202 阿鼻叫喚 1
次の『ソサエティー』のお茶会で、先のカーレア・ド・シーレバート伯爵令嬢救援作戦の結果報告を行った。そしてその戦果として、カーレアちゃんと獲物……、いやいや、目標との接触の成功、アシストを務めてくれた6人のメンバー達に対する賞賛の言葉と功績ポイントの付与を発表。
更に我が『ソサエティー』として初めての作戦行動であったことと、初戦における大戦果を称えて、それを記念してみんなに新しい化粧品と化粧道具を解禁することを告知した。
うん、既に先行して新たな化粧品を購入している、みっちゃんを含めた8人の化粧の進歩……、いや、『進化』をガン見していた面々が、その理由を知って、8人のところへ殺到。早速、訊問が始まってしまった……。
私が教えた拙い技術より、新たに手に入れた知識と化粧品を使って家族総出で研究した8人の技術の方が、既に数段階は上を行っているんだよ。
仕方ないだろう。私は、高校卒業前に学年の女子全員で受けた、1時間半の講習会しか経験がないのだから! あとは、コレットちゃんとカーレアちゃんが化粧してもらうのを見ていたくらいなんだから。……くそ!
まぁ、そういうわけで、みんなから注文を受けて、メモ。美容部員のお姉さん、のたうち回って喜ぶだろうなぁ……。
化粧技術については、8人がみんなに教えてくれるだろう。普通であれば、互いに玉の輿を奪い合うライバルなのだろうけど、今は『ソサエティー』の者達はみんな仲間、それ以外の令嬢達に対して団結して戦う、という位置付けだ。今回の件で、みんな、その方が有利だということを理解してくれたはず。うむうむ。
そしてみんなに、以前依頼を受けていた『肖像画』を引き渡す。勿論額装してあるので、たくさん注文してくれた者は結構重くなるけれど、ひとりで歩いてきた者なんかいるはずがないから、問題ない。みんな、護衛と共に馬車で来ているに決まってる。
みんな、肖像画を見て、きゃあ、とか、素敵!、とか言って騒いでる。
今までの、ツンとしたおすまし顔の絵に較べ、自然な表情、愛嬌のある生き生きとした表情の、自分の姿。それは、変に改変して美化したものではなく、自分の姿そのものであるが、優れた加工技術により、天使のような出来映えとなっていた。
そして、以前のコレットちゃんやカーレア嬢の化粧姿を見た者達は、確信しているみたいだ。
化粧技術を極めれば、自分達がこの肖像画と同じ姿になることは可能なのだと。
これは、自分がそうあるべき真の姿であり、今の姿は仮の姿に過ぎないのだということを。
うん、女の子は、それくらい自分に自信を持たなくちゃね!
* *
「……ミツハさん、王宮や貴族達から、『化粧品を売れ』とのゴリ押しが……」
レフィリア貿易に顔を出すと、レフィリアが、げっそりとした顔でそんなことを言ってきた。
うん、化粧品は、レフィリア貿易では販売していないんだ。あんまり大量に買い付けるルートは確保していないし、化粧品は肌に合わない場合、つまり使用する人の体質や体調などによっては、マズいことになる場合があるからね。
貴族の奥様や御令嬢のお肌に化粧品のせいでトラブルが起きたりすれば、大変だ。なので、そのあたりを詳しく教育し、フォローできる状態でないと、怖いからねぇ。
だから、注意事項を徹底できない状態で無制限にバラ撒いたり、事後のフォローができないような売り方はしないよ。
「王妃殿下、王女殿下、そして貴族の奥様方や御令嬢達からの、要望や催促の域を完全に超えた、殆ど、いや、完全に脅迫、恫喝の域に入った御注文が……」
泣きが入っている、レフィリア。完全に涙目である。
うむむ、でも、安全のためと、『ソサエティー』の権威付け、優位性の確保のためには、化粧品の独占は必要だよねぇ。
しかし、他のことであればともかく、これだけはっきりと効果が分かる『美しくなれる方法』を他の女性達が独占しているとなると、下手をすると血の雨が降るかも……。
これは、ちょっとマズいかもしれないな……。
* *
というわけで、『ソサエティー』のみんなに相談した。
うん、この世界でのことは、地元の人々に聞くのが一番!
そして、みんなの意見は……。
「私達のものよりランクが落ちるものや、基礎的なものを少し売ってあげてはいかがでしょうか?
