188 反 撃 4
「どういうことだ!
まだ、どこも商品の納入期日までには数日あるはずだ、卸元や、あちこちの商店から掻き集めれば、何とかなるだろう! 別に、金庫の中の金や証文がなくなったわけじゃないんだからな!
それに、融資の返済期日までにはまだかなりの期間があるだろう、どうしてどちらも『今すぐに』などという話になる! おまけに、支払い期日がきた者達が、どうして掛け売り金を精算しようとしない!!」
そう言って怒鳴り散らす商会主であるが、別に馬鹿ではないので、その理由はちゃんと分かっている。ただ、八つ当たりで怒鳴り散らしているだけである。
「くそっ、どいつもこいつも、うちが潰れると決めてかかっていやがる! まぁ、貸し倒れになるのを心配して期日前の回収に走ろうとする気持ちは、百歩譲って、分からんでもない。
……しかし、うちの倒産のどさくさで借財をうやむやにできるかもしれないと期待して、支払い期日を無視して金を払おうとしない奴、てめーらは駄目だろうが!!
まぁ、たとえうちがどうにかなったところで、借財の証文なんか、没収資産の最たるモノじゃないか。倒産の精算を仕切る者達が、見逃すはずがないだろうに。
証文が二束三文で筋者の手にでも渡れば、余計酷いことになるってことくらい、分からないのか……」
自分達の損失を防ごうとするのはまだしも、支払いを免れようとして返済期日を無視する連中には我慢がならないらしい、商会主。
しかし、自分がそんな契約違反など問題にもならない程の凶悪犯罪、『押し込み強盗』を指図したことを、いったいどう考えているのか……。
「こんなことで、うちが潰されて堪るか! 失ったのは倉庫の一時在庫だけで、金庫の現金も証文も、そして流通在庫も全て無事なのだから、今の急場を凌ぎさえできれば、うちの屋台骨が揺らぐ程の損害ではない! そして……」
「奪われた物は、また、奪い返せば良いのだ!」
目をぎらつかせたその商人の思考は、もはやまともではなかった。
* *
「……状況は?」
「はい、ヤマノ子爵領からの荷は、信用のあるところにのみ卸しています。
一般物資は、レフィリア貿易が市場から大量に購入。市場では若干の価格上昇を招き、一時的な品不足に陥っています。今、大量の物資を購入しようとすれば、このあとレフィリア貿易が物資を放出することに伴う価格低下によって損害を被ることになるでしょう」
うむうむ。
レフィリア貿易は価格上昇の前に仕入れたし、価格低下の前に一挙に売り抜けるから、別に損が出るわけじゃない。とばっちりを受けた商店が少し損をするかもしれないけれど、それはまぁ、仕方ない。
主目的は、『契約履行のため、高値であっても物資を買い込まざるを得ない商会』に損をさせることだ。そして、品不足の上、更に自分達が買い込むのだから価格はもっと上昇すると考えて、契約済みの分以上に買い込むことが予想される。……その後、レフィリア貿易が大量に放出するとも知らずに……。
現金や証文を、金庫ごと転移で奪うこともできた。
でも、向こうが奪ったのは物資だけだったから、こっちも、奪うのは物資だけにした。規模は数倍にしたけどね。
そして、お金は、奪われるのではなく、お得意の『商売』で失うがいい。
まぁ、別に店がどうこう、というような額にはならないだろうけど、一発ずつ、ボディブローで精神的なダメージを与えてやるのだ。そして、しでかした犯罪行為は、警吏の手で、しっかりと償って貰おう。そのために、捜査のタイミングを見計らって、向こうの倉庫にうちの商品やら増量・詰め替え途中の袋やらを少し返しておいてあげようかな。
* *
「……というわけで、埋め立てをしたいと思います!」
「何が、『というわけで』なのかな?」
元気に宣告するミツハと、呆れたような顔のボーゼス伯爵。
ここは、ボーゼス伯爵家領地邸である。
アポも取らずにいきなりやってきたミツハが、何やら伯爵に頼み事……というよりは、決定事項の通告をしているのであった。
今回は真剣な『領主としての、仕事の話』であるため、子供達は抜きで、ボーゼス伯爵と夫人であるイリス、そしてミツハの3人だけである。イリスは口出しせずに紅茶を飲んでいるだけであり、使用人もお茶の用意をさせた後に下がらせている。
「うちと伯爵領の境目、その海上に、小さな埋め立て地を作りたいんです! そしてそこを、うちと伯爵領の共有地にします!」
「……何のために、かな?」
当然の疑問を口にする伯爵。
「共有地なので、うちから運び込んだものも、伯爵領から運び込んだものも、そこでは自由に取引ができます」
「あ……」
さすがは有力貴族、それを聞いただけで、ミツハの意図を完全に理解したようである。
