177 混 乱 2
「何だと!」
部下からの報告に、思わず腰を浮かせた国王。
「は、レフィリア貿易の方からは、相変わらず、『まだ連絡がない』の一点張り。そしてミッチェル侯爵の方からは……」
「ようやく接触できたというのに、相手を怒らせて喧嘩別れ、だと……」
「はい。しかも、関係悪化の原因となったのが……」
「儂との謁見を絶対に了承させるために、強い態度に出たのが原因とあっては、怒るわけにもいかんか……」
国王も、ミツハの扱いに関しては自分も大失敗を犯しただけに、自分が出した指示を実行しようとして失敗し、その指示の実行どころか、それまでに築いていた侯爵自身のミツハとの信頼関係や利害関係までもが失われたとあっては、怒るどころか、申し訳なさの方が先に立つ。
「「…………」」
「いや、まだヤマノ子爵は戻ってきたばかりなのであろう。そして、一番最初にミッチェル侯爵のところへ挨拶に行っただけであろう。
これからレフィリア貿易や銀行、その他の知り合いのところへ顔を出すであろうし、社交界にも出るであろう。何も、慌てることはない。
レフィリア貿易経由であれば、そして言い方には充分注意を払えば、一方的に断ることも出来まい。まだ、慌てるような段階ではないわ。
……しかし、ミッチェル侯爵には悪いことをしたな。何か、埋め合わせを考えねばなるまい……」
そんなことを言っている国王であるが、どうなることか……。
* *
「えええっ! ミツハさん、ミッチェル侯爵様と喧嘩したんですか!」
「うん。舐めた態度を取られて怒らなきゃ、女が廃るよ!」
「そこは、廃ってもいいから、我慢して下さいよおおおぉ~~っっ!!」
久し振りにレフィリアのところに顔を出して、正式にここへ戻ってきたことにすること、そしてミッチェル侯爵と仲違いしたことを話すと、驚かれた。……大袈裟だなぁ。
「どこが大袈裟ですかっ! こっ、侯爵様ですよ、侯爵様っっ!! 子爵が100人で掛かっても相手にもならない、侯爵様ですよっっっっ!!」
「あ~、まぁ、『この国の子爵なら』、ね」
「あ……」
レフィリアが、少し落ち着いた模様。……ほんの少しだけ、だけどね。
うん、この国の貴族同士であれば、爵位の違いは絶対だろう。
他の貴族達や、自分の家の寄親、派閥のお偉いさん、自領に接する周辺領地の貴族達、そして王宮絡みや、大商人絡み。そりゃ、政治力や財力、人脈、その他どうにもならない力の差というものがある。
……でも、私には、そんなの関係ない。
この国に領地があるわけでも、収入を頼る農地や商工業の拠点があるわけでも、そして人間関係のしがらみがあるわけでもない。いざとなれば、全部切り捨てて、財貨だけ持って他国へ移れば済むことだ。
「でも、私はいいけど、レフィリアはどうするの?」
私が、そう意地悪な質問をすると。
「勿論、ミツハさんと一緒に国を出て、他国で『レフィリア貿易』の再立ち上げですよ! そうして、私達を追い出した国から思い切り金貨を巻き上げてやりますよっ!
