173 輸 入
「ミツハさん、父を経由して、王宮からミツハさんと接触をしたい旨の連絡が来ました」
「うわぁ……」
商品の補充のために倉庫へ行ったら、レフィリアからの私宛の貼り紙がしてあったため、事務所の方へ顔を出したところ、そんなことを言われた。
まぁ、王族に会っても、別に緊張したり恐れ入ったりはしないけどね。……もう、慣れたよ。
それに、他国の王様に、面と向かって喧嘩を売ったりもしたから、今更だ。
本拠地にしているわけでもない国で身の危険を感じたら、転移で逃げれば済むことだしね。
さすがに、いきなり問答無用でヘッドショットで一発即死、ってことはないだろう。私は、殺しても利益にはならないからね。生かしておいてこそカネになる、と思って貰えているだろうから、その点、安心だ。
それで、姿を消した私と一番連絡が取れそうな者、ということで、唯一の取引相手であるレフィリア貿易の責任者であるレフィリアに接触してきたというわけなのだろう。王宮からの頼みを断れるはずがなく、そしてレフィリアが逆らうことのできない相手、つまりレフィリアの父親を経由して。
「まだ、何も返事していません。断っていいですよね、『私にも連絡が取れない』ということにして……」
「うん、パス! だって、私は怒りのあまりこの国を出て、しばらく周辺諸国を漫遊してるんだから、レフィリアも私に連絡の取りようがないよね? そういうことで!」
「あはは、やっぱり……。で、本当に他国にも?」
やっぱり、そこが気になるよねぇ、レフィリア、いや、『商人』としては……。
「うん、この国にしか販売拠点がないと、何かあった時に強く出られないし、政変とか戦争とかでゴタゴタした時に困るからねぇ。
あ、レフィリア貿易にとって不利になるような値付けにはしないから、安心してね」
「お願いしますよぉ、ホントに……」
今、私に見捨てられれば、できたばかりのレフィリア貿易は潰れるだろう。うちからの輸入品を武器にしてのし上がり、早くうちからの商品無しでもやっていけるように足固めをしなくちゃね。
ガンバ!
そして、それはともかくとして、王宮、つまり国王が一介の他国の貴族、それも子爵程度の小娘をわざわざ呼び付けようとするのは、ちょっと腑に落ちない。
「しかし、何の用で、私なんかを……」
少し考え込んでいると、レフィリアが呆れたような声を上げた。
「何言ってるんですか! 聞いてますよ、噂を! 真珠のネックレス、紅玉、エメラルド……。そして今、お酒と香辛料、高級食材の供給元として、王都中の、いえ、国中の貴族や商人達の噂を独占しておいて、よくそんなことを……」
いや、別に、怒らなくてもいいじゃん、怒らなくても……。
「でも、貿易の件で私の名が出てるのは、一部の人達の間だけでしょ? 噂の大半は、それらの商品を独占販売している、商業界に彗星のように現れた美貌の少女商会主についてなんじゃないのかな?」
「うっ……」
やはり。
いや、レフィリアを選んだのは、そのあたりの弾避け効果というか、煙幕役も期待してのことなんだよね、勿論。これで、矢面に立たされるのは、レフィリアになる。ふはははは!
「それはいいんだけどさ……」
「いいんですか!」
何か言いたそうなレフィリアはスルーして、本日の用件をば……。
「何か、輸出してくれない?」
「へぁ?」
おかしな声を漏らしたレフィリアに、ちゃんと説明した。
貿易たるもの、品物の遣り取りをしなくては駄目である、と。
片方が金貨で買ってばかりでは、それは良い関係ではないのではないか、と……。
「なので、今度は、うちが何かを買うべきだと思うんだよ。それに、帰りの船が空荷というのは、商人の名折れだよ!」
「おおお! その通りです、さすがミツハさんです、さすミツです!!」
よし、掴みはOK!
「それで、うちでいい値で売れそうなものなんだけど……」
斯くして、レフィリアに輸出品、うちにとっては輸入品だけど、それの入手を依頼した。
こんなこともあろうかと、色々な店を見て廻り、工業製品のレベルや、一般商店で買えるもの、問屋や工房とかの特殊な店で買えるもの、そして素人では入手できないもの等のチェックを済ませてある。
……勿論、一般の品も、小売店ではなく卸元で大量購入することによって安く買い叩いて貰うつもりだけどね。そのためなら、ウイスキーやらブランデーやらを贈り物として使うことを許可した。これで、話が進みやすくなるだろう。
武器は、使わなくちゃね。使ってナンボ、だ。
……標準装備であるはずの、女の武器が装備されていないから……、って、うるさいわ!
