262 学 者 1
あの後、若干様子がおかしいものの何とか正常に戻ったシルアを主役として、シルアの生まれて初めての誕生パーティーは無事終了した。
アデレートちゃんやベアトリスちゃんのに較べれば、数万分の一の予算だったけどね。
あ、プレゼント代は除いて、だけど。
でも、おそらく『喜んでくれた度』は、あのふたりには決して負けないものだったと思う。
……何しろ、あのシルアが、はっきりと表情に出していたのだから。嬉しさ、喜び、そして感謝の念と、幸せそうな様子を……。
パーティーが終わって、私は引き揚げたけれど、あのふたりはあそこが『自宅』だし、明日は休業日だ。多分、気を遣わなきゃならない雇い主が帰った後、自分達だけでお祝いをやり直していることだろう。
上司はさっさと消えて、若い者同士で楽しませてやる。それが、上に立つ者の気遣いというものだ。
……伊達にサラリーマン小説は読んでないよ。OL4コマ漫画とかも。
それはまぁ、置いといて……。
明日は、ある人と会うことになっている。
勿論、既にアポは取ってある。
今日は『雑貨屋ミツハ』ではなく、日本の自宅でぐっすりと寝るか……。
『雑貨屋ミツハ』に戻ると、サビーネちゃんが待ち構えていてなかなか眠らせてもらえない、という可能性があるから、ここは安全策を取ろう。
サビーネちゃんに鍵を渡したの、失敗だったかなぁ……。
* *
ここは、とある国のとある街にある、ちょっと、いや、かなり高級なカフェ。
あ、地球の、ね。
そしてその個室にいるのは、私と、お招きしたひとりのお年寄り。
別のところ……いつも航空偵察をお願いしている国の、首都……で待ち合わせてからここへ移動したので、盗聴器が仕掛けられていたり、店員の中に間諜が紛れ込んでいたり、という心配はない。
移動の途中で『連続転移』して他国の街に来たから、相手に尾行が付いていたとしても完全に振り切れただろうし。
……もしそれで付いてきていたら、怖いわっ!
そして、相手は私のそれくらいの能力は知っているので、今更隠す必要もない。
使用言語が違う国に来たから、店の人達には私達が会話する言葉は理解できないだろうから、そのあたりも安心だ。たまたまここの従業員が、とある国の言語に堪能だった、なんて偶然でもない限りね。
「本日は、わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
うん、私は地球上ならばどこへ行くのも一瞬だから、わざわざ時間と交通費を掛けて来てもらった相手には、感謝してる。
途中で事故に遭う可能性もあるのだから、それだけのデメリットがあるにも拘わらず私に会うために来てもらえたということは、本当に心から感謝するに値する。それも、高名な学者先生の、高齢のため残り少ない貴重な時間を使って……。
「いやいや、礼を言うのは儂の方じゃ。異界の王姉殿下であられるナノハ子爵閣下に単独でお会いいただけるなど、研究者として、何たる光栄、何たる僥倖であることか……。
ささ、時間が惜しい、早く本題を!」
かなりの年配者で、知識豊富な人物なんだろうけど、研究馬鹿であまりマナーとかは気にしない人なのか、それともそんなつまらないことに費やす時間があればその分質問に回した方が100倍マシだとでも考えているのか、一応丁寧な言葉遣いではあるものの、基本的には自分中心のゴリ押しで会話を進めるお爺さん。……一人称が『儂』だし……。
でも、まぁ、私は別にそんなことは気にしない。研究者っていうのは、そういうものだろうからね。……そして、男の人は、いくつになっても、みんな『子供』だからねぇ……。
そう、別に私が女性だからとか、子供だからといって軽く見ているわけじゃないだろう。自分の夢を追いかけるのに夢中になっている『男の子』ってのは、みんな、こういうもんだよねぇ。
「では、お言葉に甘えまして、早速、本題に。
それと、時間の節約と意思疎通の確実性を優先するため、互いに敬語やら回りくどい言い回しやらは省略して、タメ口……、『対等な立場としての、フランクな喋り方』で行きたいと思うのですが……」
「望むところじゃ! では、まずは儂と話をしたいと思った理由から聞かせてもらおうか!」
「分かりました」
うん、いくら『タメ口』とは言っても、そんなに無礼な喋り方はしないよ。年配者への敬意は忘れない。ただ、あまり敬語やら丁寧な喋り方をするのは面倒だから、一応の『押さえ』というか、安全策として、ああ言っただけだ。
お年寄りの高名な学者先生と話したことなんかないから、ついうっかりと失礼な物言いをしてしまうかもしれないからねぇ。向こうは、部下とか弟子とか学生とか、そういう自分より遥かに下位の連中とばかり顔を合わせているだろうから、私の見た目と年齢、そしてあまりの物知らず振りに、怒らせてしまう確率がかなり高いと思って、危惧したってわけだ。
いや、私が多少失言したところで、立場上、怒り出すことはないだろうとは思うけれど、私は別に相手を傷付けたり不愉快にさせたりしたいわけじゃない。
互いに仲良く、良い関係を構築するに越したことはないだろう。
そういうわけで、お話、開始!
