192 ゲームオーバー、そしてリプレイ
「どうなってる?」
「あ、ミツハさん! はい、ドレートル商会が集中的に調べられています。……あくまでも、今はまだ『被害者側』としてですが……」
レフィリアの返事は、アレだ。『計画通り……』、『想定の範囲内』、いやいや、予想通り、ってやつ。
「その実、容疑者として証拠固めを行っている、と?」
「はい。本気で調べられれば、どうしようもないですよ。ひとりでこっそり忍び込んで、とかいうのならばともかく、店の者や雇ったゴロツキ連中が大勢いたのでは、絶対に何人かは口を割りますからね。
従業員の中には、真面目で正義感の強い者もいるでしょうし、気の弱い人もいるでしょうから、そういう者達は、『このままだと、押し込み強盗の犯人として死罪か終身犯罪奴隷、親兄弟は凶悪犯の家族として石をぶつけられるぞ。妹なんか、絶対に嫁にはいけないだろうな。……でも、正直に話せば、雇い主に命令されて無理矢理、ということで、罪を大幅に減じられる可能性があるぞ』とか言われれば、イチコロでしょう。
ゴロツキ連中も、別件で捕らえて拷問……事情聴取すれば、爪を5~6枚剥がされるとか、爪の内側に赤く熱した針を刺されるとかすると、素直に喋ってくれる者もいるでしょうし」
うん、そりゃそうだ。
多分、黒幕の商人は、『ただの盗み』だという認識だったんだろうな。
でも、警備員が数名、殴られて怪我をした。そして、犯人達のうち約半数は武装しており、残りの半数はただの荷運び要員だったということから、武装集団による、警備員や店の者を殺して奪うことを前提とした凶悪犯罪者、ということになってしまった。
……というか、そう判断されるように書いた被害届を出した。
ただの盗みと、相手を殺すことを前提とした押し込み強盗とは、罪の重さが全然違う。空き巣と強盗殺人くらい。結果的には相手を殺さなかったとはいえ、それはあくまでも結果論であって、『邪魔をされたら躊躇わず相手を殺すために、それ用の武装戦闘員を用意しての押し込み強盗』という時点で、重罪確定だ。
そして更に黒幕が読み違えたのが、『被害者はレフィリア貿易ではなく、ヤマノ子爵である』ということ、そして、王宮を始め、警備隊、貴族達、他の商会主達が全員、完全に敵に回ったことだろう。
普通であれば『商人に対する不当干渉だ!』とか言って官憲による干渉に立ち向かってくれるはずの商業ギルドが、文句を言わないどころか、積極的に警備隊に情報を提供して協力しているらしいし。
……皆がヤマノ子爵、そしてヤマノ子爵と強固な友好関係を築いているレフィリア貿易を、今回の襲撃事件の黒幕であるドレートル商会より重要視し、大事にしてくれた結果だろう。
勿論、『金蔓』として重要視し、『儲けさせて貰える相手』として大事にしてくれる、という意味で。
もう、あと2~3日保つかどうか、という段階かな。
「じゃ、この件は、もう終わりだね。次行こう、次!
周辺国に、レフィリア貿易の提携店を作るよ。国外への販売禁止、という条件を除外する店を各国にひとつずつ作る。選ぶのは、レフィリアと同じく、親の店を継ぐことのできない、才能のある若手商人。開店資金の貸し付けと、レフィリア貿易から廻すうちの商品で、一気にその国でのし上がらせる。
……そのあたりは、レフィリアが指導してあげれば大丈夫よね。何しろ、『一度経験した、成功者』なんだから……」
「お任せ下さい! 必ずや、御期待に応えてみせます! ……そして、世界を手にお入れ下さい、ミツハ様……」
『ミツハさん』から、『ミツハ様』になっちゃってるよ……。
そして、その台詞は、どこかで聞いたことがある!!
