237 戦いの肖像 4
軍人くんも、知り合いになった司令官も、みんないなくなった。
当たり前か。入港中は司令部を陸上の建物に移していたけど、艦隊の全力出撃となれば、当然司令部は艦隊旗艦に乗って出撃するに決まってる。
あのバーで知り合った他の軍人さん達も大半は出撃しただろうし、陸上勤務でこの基地に残っている人がいたとしても、バーで少し知り合っただけの小娘に艦隊の行動予定や航行ルートを教えてくれるはずがない。
そもそも、あのバーでまた偶然出会う以外に、会う方法もないしね。何せ、むこうの名前も役職も知らないんだから。そして、偉いヒトの大半が出撃している中、飲みに出る者はあまりいないだろう。
うむむむむ……。
よし、やはりアレしかないか……。
* *
「……というわけで、よろしくお願いします」
「喜んでっっ!」
そう、いつもお馴染み、某国の外交官さんだ。
そして、今回は……。
「海軍航空基地、キミにきめた!」
うん、今回は、対潜哨戒機の出番だ。
陸岸から離れた海域で、艦隊を探す。攻撃はしない。
求めるのは、航続時間(航続距離ではない)、捜索能力、多目標のプロット、そういう方面だ。
となると、対潜哨戒機一択だよねぇ。
こっちから手出しする予定はないので、対艦攻撃能力は必要ない。空対艦ミサイルは高いし、帆船にはオーバースペック過ぎるというか、何というか……。
とにかく、自衛のために絶対必要で、かつ他の方法がない時以外は、それはナシだ。
それに、その場合には、76ミリ速射砲と20ミリか30ミリの機関砲を積んだ哨戒艦でも出してもらった方が、使い勝手が良くて安上がりだろう。
ただの鉄の塊を僅か2~3マイルしか飛ばせない木造帆船相手に、対艦ミサイルや大口径の主砲は必要ないよね。
乗員は、前回とは違うメンバーらしい。
同じメンバーの方がいいんじゃ、と思ったけれど、毎回同じメンバーだと揉めるらしいのだ。
……まぁ、分かる。みんな、異世界には行ってみたいよねぇ。
もし将来的に情報解禁とかになれば、子供や孫に自慢できるし。
うん、絶対に奪い合いになるよね、異世界行きの乗員の座が……。
そして勿論、学者さん達も同じ。
前回と同じ人もいるけれど、それはかなり優秀な人か、権力のある重鎮なんだろう。大半は、他の人に替わってる。
前みたいに、おかしなことを考えたり仕掛けたりする人が交じっていないことを祈ろう。さすがに、2回目となると容赦しないよ。その時は、この国との関係を一切絶つことにするよ、勿論。
じゃあ、行ってみよ~!
* *
「お疲れさまでした~!」
解散!
うん、出港してからあまり日が経っていなかったらしく、簡単にヴァネル艦隊を発見した。
ノーラル艦隊も割と簡単に発見して、それぞれの位置と進路速力をプロットし、今回は撤収。
これが地球ならば、大まかな会敵時間の目算が立たなくもないけれど、ここでは無意味だ。
何せ、風向きや海潮流によって進出速度が大幅に変わるし、互いに真っ直ぐ相手に向かっているわけじゃないし、そもそも相手の存在位置や行動すら知らないし……。
とにかく、まだまだ接触はずっと先、ってことだ。
だから、また数日後に来る事にしてさっさと引き揚げようとしたんだけど、燃料が保つ限り滞在したいと懇願されたため、仕方なく新大陸の上を自由に飛び回ってもらって時間を潰した。
みんな、撮影やら測定やらで忙しそうだったよ。
まぁ、転移できる場所が増えるから、私にもメリットがあるんだけどね。
ただ私の要望だけのために飛んでもらうのは、何か悪いしね。1回のフライトにつき、何十トンもの燃料や消耗品、人件費、定期整備とか、色々なランニングコストがかかるだろうからね。数百万円くらい飛んじゃうんじゃないかなぁ……。
え? 次は飛行艇か大型ヘリで来ることはできないか、って?
