226 船 魂
「次期主力艦の設計叩き台はどうなっている!」
「は、はい、それが、主任設計技師が軍港の方へ行っておりまして……」
「またか……。いい加減、何とかせねば……。いや、気持ちは分かるぞ、分かるんだが……」
造船関係者達が、少し目を離すとすぐに休暇を取って、軍港の街へ行ってしまう。……今度こそ船魂に会って会話を、とか呟きながら……。
いや、分かるってば! 俺だって、船が好きで海軍の、それも造船畑に進んだのだ。自分が造船に携わった船に魂が宿って、それが可愛い少女だとか言われたら、そりゃ飛んでいくだろう。
……事実、俺も既に2度ほど休暇を取って行っている。
残念ながら、姿を現してくれることはなかったけどな……。
その代わり、亡くなった先々代の技術部長が若い頃に設計された老朽艦の延命願いを艦隊司令部にねじ込んできた。砲撃演習の標的艦として沈めさせたりするものか!!
「……で、私も来週、軍港へ行きたいと思いますので、この休暇届にサインを……」
「駄目だ!」
そんなことは許可できん!
「しかし、我々には休暇を取る権利が……」
「来週は、もう俺が休暇を取る手続きを終えている。俺達がふたりとも同時に長期休暇を取るわけにはいかんだろうが……」
「え……」
早い者勝ちだ、悪く思うなよ……。
* *
「ミツハさん、最近海軍関係者の様子がおかしいらしいですよ」
「え、どういうこと?」
レフィリアが、なにやら軍関係の情報を仕入れてきたらしい。
「造船関連の会社、木材業者、職人、その他諸々が、慌てているというか切羽詰まっているというか、とにかく様子がおかしくて、急に羽振りが悪くなってるようで……。
そして、なぜか海軍の、特に造船関連や船乗り達がそわそわと落ち着きがなく、上の者たちが規程いっぱいの休暇を取ったり、と……。そして、決して困っているような様子ではなく、逆に、機嫌がいいみたいで。
とにかく、船関連で軍と民間業者の温度差が激しいんですよ。普通なら、問題が起これば両方同じような状態になるはずなのに……」
よぉし、計画通り……。
でも、このまま船魂に全く会えないとなると、イーラスだけが特別だったんじゃないかと思われて、『老朽艦の廃艦を中止して延命措置をするから、新造艦の計画を白紙に』という機運が次第に盛り下がるかも……。
……そうだ!
「……というわけで、ここに『ヤマノ家船魂隊』を編成します!」
私の前に並んでいるのは、ノエル(11歳)、ニネット(13歳)、リア(5歳)達、『ヤマノ家メイド少女隊』を筆頭に、ポーレット、カティ、ロレーナ、その他『ヤマノ家メイド成人隊』、そしてミリアムさんも加えた、船魂隊である。
「何よ、それ……」
呆れたようなコレットちゃんをスルーして、みんなに役割を教え込む。
あ、コレットちゃんは新大陸で私と一緒に行動しているから、船魂隊からは除外。
イーラスの時は夜だったし遠距離だったから、顔がはっきりと判別できるような状況じゃなかったので大丈夫だろうけど、今回の作戦には参加させられない。万一のことを考えると、無用な危険は冒すべきじゃない。
うちの国の貴族達には、『「渡り」は生命力を削る』と説明してあるけれど(寿命が縮むとは言っていない)、ボーゼス伯爵様やうちの使用人達には、それは少し大袈裟に言ってある、と伝えてある。……でないと、私が自由に動けないから、やむなく、だ。勿論、口止めはしてある。
領主様兼自分達の雇い主兼雷の姫巫女様兼救国の大英雄を裏切る者は、多分いない。女神を信仰する者は勿論だし、自分や家族の命や立場が惜しい者もね。
だから、『国を守るための極秘作戦である』、『女神からの神命である』って言えば、全力でやってくれる。いや、神罰を盾にして脅されて、というわけじゃなくて、自発的にだよ、勿論!
……そして、特別ボーナスも出る。
よ~し、そんじゃ、いってみよ~!!
* *
「あれは何だ?」
「鳥か?」
「いや、マストに止まった状態であんなにデカく見える海鳥はいないだろ……」
ヴァネル王国海軍の最新鋭軍艦、64門艦サルバリー号の甲板上で、デッキブラシで清掃作業をしていた数人の水夫達が、作業の手を止め、マストの上の物体を見上げながら話していた。
すると、その物体が、マストの上ですっくと立ち上がった。
そのシルエットは、どう見ても、13~14歳くらいの少女にしか見えなかった。
そして……。
『おにいちゃん達~、そこ、痒いからしっかり擦って汚れを落としてよね~!』
「……」
「「「…………」」」
「「「「「「………………」」」」」」
「「「「「「おおおおおおお! サルバリーちゃあ~~んっっ!!」」」」」」
その大声に、艦内から次々と船員達が飛び出してきた。勿論、船尾楼からは艦長や士官達が飛び出している。
「おお、おお、おおおおおおお!!」
「「「「「「サルバリー! サルバリー! サルバリー!!」」」」」」
乗員達の熱狂は、少女が手を振りながら姿を消すまで、いや、姿を消した後も、おさまることはなかった……。
* *
「巡検!」
艦内の異状の有無と乗員の秩序の維持を確認するために、担当士官が下士官と共に定期的に艦内を廻る。そして、人がいる部屋も、無人の部屋も、全て確認して廻るのであるが……。
現在勤務直であるため誰もいないはずの水夫寝室のドアを開けたところ……。
「あ」
「「……」」
木箱に腰掛け、堅焼きパンを齧っている10歳前後の少女が……。
そして、木箱(ミツハ入り)と共にふっと消え去った少女がいた場所に残された、齧り跡のついた堅焼きパン。
「「……」」
「「…………」」
* *
「あらあら、ご苦労さん!」
「え?」
こんなところで聞こえるはずのない声。
老朽艦の甲板上で聞こえた女性の声に、驚いて振り返った下士官の眼に映ったのは……。
27~28歳くらいの優しそうな女性と、その肩の上にちょこんと乗った、5~6歳くらいの幼女。そしてその幼女が着けているゼッケンのようなものには、こう書かれていた。
『搭載短艇』
「…………」
* *
「ミツハさん、海軍で、またおかしな噂が流れているようです。何でも、『船魂を見た』とか、『一生この船を降りない』とか、精神に異常を来したのではないかと思われる、おかしな言動をする乗員が……」
「ふふふ、計画通り……。これで、イーラス以外の船にも船魂がいると確信したはず。ならば、軽々と老朽艦の廃艦処分はできまい。乗員や、建艦に携わった者たちが猛反対するに決まっているし、うまくいけば人権、いや、船魂権団体が出来て、掻き回してくれるかも……」
「は、はぁ……」
よく分からないながらも、ミツハの思惑通りに進んでいるらしいと知り、曖昧な笑みを浮かべるレフィリアであった……。
* *
「ミツハ様、マストの上に立つの、滅茶苦茶怖かったですよっ!」
「あ~、ごめん。もし落ちたらすぐに転移できるように私がスタンバっていたから安全ではあったんだけど、そりゃ怖いよねぇ……。
分かった、ニネットには特別危険手当を追加するから、それで我慢して頂戴」
「おおお、やった!」
(ラシェルさんには、短艇役のリアちゃんの分も特別手当を出したし……。メイドのみんな、臨時収入にホクホクだろうなぁ……。ま、大盤振る舞いしておけば、また次に何かあっても喜んで手伝ってくれるだろうから、投資としては安いものか……)
そう考え、にっこりと微笑むミツハであった。