そして、技術的なことは一切教えず、それぞれ御自分で自由にお使いください、ということにして……。
それで、研究熱心な方、センスのある方は、ある程度の成果を挙げられるでしょう。そして、そういう例がいくつかあれば、他の方々からは文句は出ないのではないでしょうか?」
うん、そのあたりが落とし所かな。さすが上級貴族の御令嬢達、ちゃんと考えてくれている。
本当は自分達で独占したいのだろうけど、さすがにこの戦力差では、他の者達が黙っているはずがないと分かっているのだろう。
……ま、自分が相手の立場だったら、と考えると、当たり前か。下手をすると、人を雇って盗みに入らせるとか、メイドの買収や家族を人質に取っての脅迫とか、平気でやりそうだものねぇ……。
そして、化粧品の多少の品質差があれば、あとは技術力で圧倒して余人を寄せ付けないという、強固な自信があればこその、あの言葉なのだろう。それは、自分自身の力と、仲間達の結束を信じているからこそ口にできる、自信と信頼の証だ。
よし、『ソサエティー』は無敵だ! ふはははは!
……じゃあ、注意事項はちゃんと説明書に書いて、何かあっても自己責任、ってことをはっきりさせて、なるべくお肌に優しいタイプのやつを少し見繕うか。あまり品数は増やさず、同じ種類のやつはひとつの製品だけに絞ろう。
そして、もし1件でもクレームが来たら、『商品に対して苦情が来ましたため、化粧品の販売は取りやめました』ってことにすればいいか。別に、クレーム付けられてまで売りたいわけじゃなし。
……その後、クレームを出した人がどうなるかは知らない。
……待てよ?
ちょっとマズくはないか?
安物を開放するのはいいんだ。それはいい。
でも、レフィリア貿易を脅せば言いなりになる、という既成事実を作ってしまっていいのか?
今後も、脅せば何でも言うことを聞く、と思わせていいのか?
それはマズいだろう……。
よし、ちょっと考えてみようか。
* *
「え……」
眼を見開き、口を半開きにしたまま絶句している、40歳前後のおじさん。
ここは王都の庶民街、そこにある小さな小間物屋である。
紅や白粉等の化粧品の専門店というわけではなく、櫛や髪留め、小物その他、何でも取り扱うという、雑貨屋に近い業種の、小さな店。
そして、今にも潰れそう……と言うか、事実、その秒読み段階に入っている店であった。
店主は真面目で誠実、そして優しい男なのであるが、その、人間としての善良さが、どうも商売人としては足を引っ張ったようなのである。
そして、もう後がないその店に、目を付けたわけだ。
「う、うちに、ヤ、ヤマノ子爵領の化粧品の取り扱いを?」
さすがに、いくら小さな店であっても、ヤマノ子爵領の商品については知っていたか……。
そして私は、こくりと頷いた。
* *
『ヤマノ子爵領産化粧品の取り扱い準備を進めておりましたが、相次ぐ脅迫行為のため、子爵領側がレフィリア貿易の安全を考慮して新規契約を白紙に戻されました。そのため、化粧品の販売は中止となりました。
なお、レフィリア貿易に対して化粧品を売るよう要求されておられました方々のリストはヤマノ子爵領側にお渡し致しましたので、以後は子爵領側にて対処していただけるとのことです』
ある日、レフィリア貿易の玄関先に一枚の貼り紙があった。
その情報は一瞬の内に王都を駆け巡り、お前のせいだ、いやお前のせいだ、と、醜い言い争いや責任の擦り付けあいが行われた。
そして、更にその3日後……。
『ヤマノ子爵領産の化粧品の取り扱い、始めました』
名も無き小さな店の軒先に、小さな告知の紙が張り出された。
そして……。
『完全受注制、商品の受け渡しは自宅配達のみ。販売量制限あり。なお、安全のため、レフィリア貿易に脅迫行為を行われた方、転売行為をされた方、及びその関係者等には販売できません。
なお、これはヤマノ子爵家からの直接指示であるため、当店に何を言われましても対処は不可能ですので、あしからず』
価格は、平民が買えるようなものではない。なので、主な対象は貴族か金持ちの商人達である。
そして、もし誰かがこの店にちょっかいを掛けたら、二度とヤマノ子爵領の化粧品が販売されることはない。
それだけは、全ての人々がよく理解したものと思われた。




