194 そろそろ次へ……
「ユートピア共和国の艤装の方は、ボーゼス伯爵に丸投げしちゃったから、しばらくはあのままでいいか……」
サビーネちゃんの『新大陸語会得計画』のことなど全く知らないミツハは、暢気にそんなことを言っていた。
艤装というのは、造船において、船体が概ね完成して進水させた後、主機関や機械装置類の取り付け、内装工事等を行うことである。
なのでミツハは、人工島の基本構造を完成させ、上物(屋敷や倉庫)を載っけた時点で、造船における『船体を造って、進水させた段階』までが終わったものとし、あとの『艤装』に当たる部分、つまり屋敷の水回りとか船着き場からの石段の細かい仕上げとかは、ボーゼス伯爵に投げたわけである。
……共同管理となる島であり、商館長はベアトリスちゃんなのであるから、それは決して理不尽なことではない。
つまりミツハは、力業でタダでやれる部分は自分が担当し、手間やお金がかかる部分はボーゼス伯爵に任せたわけである。
そして、『ユートピア共和国』というのは、ミツハが読んだ、兄の部屋にあった小説に出てくる人工島の名前であった。
日本の領海と公海に跨がって存在するその架空の島は、日本であって日本でなく、誰もがパスポートなしで入国でき、そして日本の法律には縛られないという、まさに、『びっくりするほどユートピア!』である。
……しかし、ミツハが造った島の名は、勿論『奇岩島』であり、『ユートピア共和国』などという名ではなかった。
「ま、最後に、お馴染みのソーラーシステムとプロパンガスによる化学反応発電機を入れて、無線機と、あとサービスで冷蔵庫でも付けるか……。島と陸岸を丸太の浮き橋で結ぶかどうかは、伯爵様と相談だなぁ……。
よし、次行こ、次!」
* *
「何だと! ヤマノ子爵が他国と取引を始めただと!」
そう叫び、思わず立ち上がってしまった、ヴァネル王国の国王。
「は、周辺各国に、それぞれレフィリア貿易のような代表商会を定めて、そこに一括で卸すというやり方で……。元々レフィリア貿易経由の商品は他国への販売が禁じられておりましたし、他国へも同様に国外への販売が禁止されているそうですから、我が国を含め、国際貿易に対する影響は殆どありませんが……」
そう報告する宰相を、国王が怒鳴りつけた。
「馬鹿者! レフィリア貿易が扱っている少量の酒や食べ物、香辛料とかの話ではないわ! ヤマノ子爵が何のためにただひとりで活動していると思っておるのだ! 母国が本格的な取引を行うための事前調査と地盤固めに決まっておろうが!
あの酒や食料品、香辛料だけでなく、例の宝石を始めとする特産品が、今後、国家規模の量での貿易となるのだぞ。それを、他国に掻っ攫われるかもしれぬのだ、もっと危機感を持たぬか!!」
そう言われても、ヤマノ子爵がせっかく地歩を築いたこの国での活動を、レフィリア貿易相手の交易を除いて一切手を引いてしまい、貴族家のパーティーにも全く顔を出さなくなってしまったのは、いったい誰のせいなのか。
そう言いたいのを、ぐっと堪える宰相であった。
「とにかく我が国を、子爵にとっての、このあたりで一番の取引先であり頼りになる国、友人が多くて親近感のある国、と思わせるのだ。そして後々には、国力の差を見せつけて、我が国を最恵国待遇とするようにしむけるのだ!」
国王のその言葉に、確かにそうなったかもしれない、と考える宰相。
……但しそれは、『もし、国王が余計なことをしてヤマノ子爵を怒らせたりしていなければ』、の話であるが。
* *
「遊びにきたヨ!」
うん、久方ぶりの、みっちゃんMk-Ⅱのところへの顔出し。
あれから結構日数が経ったから、そろそろ顔を出してフォローしとかなきゃね。
勿論、フォローするのはみっちゃんへであって、侯爵には関係ない。だから、昼間の、侯爵がいない時を狙っての訪問。3人の息子さん達は、仕事か学校にでも行っているのか、不在。在宅しているのは、夫人とみっちゃん、そして使用人達だけだ。
うん、たまたま、というわけではなく、勿論、そうなる時間帯を狙っての訪問だ。
世の中、どこの世界にも口が軽い人、自分が持っている情報をコネやお金に換えたい人、そして小遣い銭程度で一日中門を見張っていてくれる孤児達がいるもんだ。
お金は、使ってナンボ、だよ。
そういうわけで、使用人に案内されて、邸の中へ。
もう、とっくに顔パスになってるから、いちいち取り次いだりせずに、そのまま案内されている。
勿論、侯爵がいればそんなことはあり得ないだろうけど、今の状況は、『貴族家当主が、侯爵閣下を訪問した』とかいう大仰なものではなく、『娘に会いにきた、友人の少女』扱いだからねぇ。
いや、それでもあり得ないか。
ま、多分、私が来たら追い返すな、絶対に逃がすんじゃない、とでもお達しが出ているんじゃないかな。今の侯爵の立場だと、それくらいは命じていてもおかしくないよね。
「ミツハ!」
おお、嬉しそうな、そして少し困惑したような、複雑な表情のみっちゃん!
