178 混 乱 3
「面を上げよ」
正面から王様の顔を見ることなく、俯いたまま御前に出て、そのまま下を見る。そして許可が出てから、初めて顔を上げて王様の顔を見ることができる。
そして……。
「え?」
そこには、見覚えのある顔があった。
「ウォンレード……伯爵……?」
私が、ぽかんとしていると……。
「ん? あの者と知り合いか? あれは、王家の血を引く者であるが、臣籍に降った家系の者だ。儂に少し似ておると聞くが……」
あ、親戚なのか。だから、よく似てるのか……。そういえば、髪型と髭の形が少し違うような。
というか、王家の血を引いていたのか、あのDQNオヤジ……。なので、他の貴族が手出しできず、好き放題にやってたわけか……。
それで、ミッチェル侯爵も逆らえなかった、と。う~ん、情状酌量の余地あり、かなぁ。
「ヤマノ子爵、我が国でそなたの国のものを販売していると聞くが、子爵はどこの国の者なのか?」
うわ、来た! まぁ、来ると思っていた質問だけどね。自己紹介も飛ばして、いきなりか……。
……というか、このあたりを探るための謁見であり、呼び出しなんだろうけどね。
「はい、我が祖国は、『ニホン』と申します……」
「ニホン? 聞かぬ名だな……」
そりゃ、聞かないだろう。
「もしかすると、この辺りでは違う名で伝わっておりますかも……。他国でも、ニホン、ニッポン、ジャパン、ヤーパン、ジパング、その他様々な名で呼ばれておりますから……。他にも、ある国など、エイコク、イギリス、イングランド、グレート・ブリテン、ユナイテッドキングダム等、様々な名で呼ばれておりますし……」
実際には、構成国のひとつの名だったりもするけれど、日本ではごっちゃにされているから、まぁいいや。ただの、ごまかしの台詞に過ぎないし。
「う、うむ、確かに我が国でもそういう例はかなりあるな……」
うん、そういう例はいくらでもあると思う。
「そして、陛下がお尋ねになられましたのでお答え致しましたが、本来は、我が母国についてはまだ公表する時期ではなく、国元からも、国の名を出すことなく、あくまでも私個人の才覚で行動するよう指示されております故、これ以上のことは……。
そして、今名乗りました国名も、どうかここ限りのこととして戴きたく……」
私が母国を明かしたがっていないことくらいは当然調査済みだろうし、今の私の態度からも、それははっきりと伝わったはずだ。
ニホンという名は、輸入のための書類にも記載しているから、それくらいはとっくに確認済みだろうし、架空の国名とでも思っているだろう。後で正式な国交とかの話になった場合に備えての、先程の『国によって色々な名で呼ばれており、その中のひとつ』というこじつけ説明なのである。
そして、ここで地図を持ち出すような、空気の読めない馬鹿が国王になんかなるはずが……。
「おい、誰か、地図を持て!」
……おいおいおいおい!
