225 第三王女 3
「……はっ! な、何だ、夢か……。ははは、そうだよなぁ、まさかミシュリーヌが王女殿下を馬鹿女呼ばわりして怒鳴りつけるなどと、そんな常識外れのことが……」
ベッドの中で目を覚ましたミッチェル侯爵が、苦笑しながら起き上がろうとすると……。
「ざ~んねん、それが、夢じゃないんだよねぇ……」
「え?」
そして声の方へと振り返った侯爵の眼に映ったのは……。
「ヤマノ子爵と、ネレーア王女殿下?」
一瞬、ぽかんとした後……。
「ぎゃああああああぁ!!」
「……あ、また気を失った……」
* *
「馬鹿もんがああああぁ!!」
「ご、ごめんなさい……」
怒鳴る侯爵と、項垂れるみっちゃん。
ま、どんな理由があろうと、侯爵の娘が王女殿下を罵倒するのはマズいわなぁ……。
いや、みっちゃんが罵倒した相手は私なんだろうけど、私とネレーア王女の両方に向かって怒鳴ったし、押し掛けた件の当事者はネレーア王女だから、王女に対して怒鳴った、って言われても仕方ない状況だったからねぇ……。下手をすると、大事だ。
まぁ、私達3人は、さっきのみっちゃんの言葉は、『ネレーア第三王女』に対してのものではなく、私と、そして『「ソサエティー」の新人メンバー、ネレーア・ド・ウェクター女子爵』に対するものだと分かっているし、それに対して、ネレーアちゃんは『「ソサエティー」の平メンバーが、会長に叱責された場合』の対応をするだけだということを知っている。
だからみっちゃんは、いくら私に対してのつもりではあっても、王女殿下の方を向いて平気であんなことを言えたのだ。でないと、仮にも上級貴族家の娘であるみっちゃんが、王女殿下に向かってあんな不用意なことを言うはずがない。
……でも、当然のことながら、侯爵はそれを知らないからねぇ……。
「……怒らないで。会長が怒ったのは、私のせい。事前説明をしなかった、私が悪い」
「……あ、はぁ……」
王女殿下にそう言われては、侯爵も怒れないよねぇ。
これでみっちゃんを叱り続ければ、それは全てネレーア王女を責めることになってしまう。
『ソサエティー』のメンバーでもない侯爵が口にする言葉は、みっちゃんの場合とは違って、『ひとりの貴族からの、王女殿下に対する非難の言葉』になってしまうわけだ。
……うん、そりゃマズい。
そういうわけで、ネレーアちゃんのおかげで侯爵からの叱責を免れた……、って、そもそも叱責された原因はネレーアちゃんのせいだから、感謝すべき筋合いなんか、欠片もないよね、あはは。
で、ネレーアちゃんの口から状況の詳細が語られたわけなんだけど……。
「「鬼か!!」」
「…………」
善人(だと思う)であるふたりの姉姫様達に対する、悪魔の如き所業。
一歩間違えると、ひとりの給仕の少女の人生を潰すことになったかもしれない危険な策略。
あまりの酷さに、声を荒げる私とみっちゃん。
そして、不用意なことは言えないため、引き攣った顔で黙り込む侯爵。
本当に、コイツは……。
あ。
「ネレーアちゃん、ひとつ気になることがあるんだけど、聞いていい?」
「うん、何?」
相変わらず、必要最小限の言葉しか喋らないなぁ、この子……。
でも、『うん』だけじゃなくて、『何?』という言葉が付けてあるだけ、私に対しては気を使ってくれているのかな? ……って、私に対するサービスは、その程度かい!
……まぁいいや、とにかく、気になっていたことを聞こう。
「今の話に出てきた、共犯者の給仕の子なんだけど……、ネレーアちゃんが根回しも何もしないまま王宮から逃げ出しちゃって、今頃、微妙な立場に立たされているとか、ないよね? ちゃんと計画を全て説明してあり、今後のことも指示してあるよね?
まさか、何も説明してなくて、ネレーアちゃんに見捨てられた、とか思って絶望の淵に沈んでいるとか、ないよね? そしてそのまま数カ月とか放置するつもりじゃないよね?」
「あ……」
おいおいおいおいおいおいおいおいおい!
投げっぱなしジャーマンかよ! 首の骨が粉砕するわ!!
「すぐ戻りなさい!」
「…………分かった……」
どうやら、一応は『人間の心』とか『罪悪感』とかを持っていたらしい。ひと安心だ。
「「…………」」
そして、どうやら自分達の危機は免れたらしいと察知したものの、あまりのことに固まっているみっちゃんと侯爵。
お~い、戻ってこ~い……。
* *
「ふぅ、どうなるかと思った……」
そう言って私が大きなため息を吐くと、みっちゃんと侯爵もそれに釣られたのか、私に続いて大きなため息を吐いていた。
そりゃまぁ、第三王女の家出の原因が自分の娘が主宰するサークル絡みで、しかも王女の潜伏先が自分の邸で、更に、みっちゃんだけならばともかく、邸には息子がふたりもいるとなれば……。
うん、侯爵が何かを企んだ、と取られても仕方ないよね。
下手をすれば、お家の存続に関わるかもしれない。いくら侯爵家とはいっても、物事には限度というものがあるし、権力者には、それに対立する敵がいるものだからね。こんな恰好のネタ、そいつらが見逃すはずがないよね……。
「ああ、死ぬかと思った……」
侯爵が、何か、どこかの映画の主人公みたいなことを言っているけど、そう思うのも無理はないよね。本当に、社会的に死んでもおかしくない事態だったのだから……。
「で、ミツハ、ちゃんとフォローするんでしょうね?」
そして、みっちゃんがそんなことを言ってきた。
「も、勿論!」
うん、このままだと、王家の『仲良し3姉妹』が、喧嘩して仲違いしてしまう。下手をすると、王家でいざこざが起きて、大問題だ。それを未然に防ぐためには……。
「化粧品を第一王女、第二王女にも提供します……」
「王妃様にも! でないと、血の雨が降るわよ!」
「あ、ハイ……」
確かに……。
それに、王様には意趣返しをしようと思っていたけれど、別に王妃様や王女殿下達に怨みがあるわけじゃないし、いくら王族とはいえ、私のせいで家庭崩壊、とかいうのは見たくないよ。
そして、私達の会話を聞いていた侯爵が、眼を見開いて呟いた。
「ま、まさか、第三王女はそこまで考えて、姉姫様や王妃様のために自作自演でこのような真似を?
おお、何という家族思いな! そして、何という策略家であることか!!」
「「それはない、絶対に!!」」
私とみっちゃんの声がハモった。
うん、それだけはない。
あれは、行動は腹黒いけど、それは結果的にそうなるだけであって、一応は天然だ。
ただ、自分の望みを叶えるために、何の悪気もなく、思い付いた最適手段を実行に移すだけ。周りの迷惑は顧みず。
そして、なまじ頭が回るせいで、被害甚大。
……人、それを『はた迷惑な疫病神』と言う……。




