179 混 乱 4
……本気で戦争をするつもりか?
いや、うちの国とこことは、とっくに戦争状態になっている。
そして今回は、それとは別に、我が『ヤマノ王国』(国民ひとり)が戦争を始めるわけだ。
軍艦を拿捕したり、物資や財貨を押収したり……。うん、美味しいかもしれない。
一応、うちの王様から私掠免許を貰っておこうかな。念の為に……。
「……待て、待ってくれ!」
私が扉の前まで進んだ時、ようやく静けさを破って国王から声が掛けられた。
しかし、先程と同じ言葉なので、完全スルー。扉の開閉を担当する衛兵が動く素振りもないので、仕方なく自分で開けようとしたら……。
「違う、そうではない! 動くなと命じているのではなく、話を聞いてくれと頼んでおるのだ!
すまぬ、悪かった! 今のは無しだ、取り消す! だから、話を聞いてくれ!」
びっくりだ!
まさか、国王ともあろう者が、いくら私が王族だと思わせているとはいえ、王族の一員かもしれないというだけのただの他国の貴族に、家臣達の前で謝罪するとは!
家臣や衛兵達も、眼を剥いて驚いている。
そんな度量があったんだ……。やはり、国王をやっているだけのことはあるのか。『私は国王だ。王族をやっておる……』とかいうやつか?
まぁ、過ちを認めて撤回するというならば、話を続けることには吝かではない。私も、好き好んで王様と喧嘩をしてこの国から去りたいわけじゃないんだ。できることなら、このままこの国を拠点にしていたい。
拠点を他国に移したら、せっかく今までに築いた人脈や商売のルートが全部パーになって振り出しに戻るし、物産店も……、って、あれは賃貸だから問題ないか。
銀行口座のお金は、勿論全部引き出して、金の地金を買ってから出国するか、後でレフィリア貿易経由で買うつもりだった。レフィリアが国を出奔するのは、色々な下準備が終わるまで待って貰って……。
もし口座を凍結されたら、勿論、直接金のインゴットで返して貰うつもりだった。違約金込みで、銀行と王宮の両方から。
……別に領収書や猫の図案のカードを置いていったりはしないから、私がこの国に預けていた資産を自主回収したということはバレないはず。謎の大怪盗のことで大騒ぎにはなるだろうけどね。
まぁ、手間はかかるけれど、他国で仕切り直しをすることは、正直言って、そんなに大変なことじゃない。一度やったことを繰り返すだけだから、今度はもっと上手くやれるだろう。
……でも、私がそれに乗り気じゃないのは……。
うん、私のお友達になってくれた、ミシュリーヌという名の少女は、この国にしかいないからね。
そういうわけで、堂々と荒稼ぎをするチャンスを棒に振るのはちょっと惜しいけれど、この国と縁を切ったり、金儲けのために、避けられる戦争を避けずに開戦、というのもちょっとアレなので、ここは素直に退こう。
「……そう言って戴けるのでしたら……」
私が玉座の方を向いてそう言うと、あからさまに安堵した様子の、王様。
でも、別に、他国の小娘ひとりの機嫌を損ねたところで、そんなに大きな問題じゃないと思うけどなぁ……。
戦争にしても、私の母国は遠くの小国だと思っているだろうから、陸上戦力、海上戦力共に、とてもこの国に喧嘩を売れるような力はないであろうと思っているだろうし。
というか、私の母国を占領し植民地として併合する絶好の機会、とか考えそうなものなのに、どうしてそんなに弱気になったのやら……。
「では、今回のことは、なかったことに……。
私は、今日は物産店の2階で寝ており、どこにも出掛けなかったし、誰にも会わなかった。この国の王様に会ったような夢を見たけれど、あくまでもそれは夢、夢に過ぎなかった、ということで……」
「う、うむ、そうだな、その通りだ! 『現実での、初顔合わせ』は、また改めて……」
(また呼び出すつもりかよ! 寝言は、寝て言え……、って、今は夢の中だから、いいのか……)
さすがに、これは心の中でそっと呟いただけ。
何とか決定的な破局は回避できたし、これに懲りて、以後は強引なことはしないだろう。ちゃんと節度ある行動をしてくれるなら、私も無下に扱うようなことはしないよ。仮にも、相手は王様なんだからね。
……まぁ、この国の国力を低下させるよう暗躍している私が、偉そうなことを言うのも何だけど。
王様も、今、このまま仕切り直して話を続けるのは得策ではないと考えたのか、今回はこれで帰っていいみたいな雰囲気だ。
私の機嫌が悪くなった後だから、今、無理に話をするよりも、後日、私の機嫌がいい時に改めて、と思うのも無理はないか。
そもそも、今何か約束をしても、『え? 知りませんよ。その日は私、どこにも行かずに物産店で寝てましたけど?』と言ってしらを切れば終わりだし、王様も、そのあたりを警戒しているという可能性も……。
むむむ、思ったより切れるのかな?