* *
「うむむ、また、答えにくいことを……」
私の質問に、困ったような顔をする学者先生。
うん、『私が提供している生物や植物、鉱物とかは、どれくらいの価値があるのか。金銭的に、学術的に、そして政治的に』と質問したところ、こうなった。
「提供されたものから何が発見されるか、見当もつかんからなぁ……。下手をすると、新素材、新薬、新たなゲノム、その他、とんでもないものが発見される可能性もある。
オークションにでも出せば、それこそ天井知らず、値の付けようもないじゃろう。
そして、その方面の研究者であれば、それを手に入れるためなら20~30人くらい殺すことなど、躊躇いもせんじゃろうな……」
「怖いわっ!」
あ~、イリス様が言ってた、あの『真珠のネックレスをオークションに出した場合』というのと、同じだ。
「勿論、すぐにカネに繋がるとは限らんが、将来的に大きな利益をもたらす可能性は大きい。そして学術的な価値は非常に大きく、またこれらを独占的に手にした場合の優位性は大きい。
もし画期的な発見が成された場合、どうなると思う?
王姉殿下からの『研究成果の独占は認めない』との指示は守るとしても、その研究の最先端を独走できるということ、特許やら何やらで技術と利権を囲い込めること等、宝の山そのものじゃ。
そして、現在最も研究が進んでおるドラゴン関連では、既に数々の発見が成されておる。
多くの国に分け与えられたドラゴンの素材と違い、一品モノ、つまり自分達だけが得られた異世界の素材というものに、どれだけの価値があると思うかの?」
あ~……。
毎回異世界の生物や植物とかをお礼に渡しているの、やり過ぎだったか……。
いや、勿論ワンフライトごとじゃなく、頼み事1件につき、だけどね。
「そして、空軍と海軍は写真くらいしか成果がなかったのに、陸軍のヘリでは動物、植物、鉱石、土と、貴重なサンプルが得られた上、『異世界の地に立った』という栄誉が得られて、搭乗員達は全員勲章を貰ったらしい。……次は、空軍と海軍にも配慮してやってはくれぬか……」
え~……。
でも、まぁ、あまり差が出るのは良くないか、確かに……、って、ちょっと待て!
「土? そんなの採取して……」
「いや、皆、わざとらしく転んだり柔らかい土や泥にうっかり足を取られたりしておったじゃろう?」
「あ……」
やられたああああぁ~~!!
くそっ、植物や鉱石を隠し持っていないかはちゃんと確認したし、そういうのは転移の対象外にしていたけれど、服の汚れや靴に付いた泥とかは気にしていなかった!
いや、勿論虫や細菌、ウィルスとかは除外したけれど、衣服の汚れ取りのサービスまでやるつもりはなかったから……。
うおおおおおぉ~~!!
頭を抱えて悔しがる私を、学者先生は笑いながら見ていた……。




