパス。
……うん、『今回は』、ね。
今回は、商品を壊されて駄目にされただけで、盗まれたわけじゃないから、倉庫を調べても無意味だし。
この国はヴァネル王国とは違い、うちの商品の流通ルートはラルシア貿易しかないから、他のルートで商品が流れればすぐにバレて、一発アウトだ。
周辺国に流そうにも、このあたりの国は全て、私の息が掛かった女性商会主のところの独占状態だから、他国からの持ち込みはすぐバレる。
それに、そもそも持ち込み時の税関でバレるだろう。
さすがに、いくら羽振りのいい商会であっても、他国の官憲や税務員全員を買収できるはずがない。
勿論、犯人もそれが分かっていたからこそ、商品を盗むのではなく破壊したんだろうけどね。
そして、脅しと警告のため、商会主であるラルシアを含む数名に暴行を加えた。従業員が怖がって次々と辞め、商売ができないようにするつもりだったのだろう。
警備員のおじさんを殺したのは、見せしめのためだったのか、若い女性をいたぶろうとして邪魔をされ、カッとなった実行犯の暴走だったのか……。
まぁ、どちらでも同じだ。
ナイフで滅多刺しにしておいて、『殺すつもりはなかった!』って言うのと同じだよね。
被害者のことを、プラナリアだとでも思っていたのか?
とにかく今回は、情報収集のみ。まだ、この商会が犯人だと確定したわけじゃないし。
確率は、たったの98パーセントくらいにしか過ぎないからね、うん。
あ、ここは応接室か。セット、セット……。
というわけで、10個全てを設置して、帰投。
簡単なお仕事だった。
* *
「じゃ、話を広めてね。さりげなく……」
「「「「「「はいっ!」」」」」」
翌日、ラルシア貿易のみんなに『私が店員や警備員達にやったこと』を自然に広めるよう頼んだ。
既に襲撃事件からかなり経っているから、今になって急に犯人達がこの件について相談をするとは思えない。なので、相談をするように仕向けてやるのである。
こちらに何か動きがあれば。しかも、それが自分達にとって都合が悪いことであれば。
……うん、仲間と相談するよねぇ……。
* *
三日後、録音器を回収。
店の前から、『録音器、ついて来い!』と言って地球に転移するだけの、簡単なお仕事だ。
次のを仕掛けないと録音が中断するけれど、別に構わない。今回の結果で、また設置するかどうかを考えればいい。
「……というわけで……」
「「私達に、三日分の録音内容を確認しろと?」」
そう、コレットちゃんとサビーネちゃんにバイトをお願いした。
10個かける三日分の録音内容確認は、面倒そうだったから。
音声入力がなくなれば、しばらく経つと録音が停止されるので、別に72時間かける10個で、720時間分を再生して確認しなきゃならないわけじゃないけど、……うん、まあ、面倒だわな。
「バイト代、払うって言ったでしょう? お願い!」
「……う~ん、もう……。しょうがないなぁ、ミツ太くんは……」
サビーネちゃんに、呆れたような顔をされた。
「〇〇えもんかっ!」
「ミツえもん?」
「越後のちりめん問屋の隠居かっ!!」
コレットちゃんのボケにも、ちゃんと突っ込みを返す。
……律儀だよね、私。
何しろ、新大陸の言葉が分かるうちの人材は、私の他にはこのふたりしかいないんだから、仕方ないよね。選択の余地がない、ってヤツだ。
ちなみに、バイト代はお金じゃない。
このふたりが、私からお金を受け取るはずがない。
……あ、コレットちゃんの給金は別ね。将来のための貯蓄と、実家への仕送りがあるから。
とにかく、こんな頼み事で私からお金を受け取るようなふたりじゃない。
コレットちゃんには『我が儘を1回通してもらえる券』、サビーネちゃんには『指定したミツハの母国の便利道具をひとつ貰える券』を毟られたけどね。
これが、後々、私に致命的なダメージを与えることがないよう、祈ろう……。
さすがに、キャンピングカーとか戦車とかは禁止だよ、サビーネちゃん!!