宰相っぽい人が顔を顰めているけれど、他の、もっと下っ端らしい人達が、点数稼ぎのためか、争うように謁見の間から飛び出していった。
お~~い……。
そうか……。
そういうつもりか……。
相手の都合も何もお構いなしで、強引に自分の利益のためにゴリ押しか……。
やはり、所詮は侵略性国家の国王か。うちの王様を見慣れているから、王様ってのはどっしりと構えた人格者……っぽくはないな、サビーネちゃんにいいように振り回されている姿を見た限りでは……。
まぁ、確かに、あの遠征での2番目の訪問国の国王のような、調子こいたおっさんもいたか。
とにかく、言いなりになるつもりはない。
ここで素直に従えば、次々と要求がエスカレートするに決まってる。
それに、そもそも、ここの地図を持ってこられても、指差しようがない。日本は勿論、うちの国すら載っていないからね。
かといって、適当な国を指したところで、専門家にひとつふたつ質問されただけで嘘がバレるだろうから、何の意味もない。相手に、私を問い詰めるための理由を与えるだけだ。
というわけで……。
「地図をお持ち致しました!」
やけに早いな。多分、前もって用意していたな……。
「うむ、構わぬ、そのままここへ持って参れ!」
普通は、お側役が受け取り、仲介するものである。なのにこの言葉を掛けられたということは、国王陛下から『近う寄れ』と言われたも同然である。そしてそれはすなわち、『お前のことは信用している』という意味でもある。身分がそう高いわけではない者にとっては、とんでもなく光栄なことであろう。
「ヤマノ子爵も、ここへ参れ」
うん、そりゃ、私が行かなきゃ位置を指し示せないよねぇ。
……でも。
地図を持って、感動の面持ちで王様に近寄っている人には悪いけど……。
「その必要はありません」
「……え?」
思わず立ち止まった、地図を持ってきた人。
ぎょっとした顔の、宰相さん。
……そして、きょとんとした顔の、国王陛下。
「私は先程、他国の王に対して失礼にならぬよう気を付けて、国元からの指示により詳細はまだお話しできないこと、しかし陛下に対する敬意を表して敢えて国名のみは明かしたということをお伝え致しました。
しかし、それにも拘わらず、それ以上のことを要求されるということは、私に国を裏切らせ、私が国元から命令違反として処罰されても構わない、それよりも御自分の好奇心を満たすことの方が優先される、と判断され、それを私に明言されたわけですよね?
ならば、祖国を裏切って処刑されるよりは、さっさとこの国から引き揚げる方を選びます、当然のことながら。
そして私はすぐにこの国を去りますから、私の母国がどこであろうと、陛下には、もはや何の関係もございませんので……」
「え?」
当たり前だ。
駄目だと言っているのに。
しかも、国元からの指示だと言っているのに。
……誰が、そんなヤツに便宜を図るものか!
やはり、あのDQN親子の親族だけのことはある。
「当初からの行動指針として、国元からの指示であると告げたにも拘わらず、それを無視して自分達の指示に従うよう強要された場合、直ちにその国から退去して拠点を他国に移すことになっております故、私個人の判断ではどうにもなりません。
では、失礼致します」
……ごめん、レフィリア。国外移動の件、思ったより早くなっちゃったよ。
で、私がさっさと謁見の間を後にしようとしたら……。
「待て! 待たんか!」
後ろから何やら聞こえるけれど、関係ない。
だって、私はこの国の者じゃないから、こんな初対面のおっさんの命令に従わなきゃならない理由なんかない。頼まれたから『厚意で来てあげただけ』なのに、私にとって許容できないことを、嫌だと言うのに強要するというならば、そりゃ帰るよ。別にこの男の奴隷というわけじゃないし、何の義理も恩義もないんだから。
よし、まずは銀行でお金を全額引き出して……。
「待てと言うに! おい、その娘を止めろ!」
槍を手にした警備兵が、私の前を塞いだ。
「あなた、お名前は?」
「え?」
私に名を尋ねられ、きょとんとした顔をする警備兵。
「いえ、我が国に対する宣戦布告に相当する行為をなさったあなたの名を、宣戦布告に対する受領宣言と開戦告知の文書に記載致しますので。
あなたの行為が戦争の原因となり、多くの民が死ぬこととなったのは全て国王陛下とあなたの責任であるということを、全ての人々に知らしめる必要があるでしょう?」
「ひっ!」
蒼白になって、慌てて後方へと飛び退る警備兵。
……根性ないなぁ。
誰も動かないし、何も喋らないから、部屋中が静まり返ってるよ。
他国の貴族を、国の秘密を吐かせるために不当に拘束しようとしたんだから、それくらい、当然の帰結でしょうに。それも、私が王族だと目星を付けていての行為なのだから……。
小娘相手だからと、舐めてかかったのかな?
私は香辛料を卸しているんだ。……舐めたら辛いよ?