181 3階開放
「というわけで、3階の開放を要求します!」
「何が、『というわけで』、よ!」
新大陸、ヴァネル王国からコレットちゃんを領地邸へと送り届け、王都の『雑貨屋ミツハ』に戻ってきたら、店の前でサビーネちゃんが待ち構えていた。
「また、コレットを連れていってたんでしょう! その分の補填を要求するっっ!!」
あ~、コレットちゃんに差を付けられたのが、我慢できないのか……。だから、その分、どこかで取り返さないと、とか考えてるな。こりゃ、退きそうにないぞ。参ったなぁ……。
「もう、にほん邸も見たんだから、姉様が『雑貨屋ミツハ』の3階に置いているものを見ても、問題ないでしょ!」
う~ん、確かに、その通りなんだよねぇ……。
3階には、日本の自宅を上回るものは、特に置いていない。武器は、必要な時以外はウルフファングの本拠地に借りている部屋に置いてあるから、ほんと、テレビやブルーレイ、エアコンに冷蔵庫、ゲーム機とかの、既にサビーネちゃんにとってはお馴染みのものばかりだ。
ノートパソコンも置いてあるけれど、ネットに繋がるわけじゃないし、さすがのサビーネちゃんも、使い方も教わらずに使いこなせるわけがない。
そもそも、サビーネちゃんは、私が『絶対に触るな』と真剣な顔で言えば、決して触ることはない。そのあたりは、信用できる子なんだ。
「そして、私に自由にここに出入りする許可をくれたら、姉様の代わりにお店を開けてあげるよ。勿論、店番は侍女やメイドに任せて、私は別のことをやってるけどね!
姉様、色々と忙しくて、手が回らないんでしょ? かなり楽になると思うんだけどなぁ……」
ううっ! 魅力的な条件が……。
どうせ隠れ護衛の皆さんがいるだろうから、保安上の心配もないか……。サビーネちゃん以外の者は1階のみで、2階以上にはサビーネちゃん以外は立ち入り禁止、ということにすれば、特に問題はない。
うむむ……。
うむむむむむむ……。
朝刊で注目、夕刊で決心!
……『神戸新聞アルバイトニュース』かっ!!
いや、それは置いといて……。
「うむむむむ……。し、しょうがないなぁ、サビ太くんは……」
姫巫女陥落!
って、どこの18禁漫画やねん!
……とにかく、こうして、私は悪魔の囁きに陥落してしまったのであった……。
* *
「……と、こうして防犯施設のモードを切り替えるの。クロスボウの自動発射装置とかは取り外したから、ミスって一発即死、ってのはないと思うけれど、夜中に非常ベルが鳴り響いたり、領地邸の拡声器から警報が流れたりすると大迷惑だから、絶対におかしなことをしちゃ駄目だからね! 場合によっては、ここの自由使用許可を取り消すからね!」
「う、うん、分かった!」
私が本気で言っていることを理解したらしく、真面目な表情でそう答えるサビーネちゃん。
「あと、3階に立ち入れるのは、サビーネちゃんのみ! メイドさんや護衛の人達は、火事や盗賊の侵入、あるいはサビーネちゃんが危機に陥った場合を除き、1階以外は立ち入り禁止。そしてサビーネちゃんは、2階は階段で通過するだけで、その他の部分には立ち入り禁止。
これは、2階は物置にしか使っていないし、泥棒避けに色々な罠を張り巡らせているから、サビーネちゃんの安全のためだからね。分かった?」
「うん!」
こうして、『ヤマノ子爵家王都邸』こと、『雑貨屋ミツハ』は、店長代理を採用した。その、直属の配下達と共に……。
ちなみに、店長代理の配下達に対して、店長である私には、命令権はない……。
「あ、姉様、ひとつ、お願いがあるんだけど……」
「ん、何?」
まぁ、無料で働いて貰うのだから、お願いのひとつやふたつくらいは聞いてあげよう。
「あの……、弟とちぃ姉様も入れちゃ、駄目かなぁ……」
「え?」
弟といえば、あの、ふわふわした癒しの王子様、ルーヘン君だよね? そして、ちぃ姉様といえば、サビーネちゃんが大好きな、あの、2番目の王女様だ。
確かに、3階で、ずっとひとりでDVDやブルーレイを観ているというのも、寂しいかもしれない。ルーヘンくんやちぃ姉様とやらには映像作品の言葉が分からないだろうけれど、それでも、サビーネちゃんが翻訳してあげれば、みんなで楽しい時間が過ごせるかもしれない。
それも、毎回ではなく、ごくたまに、程度だろうし。……そうでないと、サビーネちゃんが新しい作品をゆっくり楽しめないだろうからね。
うむむむむむむ……。
「王太子殿下や、第一王女殿下は対象外なんだよね?」
「うん!」
そうか、そっちは切り捨てるか。……相変わらず、ドライだねぇ、サビーネちゃん……。
しかし、私がそのふたりにはOKを出さないであろうということを見越してのことなんだろうな、多分……。
そう、そのふたりだと、ここで知ったことを、国の利益に繋げて考えるだろうからね。
王族としては、それは義務であり、正しいことなんだろう。
……私がそれを嫌がり、その手のことで何かを強要されるととても困る、というだけのことで。
だから、サビーネちゃんは、最初からそのふたりは切ったのだろう。……別に、仲がいい悪いとかいう問題ではなく。
……そうだよね?
しょうがないなぁ、サビ太くんは……。
「承認!」
斯くして、堕天使による『雑貨屋ミツハ』侵略が開始されたのであった……。
* *
「アピア!」
登場の決め台詞と共に出現した、私。
……どこの『週刊少年宝島』の掲載作かっ!
ここは、『雑貨屋ミツハ』の2階。
うん、3階にサビーネちゃんの立ち入りを許可したから、もしサビーネちゃんが3階にいた場合、私が突然出現したら驚かせることになっちゃうからね。
心臓麻痺とかはともかく、熱い紅茶でも飲んでいて、噴き出したり溢したりして悲惨なことになると困るから、転移ステーションというか発着場というか、私が出現する場所を2階の一室に固定したのだ。火傷もだけど、サビーネちゃんが着ている服って、かなり高いよねぇ……。
2階は商品の在庫置き場になっていて、防犯装置がてんこ盛りだけど、それらを設置したのは私だから、自分が引っ掛かるようなことはない。サビーネちゃんは立ち入り禁止にしているけどね。
そして、ピアノ線やら、『レーザーホログラフィで幽霊の立体映像が浮かび上がり、音声が流れる仕掛け』の起動装置に繋がった糸やらを避け、階段へ。
3階の居間のドアを開けると……。
「あ、お邪魔してます……」
ぺこりと頭を下げて、第二王女殿下が微笑みながらそんな言葉を掛けてきた。両眼を真っ赤に充血させて……。
そう、居間では、サビーネちゃん、弟のルーヘン王子、そしてちぃ姉様こと第二王女が、炬燵に入ってミカンを食べながらロールプレイングゲームをやっていたのである。周りに、お菓子の空き袋やジュースの空き缶、空き瓶を大量に散乱させて……。
「お……」
「「「お?」」」
「お前らああああぁ~~! いったい、いつからやっているうぅぅ~~!!」
そして、必死で抵抗するサビーネちゃんには構わず、ゲームやDVDの使用時間制限を細かく定めた私であった……。