279 掃 除 2
「この度は、誠にむにゃむにゃ……」
こういう時にははっきりと喋らず、後半を濁すのが礼儀らしい。……日本では。
しかし、本題はきちんと、はっきり喋った。
そう、亡くなった方が、女性を守るために如何に立派な振る舞いをしたかということを。
そして、ルビーのペンダントと金貨301枚、それと感謝状を渡した。
勿論、商品を守ろうとしたことに対してではなく、従業員の女性を護ろうとしたことに対しての感謝状だ。
50歳を過ぎ、子供達も皆結婚して独り立ちし、孫が生まれ、夫婦で幸せな老後生活を迎えようとした矢先に……。
これが、兵士なら、まあ仕方ないかもしれない。
同じ『死』であっても、そこには覚悟というものがあっただろうし、承知で選んだ職業だろうから。
自分が『戦い、相手を殺す職業』を選び戦場に赴いたなら、自分が殺されることにも納得しているはずだ。
なので、なるべく避けたいとは思うけれど、私は戦争で敵兵が死ぬことには、そう酷く葛藤することはない。味方の兵士や、自分の大事な人達を護るためなら仕方ないから。
そして、味方の兵士が死ぬことも、辛いけれど、まあ、戦争であればやむを得ない。
……でも、民間人は違う。
いくら警備員とはいっても、泥棒や侵入者を有無を言わさず殺すことはないだろうし、勿論、自分の死を覚悟して就く職業でもない。
ただの、普通の職業のひとつに過ぎないのだ。多少の危険はあるにしても……。
なので、理不尽な死を迎えることとなった勇者……、そう、自らの命を賭して女性を守り抜いたなら、それは立派な勇者以外の、何者でもない……と、残された人のために、出来る限りのことをする。金銭的にも、……精神的にも。
だから、ラルシア貿易からとヤマノ子爵領からの感謝状、そしてルビーと金貨を渡した。
亡くなった人の、栄誉のために。
遺族の誇りのために。
遺族が生活に困らないように。
……そして、残された者の心の安寧のために……。
だから私は、この言葉を紡ぐ。
「実は、こんな話を聞いたことがあります。
世の中には、お金で、晴らせぬ恨みを晴らし、許せぬ悪を討ってくれる者達がいる、と……。
何でも、今は特別キャンペーン実施中とかで、今週いっぱいまでは割引価格、金貨1枚で引き受けてくれるとか……」
それまでは悲しみに沈んでいた奥さんの眼が、ぎらりと光った。
そして、理解したようである。
……なぜ、弔慰金が金貨301枚などという半端な額なのかを。
そして、そっと革袋に手を入れて、1枚の金貨を摘まみ出した。
それを、私の方へすっと差し出して……。
「よろしくお願いいたします……」
うん。
奴らの運命は、とっくに決まってた。
でも、これでこの人は『自分が、夫の仇を討った』と思い、怨みと憎しみに凝り固まった人生ではなく、夫の死を悼みながらも子供や孫達と共に心穏やかな人生を送れるようになるかもしれない。
……そう、『かもしれない』だ。
人間、そう簡単に割り切れるものじゃない。
それでも、ほんの少しでも心の平安に役立つならば……。
お金さえあれば心が癒えるというわけじゃない。
それは、家族を一度になくした私が、一番よく知ってるよ。
* *
ラルシア貿易に戻り、亡くなった警備員の奥さんに会ってきたことを告げると……。
「ばっ! 宝石と金貨301枚って、何考えてるんですか! ……って、あわわ、すみませんっっ!!」
ラルシアが、私との力関係も忘れて怒鳴りつけてきた。
……まあ、馬鹿なことをした私に対して『叱ってくれた』のだから、別に怒ったりはしない。ありがたいことだと、感謝すべきだろう。
「しかし、こんなことで従業員や警備員に宝石やら金貨やらをバラ撒いていては、商売になりませんよ! 荷馬車が襲われて全滅でもすれば、いったいどれだけのお金が要ると……。
それに……」
うん、ラルシアが言い淀んだことくらい、分かっている。
「自演で、わざと襲わせる者が出る、と?」
「え? 分かっていて……」
馬鹿じゃないんだ、それくらい分かってる。
「見舞金は、今回だけだよ。うちの『女性事業主国際ネットワーク』の加盟店に手を出しても、店は潰れないし輸入ルートも利権も一切手に入らない。そして従業員は誰も辞めないし、裏切らない。
他の警備員も、亡くなった人と遺族が大事にされたと知れば、うちを辞めないでしょ。
それを見せつけるためのパフォーマンスであり、初回特典だよ。だから、今回だけ。
まあ、ラルシア貿易に手を出した者の末路を知れば、少なくともこの国じゃ、二度目はないと思うけどね」
「…………」
呆れたような顔のラルシアだけど、すぐに立ち直った。ま、私が選んだ人材だからね。
「……で、その、『末路』というのは……」
「うん、ちょっと見てもらおうかと思って。友を傷付けられ、そして関係者を殺された時の、ヤマノ一族の怒り、ってやつを……」
* *
ここは、日本じゃない。
地球でもない。
だから、守るべきルールはここのルール。
そして、私自身が決めた、自分のルール。
相手がルールを守らないなら。
バレなければいい、という自分のルールに従うなら。
……私も、そっちのルールに合わせてあげる。
文句はないはずだ。
ま、いくら私でも、ただ疑わしいというだけで、証拠もないのにいきなり殴り込んだりはしない。
あのレフィリア貿易の時も、倉庫でうちの商品を発見するまでは手出ししていなかったんだからね。
なので今回も、いくら疑わしくても、すぐに攻勢に出たりはしない。
確かに、執拗に仕入れルートを要求してきたり、ラルシアに自分のところの手代と婚約するようゴリ押ししてきたり、事件の後にラルシア貿易の従業員に引き抜きをかけてきたりしたのはひとつの商会だけらしいけれど、それに準じたことをしてきたところは他にもいくつかあったそうだからねえ。
とにかく、証拠が必要だ。
別に、法廷で効力がある証拠が要るというわけじゃない。
ただ、私が犯人を特定できれば、それでいい。
裁くのは、犯人の息が掛かった官憲や貴族達じゃない。
……裁くのは、私だ。
というわけで、行ってみよ~!
夜間迷彩レオタード、ヨシ!
ヘッドマウント式暗視スコープ、ヨシ!
超小型ICボイスレコーダー、ヨシ!
400時間連続録音可能、音声検知自動録音機能付き、待機時間300日という凄いヤツが、何と5000円もしないのだ。一応、10個ほど買っておいた。
盗聴器はバッテリーが早くなくなるし、近くでずっと傍受してなきゃならないし、一度にたくさんをフォローするのは難しいから、録音器、一択。
盗聴器は、コンセントに仕込んだりして半永久的な電源を確保できる場合とかはいいけれど……、って、そんなのはどうでもいいか。お兄ちゃんがいなくなってから、RLも読んでないし……。
とにかく、今回は盗聴器ではなく、録音器の出番だ。
もし見つかっても、ここの人達にはそれが何かは分からないだろうし、発見されようがされまいが、回収は私が商店の近くへ行って一緒に転移すれば済むことだ。
だから、設置する時はちゃんと御訪問しなきゃならないけれど、回収の時は忍び込む必要はない。
……では、そろそろ行きますか……。
みつは、テレポテーション!




