261 誕生日 11
現地時間、2000。
ギャラリーカフェ『Gold coin』の、夜の部閉店時間だ。
まぁ、閉店時間丁度に客を追い出すわけにはいかないから、少し延びるだろうけど……。
あと、掃除や片付けとかも。
世の中には、閉店時間になってもなかなか帰ろうとしないクソ客もいるけれど、どうやらここの客は常識のある人達が多いらしく、閉店時間になれば概ね10分以内には帰ってくれるらしい。
何でも、『客が居残れば、それだけルディナちゃんやシルアちゃんの危険が増す』ということで、常連さん達が居残り客をなくすよう啓蒙してくれているとか……。
ありがたいねぇ……。
ふたりはここに住んでいるから、夜遅くに女の子がひとりで帰宅、ということはないんだけど、店を閉める時間が遅くなればなるほど、それだけ強盗に襲われる確率が上昇する。
最後のお客さんが帰ってから片付けや掃除をするから、店内が店の者だけになるその作業の時間が遅い時間帯になるほど危険度が増す、ってことだ。
それが終われば、シャッターを降ろし、凶悪な防犯装置の数々をセットして店舗部分の電気を消すから、いきなり押し込み強盗の被害に遭うということはない。
暗闇の中、1階の店内、そして階段を防犯装置に引っ掛かることなくクリアして2階へ上がることは、不可能だからね。
ここは警察署が近いけれど……そういう立地条件の物件を選んだから……、それで危険が全くなくなるというわけじゃないからね。
国が手を回して陰から護衛してくれているんじゃないかと思わないでもないけど、別に頼んだわけじゃないから、本当に護衛がいるのかどうかは分からない。なので、『いる』と仮定して安心するような馬鹿じゃない。
ま、いい常連さん達に恵まれたとして、感謝しておこう。
そのうち、お客さん感謝デーとか、回数券、割引クーポン、ポイントカードとかを考えてもいいかな。
でも、開店一周年パーティーに招待するとか、そういうのは駄目だ。
一部のお客さん、特定の常連さんだけを特別扱いするのは、客商売をする者にとっては自殺行為だからね。
特別扱いされた者は、調子に乗って、我が物顔で振る舞うようになる。勝手にカウンター内に入って手伝おうとしたり、店の者のような態度で他の客に指示を出したりと。
そして勿論、特別扱いされなかった者にとっては、面白かろうはずもない。
しかも、従業員が少女ふたりだ。絶対、勘違いしたりおかしなことを考える者が現れる。
……うん、客と店員の一線は、決して越えさせちゃ駄目だ。
ルディナとシルアには、店の片付けを全て終えてから来るようにと言ってある。
そして明日は定休日だから、仕込みの必要はない。なのでいつもより早く終わるはずだ。
さて、ふたりが2階に上がってくるまで、もう少しかかるか……。
* *
コンコン
来た来た。
「入って!」
がちゃり、とドアノブを回して部屋へ一歩踏み込んだルディナと、その後ろに立っているシルア。
パンパン、パ~ン!
「きゃっ!」
私が鳴らしたクラッカーの音に、驚いて固まるルディナと、反射的に軽く腰を落としてスカートの中に右手を入れて、……私の顔を見て、ゆっくりと『何も持っていない右手』をスカートから出したシルア。
……いや。
いやいやいやいやいやいやいやいやいや!
今、何をしようと……、ううん、スカートの中から、『何を取り出そうとした』のかな、この子……。
今、スカートの中へ差し入れた、右手。
そこって、私がワルサーPPSを装備してる場所と同じだよね?
そして、きっちりと私とシルアの間にルディナが挟まるような位置に……。
……怖いわっ!!
「あ、あああ、あの、た、たたた、誕生日! きょ、今日は、シルアの誕生日だから、お祝いを、と思って……」
そう、私は雇用主だ。だから当然、従業員の身上調書を持っている。だから、ふたりの誕生日も分かるというわけだ。
まぁ、ふたりとも『本当の誕生日は不明』とのことだけど、それぞれ、孤児院に入った日とか、拾われた日とかを誕生日ということにしているらしい。
年齢も、本当は不詳らしいけれど、幼児の年齢なんかそう大きく外すことはないだろうから、せいぜい1歳かそこら前後するくらいだろう。大した問題じゃない。
とにかく、本当のところはどうあれ、ここ、ギャラリーカフェ『Gold coin』においては、今日がシルアの18歳の誕生日だ。
……って、あれ?
シルアが固まって、動かないぞ……。
* *
「……誕生日?」
シルアのぽかんとしたアホ面は、珍しい。
というか、初めて見たよ。
でも、まさか『誕生日』という言葉を知らないわけじゃないだろう。仮にも、17歳、……あ、いや、18歳なんだから……。
「誕生日…………」
テーブルの上に並べられた料理やケーキ、飲み物……1リットル入り紙パック98円の、私がいつも買ってるやつではなく、何と198円もする贅沢品……を呆然とした顔で見詰めながら、同じ言葉を繰り返すだけのシルア。
……え?
いや、大丈夫なのか、コレ……。
「…………」
ルディナに手を引かれ、魂が抜けたような状態のまま席に着いたシルア。
……重症だ。
何だよ、この状況……。
* *
「あ~、『誕生パーティー』なんか、生まれて初めてだと? 自分のはおろか、誰かのに招かれたこともなかった、と? そして、そんなリア充イベントは自分には一生縁のない、まるで王宮の舞踏会に招かれるのに匹敵するような夢物語だと思っていた、と……」
まだ様子がおかしいシルアが、こくこくと頷いた。
「ルディナは?」
「あ、私は、一応孤児院で……。誕生日が同じ月の者みんなが一緒で、夕食の品数が一品多い程度でしたけど、お祝いの歌とか、手作りの人形を貰ったり……」
ああ、孤児院は、そういうのはちゃんとやりそうだよねぇ。数少ない楽しみやイベントは、子供のためには絶対に疎かにしちゃ駄目だものね。
そういうわけで、『Gold coin』では、こういうイベントは決してスルーしないのだ。
……この国では、15歳になれば成人扱いだけどね。
ま、そんなことは関係ない。
ちゃんとプレゼントも用意してある。
今日は、シルアに楽しんでもらおう。……正気に戻ったらね。
あ、シルアは18歳になったけど、この3人の中で最年長は、19歳の私だよ。
誰が見ても、私が最年少に見えるだろうけどね。
……どこを見てそう判断するか?
うるさいわっっ!!