「領地間の関税は、相手によって勝手に変えるわけにはいきません。他領からは関税を取って、伯爵様の領地からは取らない、とかいうことになれば、絶対に他の領主達から文句が出ます。自分達も同じように優遇しろ、と言って……。
でも、うちと伯爵領の境目、丁度真ん中に島ができて、その領有権で争いが起こりそうになり、妥協案としてその島が双方の領地であるということになれば……」
「自分の領地に持ち込んだり持ち出したりする物に、関税を掛ける必要はない、ということか……」
酷い詭弁であった。
しかし、自領での課税は領主の自由であり、王宮から文句を言われることではない。王宮への税さえしっかりと納めていれば。
なので、他領から文句を言われることなくヤマノ子爵領との交易ができるとなれば、ボーゼス伯爵領にとってもメリットは大きい。
ヤマノ子爵領自体は生産能力が低く物資の消費量も少ないが、既にボーゼス伯爵は、ミツハから『他国からの物資輸入計画』というのを聞かされているのである。そしてその量がかなり多く、一大消費地へと変貌しつつあるボーゼス伯爵領への輸出を望んでいること、そして人的資源に乏しいヤマノ子爵領に代わって、輸入した品々を一時的に保管し、他領や王都へ輸送することを任せたい、という美味しそうな話も……。
「販売も任せてくれるのかね?」
そして当然、ボーゼス伯爵は更なる利益の追求に余念がない。いくらミツハの味方とはいえ、領主であるからには、領地と領民、そしてお家の興隆のために全力を尽くすのは当然のことであるし、ミツハもそれは当然承知している。……自分自身も同様の行動理念で動いているのであるから、当然であった。
「う~ん、『うちは、ヤマノ領と共に成長します!』って言って、まだうちがただの田舎の貧乏領地に過ぎなかった頃から色々とお世話になってるペッツさんに、儲けさせてあげたいんですよねぇ……。
でも、ま、ペッツさんのところだけでは輸送に手が回りそうにないから伯爵様にお願いしているんだし、利権目当てに難癖を付けてくる大商人や貴族連中には、伯爵様が噛んでくれていると効果があるだろうし……。
分かりました、一部の物資は伯爵様にお任せします!」
ミツハの返事に相好を崩す伯爵であったが、すぐに表情を引き締めた。
「……で、美味しい話は分かったが、仮にも洋上を埋め立てて島を造るとなると、膨大な経費と人的資源、そしてかなりの年数がかかるだろう。いくらミツハのおかげでボーゼス伯爵領の羽振りが良くなったとはいえ、そう簡単にできるような事業ではあるまい。国家的な事業であってもかなりの負担となるであろうが、事の性格から、国や他領の助けを得ることはできぬし……。
ミツハの美味しそうな提案に話を合わせてはやったが、実際には実現はできそうにないであろう」
真面目な顔でそう言うボーゼス伯爵に、ミツハは右手をぱたぱたと振って、にっこりと微笑んだ。
「大丈夫です。島と言っても、別に大きなものを造るわけじゃありません。母屋と倉庫を2~3棟、というくらいで充分です。何せ、『そこを経由した』という建前ができれば、それで充分なんですから。
そこに商家をでっち上げて、書類上の物資集積場所、流通の中心とするだけですから。実際の荷は、そこで積み込みや荷揚げをしても良し、書類手続きだけで実際の作業は他所でやっても良し。
そしてそこは、いざという時の拠点としても使えます。他国や他領からの侵略を受けた時に、不沈艦、砲台島として。
陸上からの侵攻には、海が無敵の防壁となってくれます。船がなければ、いくら近距離とはいえ、重い防具を着けて武器を持った兵士が泳いで渡れるはずがなく、小舟を使おうにも、島から狙い撃ちですよ、あっはっは!」
「…………」
何か、胡散臭そうにミツハを見る、ボーゼス伯爵。
「しかし、そもそも埋め立てをするには、土砂を運ぶ船が大量に必要であろう。今の状況で、そのような船を大量に造ることなど……。最優先は、防衛用の帆船を建造することであろうが!」
「あ、大丈夫です、埋め立ては私がやりますので、一瞬で……、って、ああっ!!」
修羅が現れた。
怒りも露わの、ボーゼス伯爵。
そして、憤怒に満ちた、イリス。
ふたり同時に席を立ち、ミツハにのし掛かるような体勢で怒鳴りつけた。
「「この、馬鹿者があああああぁ~~っっ!!」」
そう、以前伯爵には『王宮や貴族達には大袈裟に言ったけれど、自分ひとりがたまに「渡り」を行うくらいであれば、そんなに大したことはない』と言ってある。
……『自分ひとりであれば』。
いくら小さいとはいえ、小島ひとつ分の土砂を『渡り』で転移させるのに、どれだけの生命力を消費するか。
そして、イリスには、王宮や貴族用の説明しかしていない。
「しまった、説明の順番を間違えたあああぁっっ!!」