ああ、着水や着陸をしたいのか……。海水のサンプルを採るだけでも、大収穫だろうからなぁ……。でも、細菌や微生物は転移時にカットするよ、勿論。
* *
「というわけで、ヴァネル王国とノーラル王国の海戦が起きそうなんだ。そこで、元ヴァネル王国探検船団の乗員の皆さんに聞きたいの。
……もしヴァネル艦隊が危機に陥ったら。
二度とは戻れない祖国だけど、女神様のお力で、最後に一発、盛大に花火を打ち上げるつもりはない? うまくすれば、国の御家族達に何かいいことがあるかもしれないし……。
勿論、皆さんには、うちから従軍手当が出るよ」
「う……」
「う?」
「「「「「「うおおおおおおおお~~っっ!!」」」」」」
これで、新米水兵の後ろから怒鳴りつけて指導してくれる、鬼軍曹が大量に手に入った。
さすがに、碌に実弾訓練もしていない新人だけで戦場に突っ込むほどの勇者じゃないよ。
特に、斉射の号令なんか、波による船体の揺れのタイミングを見計らっての絶妙な判断が命中率に大きく影響するらしい。そんなの、何回も実戦をやって死線を潜らないと身に付くはずがないよ。
……まぁ、今回はそういう点ではハードルが低いんだけどね。私がいるから……。
でも、私がいなくても大丈夫なようにしなきゃならない。この次は、いきなり私抜きでの実戦になるかもしれないんだから。
今回は、無敵モードでのチュートリアルだ。
でも、ここはゲームの世界じゃない。
チュートリアルの後、『始まりの村』を出て最初に出会うのが、スライムだとは限らない……。
* *
そして、新大陸、ヴァネル王国の市井の様子を確認しようとレフィリア貿易に顔を出してみると……。
「申し訳ありませんっっ!!」
いきなり、平身低頭のレフィリア。
「どうしたのよ、いったい……」
「お酒を始めとした嗜好品、贅沢品の類い、全て無制限で売り尽くしてしまいました! そのため、販売計画がぐちゃぐちゃに……」
「え……」
詳しく説明させて、納得。
出撃する艦隊の乗員の関係者達……家族や友人達……が、出撃前の最後のひとときを過ごすために。そして艦に私物として積むためにと、店先で地面に膝をついて懇願されては、そりゃ堪らないだろう。レフィリアもこの国の国民だし、そんなのを冷たく断ったりすれば、非国民の誹りを受けかねない。
貴族家においても、さすがに貴族本人ではないものの、執事が平民の商店主如きに頭を下げるなど、考えられないことらしい。
……そりゃ、耐えられるわけがない。
「仕方ないよ、そりゃ……。お咎めなし!」
販売規制を破って、販売禁止の貴族家にも売ったらしいけど、私だって鬼じゃない。それくらいは大目に見るよ。
この国の人達は、勿論自国艦隊の勝利を信じているだろう。でも、完勝したからといって、被害がゼロだというわけじゃない。
敵機グラマン500機、我が軍零戦200機。敵機全機撃墜、我が方被害なし!
そんなの、スーパー架空戦記だって、ありゃしない。
リアル架空戦記だと、どんな新装備や秘密兵器を搭載していても、70~80機くらいは撃墜されるだろう。……それでも、大勝利には違いないだろうけどね。
つまり、いくら大勝利ではあっても、被害は出るし、帰らぬ者は多い。今生の別れとなる確率は、決して低くはないのだ。
そして勿論、大敗北を喫する可能性も否定できない。
「すぐに補充するから、早急に販売計画を立て直して、予約客に廻して!」
艦隊は既に出港しているのだから、もうその手の客は来ない。
……何とか、なるなる!




