269 帝国の興亡 5
「じゃあ、作戦室には常時人を置いておいてね」
「うん、分かった!」
いつレミア王女から連絡が来るか分からないから、常に無線機の前に人を待機させておくようサビーネちゃんにお願いした。
いくら幼いとはいえ、女の子の部屋に男を常駐させるわけにはいかないだろうから、兵士ではなくメイドさんが交代で待機するのだろうけど……。
「サビーネちゃん、『平民など犬と同じ。だから着替えや寝顔を平民の男性に見られても、気にもしない』ってことは……」
「ないよっ! 姉様、私をいったい何だと思ってるのよ!!」
……あ、やっぱりなかったか……。
ぷんぷん怒るサビーネちゃんを適当に宥めて、撤収。
いや、あまり本気で謝ると、また『お詫びの品を要求する!』とか言い出すからね。
お菓子とか普通のモノならいいけれど、サビーネちゃんが要求する『お詫びの品』というのは、普通じゃ私が渡そうとはしないモノ、そう、無線機とか自転車とか、ああいうレベルのものだからねぇ。あまり隙を見せるわけにはいかないんだ。
そろそろ隊長さん達やヘリチームの皆さんとも作戦についての打合せをしなきゃならないから、忙しくなってくる。
これから先は、充分な準備、正確な情報、迅速な行動が全てを決める。
いくら相手の武器が剣や槍、弓矢であっても。そしてこちらの武器が自動小銃や機関銃であっても。こちら側にひとりの死者も怪我人も出ないなどという保証はない。
いくら強力な武器を持っていても、数百本の矢が飛んで来れば、何本かは刺さるだろう。
油断して接近し過ぎれば、ヘリの致命的な部分に矢や投槍が当たる可能性もある。繊細なターボシャフトエンジンにそんな大きな異物を突っ込まれれば、大事だ。
* *
「では、出撃します!」
レミア王女から刻々と連絡が入り続け、帝国軍が国境を越える日時がほぼ確定。
そしていよいよ、隊長さんを含めたウルフファング6名、ヘリ2機にそれぞれ操縦士を含めて7名ずつの乗員、そして私の、総員21名の出撃の日が来た。
ヘリは一旦ウルフファングの本拠地に着陸している。
空中で2機一緒に転移させることもできるけれど、余計な危険は冒すべきじゃないからね。
ヘリの操縦士は転移は初めてだし、私が同乗していない状態で、何かあると大変だからねぇ。
既に、綿密な打合せは終わっている。
帝国軍は昨日の朝国境を越え、レミア王女の国、ダリスソン王国へ侵入している。
これで、ダリスソン王国は『宣戦布告をすることなく奇襲された、被害国』として、錦の御旗を手に入れた。そして、戦場となるのはダリスソン王国の領地だ。
なので、いくら敵を攻撃しようが、そしてそれがどんなに常軌を逸したものであろうが、国際的に問題となることはない。
その代償として、敵の進軍経路上の村が略奪され、戦場となる土地が荒廃するが、それは『戦争』というゲームに必要な賭け金であり、必要経費なのだ。
賭け金。
莫大な経費も、国土の荒廃も、人々の命も。
敵国に一歩攻め入って戦えば、自国の国土荒廃は免れる。
しかし、国際的世論に鑑みて、敢えて自国の領土内で戦う。大勢の農民達が、全てを失うのを承知で。
勿論、敵の進路上の村は、全ての村人を避難させ、食料や金目のものは全て回収してある。少量の毒入りの食料を除いて……。
勿論、ブービートラップてんこ盛りである。
ウルフファングは、既に先発している。
地上部隊と航空部隊が同時に出発するわけがない。
彼らは今頃、迫撃砲の設置を終えているはずだ。
今、ここにいるのは2機のヘリと14人の傭兵、そして私。
傭兵の中に、かなり稀なはずの女性戦闘員が3人も含まれているのは、なぜなのか。
絶対連れて行けと駄々をこねられて、抗しきれなかったのか。
それとも、万一の場合を考えて、職場恋愛の恋人か配偶者でも連れて行くのか。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
傭兵は、ただ、報酬分の働きさえしてくれれば……、って、今回はこっちが『参加費分の満足感』を提供しなきゃならない側だった!