これで、あとはヤマノ港(漁村の浮き桟橋のあたりを、そう命名した。伯爵領の『ボーゼス港』への対抗上……)に倉庫を建てて、夜間に船で運んだ振りをしてそこに荷を転送すればいい。
そして、日本の自宅へ転移して、日本用の服に着替えて、お出掛け。
行き先は、お馴染み、腐女子……、いやいや、『貴腐人』店長が経営する、乙女洋裁店。
「店長さん、外国のお店と姉妹店になってくれないかなぁ?」
「な、何ですとおおおぉ~~っっ!!」
そう。店長が作るドレスは、売れる。
そして、絹は私が住んでいる国にも僅かばかり輸入されているが、馬鹿高い。
領地での養蚕を企んではいるものの、桑の木の栽植から始めて、養蚕に成功するまで、いったい何年かかるやら。イギリスでは、長期に亘って蚕を育てることに失敗し続けたというし……。
なので、最初は地球から絹を割安価格で輸入して、それをうちの領地で加工し、製品として売り出そうというわけだ。絹のまま売ったんじゃ、ただの転売に過ぎず、私が地球から運ぶのをやめたらどうにもならない。
それで、地球から輸入した絹で衣服やバッグ、そして財布等の小物や日傘等を作るのである。
間違いなく、売れる。それも、高額で。
既存のものとの競合は、まぁ、仕方ない。
でも、今出回っているのは他国からの輸入品だし、ほんの少量だ。輸入商人達は、別に絹の取り扱いだけで商売をしているわけじゃないし、輸出国にとっては、うちの国は数多くある輸出先のひとつに過ぎない。
それに、世界中の需要に対して、小さな村で作れる量なんて、たかが知れている。うちで作るのは、ごく一部にしか出回らない超高級品になる予定だから、一般市場にはあまり関係ないし。
そして、『絹は黄金に等しい』と知れば、村の人達も真剣に桑の栽植と養蚕に励んでくれるだろう。実際に稼げるところを見せずに、銅貨1枚の収入にもならない状態で何年も桑を育てたり虫の世話をしたりするのは、士気が低下するだろうからね。
うん、人間を真面目に働かせるには、ニンジンを見せてやらないとね。
まずは、絹を輸入して、製品を作ることから。
その次に、生糸を輸入して、織物を。
そしてその後に、併行して進める予定の養蚕が、なんとか形になってくれれば……。
順番が、完全に逆転してる? い~んだよ、細かいことは!
そして村での養蚕に成功すれば、『他国からの絹や生糸の輸入』はやめて、完全な領地産に切り替える。そうなれば、いつ私がいなくなっても、この領地は大丈夫だ。領民から搾取する、悪の領主がやってこない限り。
でも、その頃には、ちゃんと『理不尽な領主を潰す方法』とかを領民に仕込んでおくから、問題ない。
いや、一揆とかじゃないよ。国王陛下や他領に領主の悪事を広めて、穏便にお家お取り潰し、新たな領主がやってくるようにする方法とかを……。
何度かそれが繰り返されれば、そのうちまともな領主が来るか、やってきた領主がまともな領地運営をするようになるかの、どちらかになるだろう。
……え? お家お取り潰しは『穏便な方法』じゃない? そうですか……。
とにかく、だ。
「田舎には電気も通っていないような国で、手縫いで貴族のお嬢様のドレスを作ったり、色々な絹製品を作るお店を開くつもりです。そして、人材を育て、行く行くは領地の主要産業、そして国の収入源へと……。
そのための、アドバイスや技術指導、そして絹や生糸の仕入れの手配等をお願いしたく……。
お店の名が広まれば、お店を支えた外国人の凄腕デザイナーとして貴族のパーティーに招待されたり……。
そして、国に大きな収益をもたらすようになって功績を認められれば、一代爵位とか名誉爵位とかを貰える可能性も、微レ存(微粒子レベルで存在するかも)……」
「ぎ……」
「ぎ?」
「ぎゃああああああぁ~~!!」
あ、気を失った……。