ミツハさんさえ健在ならば、レフィリア貿易は、何度でも甦ります!」
「……やっぱり。そんなことだろうと思ってたよ!」
「「あはははははは!」」
うん、レフィリアも、いい具合に壊れてきたなぁ……。
「でも、まぁ、ミッチェル侯爵関連は、別に冷遇したりはしないでね。みっちゃん……、ミシュリーヌちゃんとはお友達だし、今まで色々とお世話になったのは確かだからね。今と同じ、よそよりちょっぴり優遇、という、現状維持でお願いね」
「分かりました!」
うむうむ、侯爵の件は、それでいいだろう。
そして、次に……。
「それで、王宮からの件は、どうなってるの?」
私の問いに、困ったような顔をするレフィリア。
「はい、それなんですが、私への直接の接触はないのですが、父を通じての接触がしつこく……。
とにかく、『ヤマノ子爵に陛下との謁見を』の一点張りで、私にもミツハさんと連絡が取れない、との返事を返す度に、父の顔色が……」
父親の店、セルツ商会の経営方針については意見が対立していたものの、別にレフィリアは父親と仲が悪いというわけではない。商会の経営については息子に仕込み、娘を深く関わらせることがないのは、別にレフィリアの父親に限ったことではなく、この国ではごく当たり前のことなのだから。
なので、自分絡みのことで父親がどんどんやつれていくのは、申し訳ない思いなのだろう。
よし、じゃあ、ひとつ朗報を……。
「じゃあ、今度連絡が来たら、了承の返事をしておいて。レフィリアの頼みだから渋々引き受けた、ってことにして。それも、レフィリアのお父さんからの頼みだから、ということで、お父さんの手柄であることを依頼元に強調してくれていい、ってことで」
「え、いいんですか! すみません、父がすごく助かると思います! ありがとうございます……」
うんうん、商売仲間の家族のためならば、それくらいの便宜は図るよ!
私も、別に、どうしてもここの国王陛下と会いたくないってわけじゃないんだ。
いや、別にわざわざ会いたいとも思わないし、会う理由もないけれど、向こうが会いたいというならばそれなりの理由があるのだろうし、国王を邪険にしていて、いいことがあるとも思えない。
ここは、本当の身分(笑)を明かすことなく、ただの異国の小娘として軽く顔合わせをして、何も約束せず、言質を取られず、無害な他国の下級貴族の娘です、ということでお茶を濁して興味をなくさせるのが一番だろう。
なのに、どうしてミッチェル侯爵はあんな余計なことを考えたのか……。不思議だなぁ。
「じゃ、本題に入るよ。今までに納入した商品の実売データから、以後の仕入れ品目と仕入れ量の再検討。卸先を絞ることによるレフィリア貿易の発言権の強化と、値崩れの防止。
そして、うちが仕入れるものの入荷状況はどうなってる?」
うん、本業の方が大事だからね、王様の御機嫌伺いなんかより……。
* *
そして、やってきました、王様との謁見の日が。
本来ならば、ミッチェル侯爵に引率されて行ったかも知れないけれど、今回は侯爵ではなく、レフィリアのお父さん経由での紹介だ。そして、子爵ともあろう者が、中堅商会の商会主に付き添われて謁見に、というのは明らかにおかしい。なので、ひとりで登城。
貴腐人店長作のドレスを身に纏い、颯爽と王宮へ!
……歩いて。
いや、だって、そこらの馬車屋でチャーターした馬車が、御者や馬車の検査もなしに王宮に入れるかどうか分かんなかったし、御者さんも、『王宮に入れ』なんて言われたら驚くだろうし……。
自衛隊の基地や米軍基地に立ち入る時、クルマだと車検証とか自賠責保険だとか任意保険だとか、色々な書類の提示が必要だよね? タクシーだと、車内やトランク、車体の下とかを調べられたりするし……。ああいう、何か面倒なことがあるんじゃないかと思って、警戒したんだよ。
で、門番さんに、思い切り眼を剥かれた。
……普通、貴族の女性はひとりで歩いて登城したりはしませんか、そうですか……。
ま、いいよ、通してくれるなら、どうだって……。
え? 案内してくれる?
あ、貴族の娘をひとりで勝手に王宮内をうろつかせたら、責任問題?
そうですか……。
いや、ゴメン!
そして、やってきました、謁見待機室。
ここでお呼びが掛かるのを待つわけだよね。何時間でも。
むこう、王様。
こっち、ただの他国の子爵。
うん、仕方ないな。
そして、思ったより早くお呼びが掛かった。
うん、いよいよ、この国の王様との顔合わせだ。
今まで、王様と名の付く人とは何人も会ってきた。サビーネちゃんのお父さんを始め、ビッグ・ローリーでの条約会議根回しの旅で、色々と……。
いい人、横柄な人、その他色々いたけれど、ここの王様は、果たしてどんな人なのか……。