23 悪い商人叩いて砕け!
ちりりん
あ、これ、ダメなやつだ。
入って来た客を見た瞬間、ミツハはそう思った。
3人のお供を引き連れた、でっぷり太った如何にも悪人ですと言わんばかりの男。
「お前が店主か」
ほらね。
「この店の権利と仕入れルートを寄越せ。ふむ、お前は儂が引き取ってやろう」
うひゃ~、何コレ! 法も何もあったもんじゃないね! いくら子供に見えるからって、それはないでしょ。余りの大胆さに感心するね。どんだけ世間をナメてるのか。カネか権力で何でも通せる、余程の有力者?
「あの、失礼ですが、どちら様で?」
一応、聞いてみる。
「何だと、儂を知らんのか! 小娘などが商売に手を出すとこれだから…。まぁ良い、教えてやろう。儂がアドラー商会会頭のネルソン・アドラーだ!」
「おお、あのアドラー商会の!」
全然知らない。
「そうだ。この店は魚、しゃんぷーとやら、その他の珍しいものを扱うらしいな。若いなりに多少は見所がありそうだ。儂が面倒を見てやるからありがたく思え」
はいはい、そこが欲しいわけね。伯爵様の押さえは商人までは届いてないか。
「あの、取引先とのこともありますので、明日、同じ頃に来て戴けませんか。取引先の方を呼んでおきますので…」
「うむ、分かった」
ムチャクチャな要求が簡単に通って機嫌が良いのか、ネルソンとやらは上機嫌で帰って行った。どうせ断れば色々なところに圧力かけて、とか考えていたんだろうけど。アドラー商会に目をつけられたらもうダメだとさっさと観念したと思ったか、ミツハを余程の馬鹿だと思ったか。ハン、そんなに簡単に行くわけないでしょ。
それに、「取引先の者を呼ぶ」とは言ったが、「仕入れ先の」とは誰も言ってないからね。
ちりりん
「ミツハ姉様、来たよ~」
「来たか~」
うん、今日も来たか、定期便。
いや、毎日来るんだよね、サビーネちゃん。
最初は『ミツハ様』なんて言うもんだから、やめて、王女様に様付けさせてるの聞かれたら首が飛ぶ、と説得した結果、紆余曲折の末に『ミツハ姉様』に落ち着いた。『姉様』はそれでひとつの言葉であって、その『様』は問題ない、というのがサビーネ理論であった。
サビーネちゃんはさっさと会計台のこちら側へと回り込んできた。
ここには小型テレビとDVD再生機が置いてある。もちろん客側からは見えないし、お客さんが来たらすぐに停止させる。作品がいいところで入店してきた客はサビーネちゃんの『殺すぞテメェ!』といわんばかりの視線で睨みつけられる。理不尽である。
毎日来るサビーネちゃんに、あまり日本のことを話すこともできず話題が尽きて困っていた時、ついうっかり操作をミスって会計台のテレビとDVDがバレてしまったのだ。
『なにこれなにこれなにこれなにこれっっっ!!』と大興奮のサビーネちゃんを誤魔化し切れず、なりゆきで一緒に視聴することになってしまった。但し『魔法の鏡。誰かに秘密を喋ると壊れる』とクギを刺し、念のためにと最初に見せる作品は『正体がばれて魔法を失う魔女っ子モノ』とか、『約束を破って全てを失う話』とかをチョイスした。いやもう、効いた効いた!
しかし、当然ながら日本語が分からないサビーネちゃんのために私が翻訳してアテレコしなければならない。これ、メチャメチャしんどい。翻訳せずに済む、変身シーンや必殺技のシーンになるとホッとする。
「あ、サビーネちゃん、これ、帰ったらすぐに宰相様に渡してね。とっても大事な手紙だから、忘れちゃダメだよ」
サビーネちゃんは、お転婆だけどしっかりした子だ。こういう頼みで失敗するような子ではない。何か察したのか、真剣そうな表情でうん、と言って手紙を大事そうに仕舞い込んだ。
ちりりん
「娘、譲渡契約書を持って来たぞ、さっさとサインしろ」
初っぱなから飛ばしてますねぇ、ネルソンさん!
