251 誕生日 1
「ミツハ、準備の方は大丈夫?」
「え、何の準備?」
領地邸に戻ったら、『ベアトリス商会』のお仕事に来ていたベアトリスちゃんが、何やらよく分からないことを言ってきた。
「何言ってるのよ! 私の15歳の誕生パーティー、社交界デビューのお披露目である、デビュタント・ボールの準備に決まってるでしょっ!」
「……え? えええ? えええええええええ~~っっ!!」
ま、まさか……。
「もうすぐ、私の誕生日よ。別にデビュタント・ボールは絶対に誕生日当日にやるってわけじゃないけど、15歳の誕生日を迎えたら、可及的速やかに実施する、っていうのが常識でしょうが!
確か、『電飾行進』、『出店』、そして『はなび』とかいうのを見せてくれるって言ってたよね! お料理も、アデレートちゃんの時より美味しいのじゃなきゃ、許さないわよ!!」
あああああああ!
忘れてくれることを期待していたのに、あの、ライナー子爵家のアデレートちゃんのデビュタント・ボールを仕切った後にやむなくベアトリスちゃんに約束させられた件、そんなに正確に覚えていたとは……。
初めて会った時、ベアトリスちゃんは13歳だった。
あれから2年も経っていないけれど、誕生日の関係で、もうすぐ15歳になるのか……。
ヴァネル王国と違って、この国では未成年者の誕生日はあまり派手にお祝いしないから、ベアトリスちゃんがいつの間にか14歳になっていたことは知っているけれど、誕生日がいつだったかは知らなかったんだよねぇ……。
いくら未成年者の誕生日は家族と使用人達だけで祝うとはいえ、私が近くにいたならばおそらく招かれただろうと思うから、私とボーゼス伯爵家一同が互いに王都と領地で離れていた時にベアトリスちゃんの誕生日があったのだろう。……まだ、伯爵様に私の『渡り』の秘術が実は大した負担なしで使えるということを教える前に……。
ううむ、どうすれば……。
こりゃ、領地のことをやる前に、いや、それと併行して、急いで準備をしなきゃなんないか……。
デビュタント・ボールなのだから、当然、場所はボーゼス伯爵家王都邸になる。大勢の招待客を招いてのお披露目なのだから、田舎の領地でやるはずがない。
ならば……。
料理、ヨシ!
アデレートちゃんのところの、マルセルさん以下、料理人一同を借り受けられるだろうから、かなり楽になるだろう。
……私が土下座してお願いすれば、よもや断られるようなことはあるまい。
出店、ヨシ!
料理人や他の使用人達に一種類ずつの屋台料理を教え込むくらいのことは、そう大したことじゃない。
そもそも、屋台料理はかなり簡単なものか、事前に下準備の大半を終えているものばかりだ。
別に、何でもできる一人前の料理人を養成しようってわけじゃない。ひとり一種類だけでいいんだ。イカ焼きだけができる者、タコ焼きだけができる者、リンゴ飴だけが作れる者、綿アメだけが作れる者……。
うん、ハードルはかなり低そうだ。
綿アメなんか、電源を用意しておけば、100円玉を入れれば自動的に一定量のザラメが注がれて作動、自分で割り箸を使って巻き取るという機械があるから、それをレンタルしてもいいし。
アイスクリーム屋なんか、保冷容器から、あの、掬うやつ……アイスクリームディッシャーとかいうの……で、コーンカップに入れるだけだ。剥離用の握り部分をギッチギッチ、ってやって。
タコ焼きは、何度も自分で作ったことがある。……タコはうちの冷蔵庫の常備品じゃなかったから、タコの代わりにチクワを入れて、おやつ代わりにひとりで作って食べたりしてた。
屋台を作る必要はないな。簡単に、仮設の出店を組めばいいだけだ。
どうせ一日限り、いや、数時間限りなんだから、移動能力なんか必要ない。商品を引き渡すための窓口っぽいのがあれば、調理は後ろの方でやればいいんだから、強度とかも大して必要ない。
うむ、問題なし!
電飾行進。
うっ……。
着ぐるみレンタル、数千円から1万円台で借りられるのか……。
行進なら、20セットくらい必要かな? ま、経費は伯爵様に請求するから問題ないか。
この国の貴族がパーティーにかける費用からすれば、微々たる金額だ。
……でも、問題は山車だよなぁ。電飾でギンギンギラギラしたやつ。あんなの、いくらかかるんだよ……。
多分、新造とかだと、数百万くらいはするんだろうなぁ……。しかも、納期はかなり遅くなるだろうな、ああいう特殊なものの受注生産だと。
おそらく、今から発注したんじゃ間に合わないだろう。
花火。
あああああああ!!