* *
それから3日後。
あの商会の商会主と、多くの従業員、そしてゴロツキの一団が警備隊に捕らえられたという噂が聞こえてきた。
手の者に確認させると、どうやら本当らしい。
ま、時間の問題だとは思っていたけどね。
そして、レフィリア貿易から奪った商品の在処を吐かせるために拷問が続けられているらしいけれど、強情にも、全く吐く気配がないらしい。……毅然とした態度ではなく、知らない、盗まれた、と泣きながら訴えているらしいけど。
でも、盗難の被害届を出した時の被害品リストには載っていなかったよね、キミタチ……。
じゃあ、どこかに隠し持っているんじゃないかなぁ、うん。そもそも、あれは自演だと思われているらしいし。
あの商会の仕入れルートや販路、その他諸々は、獲物に群がるピラニアのように、他の商会が食らい付いて貪り尽くすだろうけど、うち……、レフィリア貿易はそんなのには関わらない。レフィリア貿易は、清廉潔白、孤高の立場を守るのである、うん。
約束は、決して破らない。
手出しした者は、必ず破滅する。
女神に護られし、美少女商会主が経営する新興商会。……異国の美少女貴族の全面支援付き。
王宮や有力貴族達、そして商業ギルドが味方する。
うん、敵対したり喧嘩売ったりする者は、しばらく現れないだろう。しばらくは、ね。
あ、『美少女』というのは、枕詞だ、突っ込むな。
……『枕営業』と違うわ!!
そしてしばらく後、既にレフィリアは近隣諸国の商人の子女達の調査を進めていた。……お金の力で。
お金は、使ってナンボ! タンスの奥に寝かせていては、経済が回らない。儲けたお金は、使うべし!
……え、8万枚の金貨を貯め込む? 貯金穴? 金貨を地球に運ぶ?
ん~、何のことかな? 知らんな~。聞こえんな~……。
それはほら、アレだ。
『それはそれ、これはこれ!』
『心に棚を作れ!』
ってやつだ。
あんまり考えてると、ハゲるよ!
とにかく、レフィリアがリストアップした人物を、自分の眼で確認しよう。
リストアップされた者の大半が女性だけど、それは仕方ない。
男性は、跡取りや、その予備となる。3男以降も、店を支える主力として、または暖簾分けしてグループ店舗にと、それなりに活躍の場が与えられる。
……それに対して、いくら才能があろうが、ただの駒として使われ、政略結婚で一回りも二回りも年上の見知らぬ相手に嫁がされて、子を産み家を守るだけの役割を押し付けられる者。
そう、少し前まで、レフィリア自身が歩むはずであった道。私が求める人材に、女性が多くなるのは当たり前だ。
レフィリアも、私が現れなかった場合に自分が辿ったであろう人生を想像すれば、候補者に女性を大勢入れるのは当然だろう。そしてそれは、私にとっては全然問題とはならない。
おかしな勘違い男が現れたり、レフィリア貿易の立場を奪おうとしたり、商売ではなくヤマノ子爵家に絡もうとしたりされちゃかなわないので、いっそ、全て女性商会主で固めた方がいいかも。女性経営者の商会だけの国際ビジネスネットワークとか、何かカッコいいし。
よし、いっちょ、その線でいってみるか!
* *
どすん!
「きゃっ!」
「ああっ、ミツハ姉さま!」
うん、『姉さま』って呼んでいるけど、サビーネちゃんではなく、コレットちゃんだよ。新大陸にいる時は、私達ふたりきりの時以外はこう呼ぶように打ち合わせ済み。
「ああっ、すみません!」
そして、ぶつかって転び、尻餅をついた私に、慌てて謝る少女。
「いえいえ、大荷物を抱えて、ふらふらと歩いていた私が悪いんです。どうぞお気になさらず……、いたた! すみません、ちょっと起こしていただけませんか? 何か、痛くて立ち上がれなくて……」
あとは、肩を貸して貰って近くのカフェへ行って、自己紹介、と。
うん、実戦証明済みの作戦は、安心感が違うねぇ……。
この後、まだまだ何度も尾てい骨を強打するお仕事が待っているけれど、『どんな怪我も、じわじわとだけど絶対治る』という能力を信じよう、うむ。