……ぷっつん、じゃない方。
とにかく、今回はこれで終わり、ってことで良さそうだな。
よし、撤収!
適当に暇の挨拶をして、謁見の間を後にした。
そして、案内の衛兵さんの後に続いて、城門の方へ。
……いや、ひとりだと迷子になっちゃうし、他国の者にひとりで王宮内をうろつかせたりはしないだろう、普通……。
それで、まぁ、無言の衛兵さんについて歩いていると……。
……ん?
前方に、何やら見覚えのある姿が……。
「え? ヤマノ子爵?」
ああっ! コイツ、あれだ、エフレッド子爵とかいう、ウォンレード伯爵とやらの息子の、DQN野郎! 私の、奥ゆかしく慎ましやかな体型を馬鹿にしやがった、セクハラ野郎!!
どうしてここに……、って、王族の血を引くらしいから、別におかしくは……、って、そんなわけあるか、ボケェェェ!!
こんな偶然があるもんか!
くそ、やられた! 騙された!!
王様とウォンレード伯爵、髪型と髭の形が少し違うと思ったけれど、全く違うというわけじゃないから、そんなもの、簡単に変えられる。誤差の範囲内だ。ウィッグや付け髭もあるし……。
コイツが王宮内をひとりで歩いているのを見れば、さすがに私にも分かるよ!
……やってくれたな、ウォンレード伯爵……。
王様と違って変装も何もしていないこの男が王太子殿下とやらで、そして、コイツは私に会う予定はなかった、ということか……。
もしかすると、王様が内緒にしてた? また、やらかさないようにと……。
そして、案の定、やらかした、と。
まぁ、いくら何でも、ふたり揃ってちゃ、さすがに無理があるだろうし。
いや、でもこれは、本人のせいじゃないか。
私が王宮に来ることを隠されていたのなら、私と偶然出会ってしまったのは仕方ないだろう。何せ、王子様にとっては、ここは『職場兼自宅』なのだろうから、そりゃ、うろつきもするだろう。
……でも、だからといって、私がにこやかに愛想を振りまかねばならない理由はない。あくまでもコイツは、私に暴言を吐いた、あの『エフレッド子爵』と同一人物、つまり、私を不愉快に、……とんでもなく不愉快にしてくれた張本人であることには変わりがないのだから!
そして更に、変にコイツに関わると、下手をすると、王様がコイツを情報収集役にしてけしかけてくる可能性もある。
君子、危うきに近寄らず、だ。ここは、完全に突き放すに越したことはない。
「……どうしたんですか? さっさと案内して下さい!」
さすがに、王太子殿下が私に話し掛けているのに、それを無視してさっさと先へ進むわけにはいかず、案内の衛兵さんの足が止まっていたため、そう言って先を促したところ、ええっ、という顔をして眼を剥いた衛兵さんだけど、さっきの謁見の間でのことを思い出したのか、慌てて歩き出してくれた。
どうやら、王様相手に平気で突っ掛かる私が、王太子程度を相手に遠慮する筈がないということに思い至ったようだ。そして、険悪な諍いが始まるよりは、スルーした方がマシだと判断したらしい。
……うん、正解!
危険察知能力が優れていないと、魑魅魍魎の巣では生き残れないよね!
そして、何やら喚いているエフレッド子爵を無視して、さっさと立ち去る私。
いや、私はこの男のことは『エフレッド子爵』としか教えられていないから、そのようにしか対処しないし、それで何も問題はないはず。
王宮でたまたますれ違っただけの、以前大勢の貴族達の前で酷い侮辱を受けた他国の子爵を無視する、怒りに満ちた若い女性。……何の問題もない。非難される謂われは全くないだろう、うん。
よし、撤収!
* *
「……何、ヤマノ子爵に会っただと!」
「はい、先程、そこの廊下で……。彼女を呼ばれたなら、なぜ私に教えて下さらなかったのですか!」
王太子の言葉に、がっくりと肩を落とし、頭を抱える国王。
「せっかく、今までのことは無かったことにして、今回の失敗も何とかカバーして、これから、という形にできたというのに……。
……バレたであろうなぁ。ヤマノ子爵は、それ程馬鹿とは思えぬからなぁ……。
うぅむ、どうすれば……」
前途多難な、国王陛下であった……。