うん、多分侯爵からある程度の事情は聞いているんだろうね。今や、みっちゃんは侯爵にとっては私に対する唯一の繋がりであり、希望の糸だろうから……。
そして。
「とりあえず、ショートケーキをたくさん持ってきた!」
「「えええええ!」」
さすが母娘、息がぴったり!
うん、勿論、手土産を忘れたりはしない。
そして、すぐに3人分の紅茶を淹れてくれたメイドさんの方に、私達の分6個が入ったひと箱を除いた残り3箱、つまり18個を押し出した。うん、全部で24個、2ダース買ってきたのだ。
「これ、使用人のみんなで分けてね」
今回は、使用人の皆さんの分も用意した。
貴族の娘が、平民であり使用人である自分達に高価な食べ物をお土産に持ってきてくれた。
……好感度、爆上げじゃね?
そう、こういったこまめな配慮が、いつか自分の身を助けることになるんだよね。
まぁ、雇い主を裏切ってまで、ということはないだろうけど、自分から積極的に色々と便宜を図ってくれるようになれば、それだけで充分だ。それが、たとえ次回のお土産を期待してのものであろうと。
「「「え……」」」
驚きのあまり固まっているメイドさんと、これから4~5人殺しに行くのではないかと思われる眼でショートケーキを凝視している、みっちゃん母娘。……そりゃ、固まって動けんわ、メイドさん……。
「いいから、持っていって。それとも、何? みっちゃんと奥様にこれを全部食べさせて、ぶくぶくに太らせてやろうという陰謀を企んでいるとか……」
びくっ!
私の言葉に、顔を引き攣らせて動揺しているみっちゃん母娘。
そして、夫人が苦渋に満ちた表情をして……。
「い、頂きなさい……」
しゅばっ!
目にも留まらぬ早業で3個の箱を掻っ攫った、メイドさん。
侯爵家のメイドとしては、ちょっとはしたないよ?
でも、まぁ、気持ちは分からないでもない。日本の女の子でもこの魔力には逆らえないというのに、この国のスイーツのレベル、そしていくら侯爵家とはいえ、メイドさんの稼ぎじゃねぇ……。
勿論、侯爵家のメイドさんは、身元がしっかりしていて、多分そこそこの家の出なんだろうとは思う。まさか、孤児だとか、借金のカタに売られてきた、なんてことはあるまい。商家の娘や下級貴族の娘とかが行儀見習いとコネ作りのために……、って、さすがにそれはないか。王宮の女官や、女主人にお仕えする侍女じゃないんだから……。
とにかく、将来に備えての布石としてショートケーキを活用して、私達3人の前にはお皿に移されたふたつずつのショートケーキと紅茶のカップが置かれ、楽しい御歓談の始まり。
「みっちゃん、派閥を率いるつもり、ない?」
「「えええええ~~っっ!!」」
みっちゃんは、私がただ、『父親とは仲違いしても、私とはお友達のままだよ、ということで遊びに来てくれた』と思っていたのだろう。そして、父親から『ヤマノ子爵と仲良くして、我が家との関係の改善を!』とでも言い含められていたりして……。
でも、そんな計略や、『父親から命令されたから』という理由で私に取り入ることを良しとするようなみっちゃんじゃない。みっちゃんは、気高く、誇り高い貴族の御令嬢なのだから……。
だから、最初は複雑そうな顔をしていたのだろうな。……ショートケーキを前にして、全ての思考が吹き飛ぶまでは。
そして、自分の取り分が2個だけと確定してしまい、ようやく落ち着いたと思ったところに放たれた、意味不明の私の言葉。
……うん、そりゃ、驚くか。