「ミツハ姉様、こちらの方は?」
サビーネちゃんが私の後ろから現れて訊ねかける。
まだ10歳になったばかりのサビーネちゃんは、まだあまり国民の目には触れていない。そしてお忍び用の質素な服装をしているためもあって、美少女ではあるがまさか王族とは思われない。
「うん、大きな商会の偉い人で、私を引き取りたいって言われているの…」
「え~っ、ミツハ姉様と離れるの、いやだぁ~!」
サビーネちゃん、役者やのぅ…。
いや、ここは『サビーネ、恐ろしい子!!』かな。
貴族の標準を遥かに越える美少女の登場に、ネルソンの顔がいやらしく緩む。
「ほぉ、そんなに姉と離れたくないなら、お嬢ちゃんもお姉さんと一緒に来てもいいんだよ」
「ほんと!」
ネルソンの誘いに飛び上がって喜ぶサビーネちゃん。
そしてネルソンのにやにや笑いが強まって来たとき…。
ちりりん
「すみません、お待たせしましたかな」
「なっ、宰相様!!」
驚愕するネルソン・アドラー。
うん、役者が揃ったね。
「わざわざお呼びしてすみません、ザールさん」
「いえいえ、ミツハ殿のお呼びとあらば、いつでも飛んで来ますぞ」
(なっ! 宰相を名前呼びだと! しかも宰相のこの腰の低さは何だ!)
ネルソンは悪い予感に包まれ始めた。
「実は、こちらの方がこの店を無償で譲れと。そして私とこの子を引き取りたいと言われまして…。そのため、王様からの御依頼はお断りせざるを得なくなりそうでして…」
「ほぉ? どういうことですかな、アドラー殿?」
ぎろりと氷点下の視線が突き刺さる。
「な、いや、その……」
噴き出す汗が止まらないネルソン。
「王が直接御依頼なされた商人にちょっかいを出して妨害、それも無償で店を譲れと言う無法、幼い少女に自分のものになれと強要、ですか」
「え…、あ…、いや、そんなことは……」
真っ青を通り越し、もはや血の気が失せて白くなったネルソン。
「そんなことはない、と?」
「は、はい、勿論ですとも!」
「では、今後この店にも店の関係者にも、直接・間接を問わず一切の手出しはなさらないと?」
「はい、女神に誓って!」
「では、もし今後この店になんらかの妨害があった場合、その始末は全てアドラー殿にお願い致しましょうかな。各部にはしっかり御指導戴きたい」
「は、はい!!」
これで、アドラー商会は傘下だけでなく、王都の全ての商業関係者が雑貨屋ミツハに手出ししないよう監視し責任を持つ義務を背負った。もし妨害を見過ごしたり放置したりしたら、宰相からどのような処分が下されることになることか。
しかし、重荷は背負ったが人生最大の危機から何とか逃げ切れた、とネルソンが安心しやや顔色が戻りかけたその瞬間。
「ああ、アドラー殿。アドラー商会の方は明日から王宮には来て戴かなくとも結構です。商会の者の常時立ち入り許可は全て取り消しますので」
「なっ……」
再び蒼白になるネルソン。
王宮立ち入り禁止とは、王宮御用達、御用商人であるアドラー商会にとっては売り上げ減少どころの話ではない。信用の失墜。商人仲間の笑い者。いくら王都一、いや王国一の大商人といっても受けるダメージは計り知れない。
「な、なぜそのような……」
この店のことは他の商人も責任をもって抑えるということで償いのケジメはつけたではないか、と思うネルソン。
「ああ、それですか。流石に温厚な国王様も、幼い自分の娘を手に入れようとした男とその仲間は顔も見たくないと思いましてね」
「え?」
「さぁ、帰りますよ、サビーネ王女様」
「え~、もっとミツハ姉様と遊ぶ~」
嫌がるサビーネを引き摺り宰相が去ったあとには、床に崩れ落ちた男が残された。
アドラー商会の会頭が引退し全てを息子に任せたのは、それからしばらく後の事であった。
雑貨屋ミツハには手を出すな。
王都の、いや王国全ての商人に、ネルソンの血を吐くようなその叫びが届いた少しあとの事であった。
「ねぇサビーネちゃん、私の『くれない検尿』の称号を継ぐつもりは無い?」
「やだ! なんか嫌な感じがする。ミツハ姉様、その称号を手放して私に押し付けたいだけでしょ」
何と優れたカン! サビーネ、恐ろしい子!!