玩具屋やコンビニで売ってるような、手で持ってやるやつとか、線香花火やヘビ花火とかじゃ、許してくれないよねぇ、ベアトリスちゃん……。
本格的なやつだと、何百万もかかるんじゃあ……。
いや、それは経費として伯爵様が払ってくれるとしても、セッティングや打ち上げ、どーすんだよ! そんなの、素人にできるわけがないよ……。
火薬取り扱いの資格とか、花火を打ち上げるための役所への届けとか許可とかの問題は『日本の法が届かない場所』だから問題ないけど、ど素人に本格的な花火を売ってくれるはずがない。大量の火薬を使った、ちょっとミスっただけで大爆発の死亡事故、っていう超危険物なんだから。
それに、そもそも、打ち上げを制御する電子システムなんか、そこらの電器店で買えるわけもない。私ひとりでどうこうできるような問題じゃないよ!
どうしよう……。
「どうかしたの?」
「い、イエ、ナンデモアリマセン……」
ヤバい。
やばたにえん……。
* *
「え? 花火の打ち上げを依頼したい?」
「はい!」
ここは、日本の某市。花火屋……煙火業者がたくさん集まっている街である。
煙火業者には、製造と打ち上げを行う『花火師』、製造された花火を購入し、自分達は企画と打ち上げのみを行う『花火屋(打ち上げ屋)』、そしてそれら全てを行うところ等、色々なところがある。
……そしてここは、その中の製造と打ち上げ、つまり現場仕事を行う、小さな会社である。
従業員数が少なく、全員が特殊な専門技術を持ち、ひとりの些細なミスが皆の命に関わるという、互いの技術を信じ合っていなければとてもやっていけない職場。
そんなところにいるのは、技術馬鹿だけである。
……そう、『信じてもいい連中』だということだ。
だから、大きなところではなく、小さなところを選んだ。
秘密を守るには、きちんとした会社組織になっているところでは問題がある。
そういったところでは、どうしても上司に報告しなきゃならないし、現場が勝手なことをすることは許されないからね。
いや、別にそれが悪いというわけじゃない。大きな組織はそうでなきゃならない。当たり前のことだ。……ただ、それが私にとっては『少々、都合が悪い』というだけのことだ。
なので、ここを選んだ。
アポ無しでの飛び込み客である私に、少し疲れたような顔で、それでも精一杯の誠意を込めて対応してくれている、社長……経営者……工房主……のおじさんは、さすがに驚いたのか、口を半開きにして固まっている。
いや、花火師のところに来た客が花火の打ち上げを依頼するのって、当たり前だよね? 花火師のところに来てラーメンの出前を頼まれたなら、驚いてもいいと思うけど。
……いい。言わなくても分かってる! どうせ、私が中学生か高校生だとでも思っているんだろう。
「……あ、ああ、すまんすまん。夏の超繁忙殺人スケジュールが終わって、この時期は心が弛緩しちまって、ぼーっとなっちまうんだよ。毎年のこった。
で、何かい? 御両親の結婚記念日にサプライズ花火でも企画しようってぇのか?
まぁ、安い3号玉なら一発4000円、プラス人件費と設備費だ。兄弟みんなでアルバイトでもして20万くらい用意できれば、3号玉と4号玉で60発くらい打ち上げてやんぞ。シーズンオフで暇だから、役所の手続きはサービスしてやんよ。
一応、最低10万あれば受けてやれるけど、15万以上出すなら、特別に5号玉数発と6号玉一発入れてやんぞ」
花火は、ピンキリだ。2.5号玉とか3号玉とかの安いのは一発4000~5000円でも、10号玉(1尺玉)で10万弱、20号玉(2尺玉)とかだと、一発80万円くらいするらしい。
いくら小さい玉でも、そしていくらシーズンオフであっても、60発で20万円というのは大サービスなんじゃなかろうか。大きめの玉をオマケしてくれるらしいし……。
だって、ただ花火を売るだけじゃなくて、現地まで運び、打ち上げ器材を設置し、打ち上げ作業を行い、そして撤収しなきゃならないのだ。数人の、特殊技能を持つ作業員を連れて。
拘束時間が長いから、人件費だけでも、かなり取られてもおかしくない。
しかも、事前に役所に届けを出さなきゃならない。……うちの場合は役所手続きは関係ないけど。
……でも、私が頼みたいのは、そういう『サプライズ用』じゃない。
「ん~と……、300万くらいだと、尺玉も入れて、何発くらい打ち上げられますか?」
「……え?」
そう、大事なベアトリスちゃんのデビュタントに、お金をケチるつもりはないよ。
……たとえそれが、私のお金ではなく、伯爵様のお金だとしても!!
うむうむ。
でも、さすがに1000万円オーバーとかはマズいだろうから、300万くらいが妥当なとこかな。換金やら両替やらを考えると、向こうのお金で金貨120枚。伯爵様の金銭感覚で言うと、日本人にとっての1200万円くらいに感じるはずだ。
それを、高いと思うか、安いと思うか。
……ま、観た後でないと分からないよねぇ……。




