195 新派閥、『ミシュリーヌ派』爆誕!
「は、ははは、派閥?」
勿論、自分の父親が派閥の長を務めているのだから、派閥の何たるかは知っているはず。
……というか、初めて会った時、『私が同年代の女性の方達とあまり懇意にしますと、すぐに派閥と言いますか、変なものが形成されてしまいますの……』とか言っていたから、知らないはずがない。
そして、そういうものが形成されたり、自分がそれらに関わったりすることを嫌がり、避けていたらしいみっちゃん。そこに、敢えて私がぶち込んだ、『派閥の長となり、率いないか』という爆弾発言。そりゃ、驚くか。
「あ、心配しなくていいよ。別に、子供達の『ごっこ遊び』だとか、ただの仲良しグループのことだとかじゃないから。力関係や利害関係バリバリの、本当の『派閥』って意味だからね」
私が、安心させようと思ってそう説明すると……。
「心配しなくていい要素が、欠片もありませんわよっっっ!!」
思い切り、怒られた。
そして、夫人は固まって、お地蔵様になっていた……。
「ちゃんと、最初から説明してくださいまし!」
そういって怒鳴る、頬に朱が差したみっちゃん。
……可愛い。
じゃなくて!
「いや、みっちゃんに派閥を率いて貰おうかと思って……」
「さっきの言葉、そのまんまじゃないの!!」
うん、そのまんまなんだけど……。
「実は、大人達を相手にするの、疲れたんだ……。だから、年の近い人達や、年下の子供達と、のんびり楽しくやろうかな、と思って……」
「じゃあ、あなたが派閥を作ればいいでしょう! あなたなら、国元からの貿易品を餌にすれば小さな派閥くらい簡単に作れるでしょうが!」
うん、それはそうかもしれないけれど……。
「でも、他国の者がこの国で派閥を作るのはマズいでしょう?」
「う、ま、まぁ、それは確かにそうかも……」
私の説明に納得してくれた様子の、みっちゃん。
「それに……」
「それに?」
「自分で派閥を作ったりするの、面倒じゃないの。そういうのは誰かに押し付けて、美味しいとこだけ利用させて貰った方が、楽ちんじゃない?」
「ぶっちゃけた? ぶっちゃけやがりましたわよ、この女っっ!!」
うん、私は正直が取り柄だからね。
「そういうわけで、上級貴族家や大きな商家の娘だけの集まり、そう、『ソサエティー』とでもいうものを作って、みっちゃんがそれを取り纏めるの。
餌は、私が提供する珍しいスイーツ。『ソサエティー』のお茶会に参加すると、珍しい異国のスイーツを食べながら親睦と情報交換ができるのよ。
そして、自分用のものに限り、うちが扱っている斬新なデザインのアクセサリー、小物、その他諸々の割引価格での購入権が得られるの。
更に、御家族へのお土産として、洗髪薬や洗身薬、香水、蒸留酒、その他様々なものを購入できる優遇措置を……。勿論、御家族が使う分だけの少量で、転売は禁止するけれどね。
そして何か『ソサエティー』に対して大きな功績を挙げた人には、うちの国の技術で作られたドレスとか色々なものを提供してもいいし……」
「なっ! そんなの、加入希望者が殺到して大混乱に陥りますわよ! 国中の貴族や商家の娘が殺到して、収拾が付かなくなりますわよっ!!」
うん、まぁ、多分そうだろうなぁ。娘さん本人は勿論だけど、『ソサエティー』の存在を知った御両親から加入を命じられて、拒否権はないだろう、多分。
でも……。
「入会者は厳選して、少数精鋭で行きます。『ソサエティー』は、選ばれた者のみの、そう、真のエリート達と、私の役に立ってくれる者、そしてお金を儲けさせてくれる者達だけの、素敵な集まりなのです!」
「どうしてそう、本音ダダ漏れで垂れ流すのよっ! 少しは『建前』とか『綺麗事』とかいうことを考えなさいよっっ!!」
みっちゃん、あんまり叫び続けていると、喉を痛めるよ?
「誰のせいですかああああぁっっ!!」
あ、声に出てた?
「……ミシュリーヌ、そのお話、お受けしなさい」
「え……」
横から、みっちゃんのお母さんが、凄くいい笑顔でそう口を挟んできた。
うん、ま、そりゃそうだ。
いくら男尊女卑、長男教の世界だとはいえ、娘が可愛くない親はいないだろう。……しかも、異国の高価な酒やシャンプー、石鹸、香水等を買ってくる娘となると……。
そして、上級貴族家の少女達はそのうち嫁に行く。この国や他国の貴族や大商人の跡取り息子のところへ。そしてごく一部は、王族の妻として……。
父親の派閥とは関係なく、強固な団結で結ばれたエリート少女達の百合の園、『ソサエティー』。その統括者が、今、そして10年後、20年後に、この国や周辺国に、いったいどれだけの影響力を持つようになることか……。
上級貴族の妻たる者が、そんなチャンスを逃すわけがない。だから、みっちゃんのお母さんがそう言うのは、当たり前……。
「ああ、少女達だけの百合の園、『ソサエティー』! ミツハさん、あなた、どうしてもう25年早く現れなかったの!!」
……知らんがな……。
とにかく、そういうわけで、『ソサエティー計画』は発動した。……みっちゃんの意思とは関係なく。
うん、貴族の娘が、親の意向に逆らうわけにはいかないよねぇ。それも、お家の将来に関わる重要事項となれば……。
みっちゃん、ガンバ! そう、死んだ魚のような目をしないで……。
「じゃ、あとは任せたからね! 人選も、活動方針も、全部みっちゃんの自由にして。
会合、いや、『お茶会』の数日前に、場所と人数、そして希望する商品の数を取り纏めて知らせてくれれば、商品とスイーツを届けるから。
紅茶の葉は、いいやつを前もって渡しておくから、メイドさんにその葉に合った淹れ方を練習させておいてね。
あ、これ、どうぞ。では、さらば!」
バッグから取りだしたアーモンドチョコと珈琲ピーナッツ(100均の)をテーブルに叩き付けて、ダッシュで退散!
「え、これは……、って、待て! 逃げるな! 誰か、そいつを捕まえてえぇ~~!!」
いやいや、いくら雇い主の娘の命令でも、この程度のことで他国の貴族、それも御当主様を取り押さえる使用人はいないよ! なので、そのまま無事、脱出。あとは、お母さんが説得してくれるだろう。
あの様子だと、みっちゃんと『ソサエティー』に自分の妄想を全力で押し付けてきそうだな、お母さん……。
みっちゃん、強くイキロ……。
しかし、今回もコレットちゃんをみっちゃんに紹介できなかったな……。
まぁ、今回は用事が用事だったから、仕方ないか。
* *
「……で、私を陥れて逃げておいて、翌日にぬけぬけと現れるとは……」
「いや、その、ちょっと忘れてたことがあって……」
えへへ、と、日本人の特技、『曖昧な笑い』で誤魔化す、私。
「……ハァ、もういいですわよ……。お母様があの状態で、話を聞いたお父様が狂喜して私に縋り付いてこられましたから、もう今更どうにもなりませんわよ……」
よし、堕ちたな、みっちゃん!
計画通り……。
「じゃ、とりあえず、こっち向いて微笑んで!」
「な、何ですか、その、手に持った怪しげなものは……」
「気にしない気にしない! はい、私の顔を見て、微笑んで……、」
カシャ!
「もういっちょ!」
カシャ、カシャ!
よし、今日はこのへんで勘弁しといたろか!