転移先は、ダリスソン王国王宮の中庭。
レミア王女からの、『神兵様の出撃は、派手に、王宮から!』というリクエストにお応えしたわけだ。
まあ、事情は分かる。
国王代理としては、士気の高揚、国民の人気取り等、色々と都合があるのだろう。
為政者はつらいよ、というヤツだ。
そして、私は片方のヘリに乗り込んだ。ローターは、既に回転している。
今から出撃すれば、会敵するのは敵が夜営の準備を終えた頃になるはずだ。
よし、転移!
「アピア!」
そして、王宮の中庭に出現。
「「「「「「うわああああああぁ~~!!」」」」」」
「何じゃ、こりゃあああ!!」
レミア王女のヤツ、王宮内に一般市民を入れてやがる!
中庭に神兵を転移させてそのまますぐに出撃するから、対応は不要、中庭には誰も立ち入らせずに空けておくように、と言っておいたのに、宣伝効果を狙ったのか、王宮の一部を市民に開放しやがった……。
さすがに中庭には誰も立ち入らせていないようだけど……。
転移地点に人がいたら、事故になるかもしれないんだからね。
転移による事故……人間の身体が重なったりしたら、怖いわ!
まあ、身体が合わさったり、原子が同一空間で重なって大爆発、とかいう心配がないのは、あの精神生命体が私の頭に押し込んでくれた知識によって分かっているけど……。
でも、ヘリのローターが回っているというのに、驚いた兵士や傭兵とかが『おのれ化け物!』とか言って剣を大きく振りかぶったり、逆に神兵の降臨に歓喜して腕を高々と掲げたりバンザイしたら、……何か、悲しい出来事が起こったりするかもしれないでしょ。
……まぁいいか。少なくとも、レミア王女は私からの指示を破ったわけじゃない。
ちらりと王宮の人達らしき集団がいる方へと目をやると、レミア王女が手を振っていた。
よし、行くか!
もう一機の方にも伝わるよう、無線機のセレクターをUHFにして、マイクに向かって叫んだ。
「『首狩り作戦』、発動! 両機、発進!!」
いくら戦争とはいえ、無意味に被害を増やすべきじゃない。味方は勿論、敵の方にも。
戦争と、そしてその手段を選んだ上層部は『悪』かもしれないけれど、戦場に駆り出される兵士達は、別に悪い人達じゃない。
そりゃ、自衛のためには戦わざるを得ないけれど、敢えて大勢を殺す必要はない。さっさと戦いを終わらせるに越したことはないでしょ。
……早く敵に撤退させるには、二通りのやり方がある。
司令部を残しておいて、さっさと撤退を決断させて命令させる方法と、司令部を潰して、大混乱になった兵士達が潰走するように仕向ける方法だ。
……そして今回は、後者を狙う。
後がない戦いを命じられた指揮官が、そう簡単に撤退命令なんか出すはずがない。
そんなことをすれば、帰国後に、間違いなく縛り首だ。
ここは、如何なる被害を出そうが構わず攻め続け、王都に雪崩れ込むことしか考えていないだろうからね。
たとえ兵の9割が死のうが、残り1割が王都を押さえれば勝ち。これは、そういう戦いなんだ。
だから、最も双方の被害を少なくする方法は、初っ端で敵の司令部を潰して、以後の戦いをすることなく潰走させることだろう。戦わずに逃げてくれれば、敵味方、どちらも死ななくて済む。
なので、指揮官、次席指揮官、参謀、幕僚、その他諸々を一瞬のうちに潰して、誰がその時点で指揮権を継承しているのかすら分からない混沌状況を作り出す。
いくら戦力があろうと、指示や命令を出す者がいない軍隊など、赤子も同然だ。
地上戦力で敵の司令部を潰すのは、大変だ。
まず、位置が分からないし、敵の猛攻の中、そこまで攻め込むのは大変すぎる。
……というか、そこまで攻め込めたなら、普通に勝っている。敵味方双方に甚大な被害をもたらした結果として。
それでは、意味がない。
しかし、もし、空中からであれば?
上空から俯瞰すれば、敵の戦力配置も、司令部の位置も一目瞭然、丸分かりである。
そして、敵の司令部に爆弾、銃弾が雨あられと降りそそぐ。
敵の対空兵装? 弓矢か投槍くらいかな?
……うん、殆ど交戦することなく、敵の首脳陣が全滅だ……。




